第18話 才能のない冒険者
突然お兄さんを追い出したラルマさんの行動に、私、ナルセーナも驚きを隠すことはできなかった。
何せ私はこの人の意地の悪さを嫌という程知っていて、だからこそ私に気遣って意見を変えたのではない事は知っていたのだから。
けれども、私はラルマさんがお兄さんを遠ざけた真の理由、そのことについて考えるのを一度やめることにした。
何せ私はそんなことよりももっと気になることがあったのだから。
「お兄さんがラルマさんの弟子ってどういうことなんですか?」
私は以前、ラルマさんが自身のたった一人の弟子についてくれて語ってくれたことを思いだす。
その弟子をラルマさんは元パーティーの仲間と一緒に、短期間育てたらしい。
そしてその弟子は義理堅い性格の人間で、数年間定期的にお金を振り込んでいたと。
そこまでなら私もお兄さんがラルマさんの弟子であっても驚きはしなかっただろう。
お兄さんは二人の冒険者に鍛えてもらったと言っていたし、お兄さんならば少ない蓄えの中から定期的にお金を送っても不思議ではない。
……けれども、ラルマさんがはっきりと告げたある言葉が、お兄さんがラルマさんの弟子であった可能性を否定していた。
「だって、前ラルマさんは自分の弟子は良くて二流程度になれる才能しか無いって言っていたじゃ無いですか」
ラルマさんははっきりと自分の弟子は全く才能がないと言っていたのだから。
……それも治癒師としての才能が無い、というのではなく、冒険者としての才能が自分の弟子にはなかったとはっきりと断言したのだ。
けれども、今のお兄さんの姿を見て才能がないなんて信じることが出来るわけが無かった。
たしかにお兄さんは、治癒師と見れば《ヒール》しか使えないが、冒険者としてみれば一流の実力を有している。
そんな人間が、冒険者としての能力が無いなどあり得るわけが無い。
だが、だからといって超一流冒険者であるラルマさんが間違えたのか、そんなことも考え難い。
ラルマさんは普段の言動はどうであれ、その実力と目利きは確かだ。
そんな人間が、はっきりと才能無しと告げた根拠に、余程の理由がないわけが無い。
「お兄さんが冒険者としての才能かない、なんて信じられませんよ。どうせ私をまた騙そうとしているんですよね?」
だから私は、お兄さんがラルマさんの唯一の弟子だというのが嘘だと判断する。
お兄さんが私を騙そうとすることや、どうやって連絡を取り合ったのかなどと言う謎はあるが、一番その可能性が高いと私は判断したのだ。
「いや嘘じゃないさ。少なくとも私が鍛えていた数年前、あの馬鹿弟子には使えようもない奇才でしかなかった」
「………え?」
……けれども、その私の予想をラルマさんはあっさりと否定した。
さらにラルマさんは非常に楽しそうな笑みを顔に浮かべ、口を開く。
「あの私の攻撃を、それも不意打ちの状態でかわせる実力などラウストには無かった。数年前なら、真正面から放たれてもあいつは反応さえ出来ていなかったのだから。どうやったらあいつはあそこまでの実力を得られる?」
次の瞬間、ラルマさんの口から発せられたのは興奮し、熱を帯びた言葉だった。
そのラルマさんの態度が、彼女が心の底から何かを喜び、面白がっている状態であること私は知っている。
そしてそのラルマさんの態度を見たからこそようやく私は理解する。
……本当に、お兄さんはラルマさんの弟子で、ラルマさんはお兄さんに才能が無いと思い込んでいたことを。
そして、ラルマさんもなぜお兄さんが現在のとんでもない実力を有するのか理解できていないことを。
「ナルセーナ、お前はあいつとパーティーを組んでいたんだろう?だったらあいつの戦い方を教えろ」
「………分かりました。でも、何か分かったら私にも教えてくださいね」
だから少し悩んだ後、私はラルマさんに頼まれるままにお兄さんの戦闘について話すことにした。
お兄さんが何故、ラルマさんに才能が無いと告げられ、それなのにこれだけの力を持っているのか、その好奇心を私は抑えることが出来なかったのだ……
◇◆◇
それから私はラルマさんへと今までの戦闘について出来るだけ詳細に語った。
ヒュドラの攻撃さえ容易に流せる防御能力に、治癒師でありながら初級魔法が使えること。
さらに魔獣に関する知識の幅広さに、治癒魔法の逸脱した威力に、索敵能力に罠を解除できる有能さ。
その全てをラルマさんは興味深げに聞いていた。
「……そういうことか」
そして全てを聞いたラルマさんは何かを悟ったようにそう告げ、笑みを浮かべた。
先ほどの楽しそうな笑みとは少し違う、満足げな笑みを。
「あいつは、私のおかげで力を得たとか言っておきながら、私の上げた力など微々たるものではないか……馬鹿弟子が」
そう笑うラルマさんはどこか寂しそうで、それでも嬉しげな表情に見えて、私は息を飲む。
それから少しの間、私はラルマさんに話しかけることができなかった。
今のラルマさんは何時もの傍若無人の冒険者ではなく、きちんと師匠のような、そんな表情を浮かべているように私は感じ、話しかけるのに躊躇してしまったのだ。
けれども、私の話でラルマさんが何を悟ったのか、その好奇心を抑えることができず私は口を開いていた。
「あの、何がわかったんですか?」
「ん?ああ、そういえば教えてやると言っていたな」
その私の言葉に、我に戻ったラルマさんはまるで自慢の子供を誇るかのような、そんな表情を浮かべる。
「あの馬鹿弟子、ラウストには、普通ならば冒険者としての活躍出来る才能なんてない」
「………は?」
……だが、そんな表情でラルマさんが告げたのは私の予想だにもしない言葉だった。
肯定的な言葉が出るのだろうと思いこんでいた私は、そのラルマさんの言葉に驚愕を隠すことはできない。
何故、あの話を聞いてもお兄さんに才能が無いなんて言えるのかと、私はそうラルマさんに向かって言ってしまいそうになる。
けれども、まだラルマさんの言葉は終わっていなくて……
「ーーー だが今のあいつは、私達超一流冒険者と同じ実力を持っている」
「…………え?」
……次の瞬間、ラルマさんが告げた言葉の意味がわからず、私は呆然とすることになった。




