第16話 まさかの再会
翌日の早朝、食堂へと降りてきた僕達は直ぐに朝食に取り掛かった。
ナルセーナの待ち合わせの冒険者はどうやら多忙な人物らしく、この時間に行かないと十分な時間が取れないらしい。
だから僕達は急いで冒険者ギルドに向かうため、直ぐに朝食を取り始める。
「そういえば昨日なんか騒いでいたみたいだけど、何かあった?」
「え?ええっ!き、聞こえていたんですか!」
……その朝食の途中で、僕の言葉に何故かナルセーナが固まるなんて事態があり、少々のタイムロスがありつつも、何とか僕達は早朝の内に宿屋を後にし、冒険者ギルドへ向かいはじめた。
……けれども、冒険者ギルドに向かうに連れて僕は少しずつ憂鬱を覚え始めていた。
早朝である今は、一番冒険者のいない時間ではあるが、ギルド職員は必ずいる。
そしてそのギルド職員が僕を冷遇していた人間である可能性を僕は懸念していたのだ。
アマースト以外にも、僕を冷遇していたギルド職員は少なからずいる。
もしギルド職員が僕を冷遇していた人間だったとすれば、久しぶりにきた僕を嘲ろうとするだろう。
「はぁ……」
そうすれば面倒ごとが起きるのは確実で、その時のことを想像して僕は思わずため息を漏らした。
別にいまの僕は僕はギルド職員に対して苦手意識を抱いていない。
たしかに数日前までは、少なくない苦手意識をギルド職員に対しても抱いていたが、アマーストに対してナルセーナが激怒してくれた件から、僕のギルド職員に対する苦手意識は大分ましになっている。
今ならギルド職員にどれだけ嘲られようが、何も感じることなく無視出来る自信がある。
けれども、ナルセーナの方は僕がギルド職員に嘲られている姿を見れば、絶対に我慢できないだろう。
………そしてナルセーナがまた前回のようにギルドを飛び出してしまえば、絶対に厄介なことになる。
「……はぁ、本当にどうすれば」
それは容易に想像できる未来で、僕はどうすればいいか頭を悩ませる。
「やっぱりお兄さん、冒険者ギルドが嫌なんじゃ……いざという時はガツンと、冒険者ギルドには立ち入らないと言ってやれば」
……その間、ナルセーナは小声で何かを言っていたことにすら気づかない集中力で。
何せ僕はそれ程、ナルセーナがギルドを飛び出してしまう事態を危険視していたのだ。
ナルセーナが感情的になってギルドを飛び出してしまえば、冒険者と会うことができず、ナルセーナが実家に対する生存報告出来なくなってしまうかもしれない。
そうなれば、ナルセーナの実家は何としてでもナルセーナに冒険者をやめさせようとするかもしれない。
本当のところはどうか分からないが、多忙の冒険者、つまり超一流の冒険者との伝手があるナルセーナは恐らく大きな商家か、ギルドの重役の娘だろう。
そしてそんな裕福な家庭は、自分の子供が常に命の危険がある冒険者になることを極端に忌避する傾向にあるのだ。
だからこそ、ナルセーナは一流の冒険者に生存報告をする義務があると考えれば辻褄が合うし、報告を怠れば冒険者をやめさせられるかもしれない。
その事態を僕は何としてでも避けたかった。
ナルセーナは僕の大切なパーティーメンバーで、恩人だ。
そんなナルセーナとこんな形で離れ離れになるのを僕は認めることができなかった。
だから僕は受付が僕を冷遇するギルド職員であった場合どうするかを必死に考えて……
「……着いたか」
「お兄さん、私がいるから全て大丈夫ですよ!」
……だが、答えが出る前に冒険者ギルドへと着いてしまった。
僕はいい考えが思いつかなかったことを後悔しながらもナルセーナへと口を開く。
「ナルセーナ、もし受付が僕を馬鹿にするようなことを言っても、気にしない……」
ナルセーナは僕が馬鹿にされることに関してはかなり過剰に反応する。
それは仲間を大切にしてくれる彼女の美点なのだが、今回に関しては裏目に出てしまっている。
今注意していても、いざことが起きればあまり意味がないかもしれない。
それでも、言わないよりはましだと僕はナルセーナに感情を抑えるように告げる。
「任せてくださいお兄さん!私がいますから!」
「え………?」
だが、何故かやる気に満ち溢れているナルセーナは僕の話を聞くことなく突き進んでいく。
「え、いやちょっと待て!ナルセーナ!」
……そのナルセーナの態度に、僕の顔から血の気が引く。
何でナルセーナがあんなにやる気に満ちているのか知らないが、そのやる気のせいで今は最悪の展開になっている。
そのことに僕は、もはや気が気ではなかった。
どうにかギルド職員は僕を冷遇していない人に、と人間にスキルを与えたという全知全能の創生神に祈りながら僕はナルセーナの背を追って冒険者ギルドに入っていく。
「ナルセーナ様とそのお連れのラウストさんですね。こちらにどうぞ」
「良かった……」
「は……?」
……そして次の瞬間、受付にいた人間が僕を冷遇しない受付嬢であったことに僕は創生神に感謝することになったのだった。
◇◆◇
それから僕達は受付嬢に案内されるまま、ギルドの奥へと進んでいた。
「折角気合い入れていたのに何も騒がないなんて……」
そんな中、ナルセーナが何か不満げにしていたが、僕は深い安堵に包まれていた。
それにしても、ここまで感情が揺さぶられたのも久しぶりだった。
今まで僕は出来る限り感情を抑えるように過ごしてきた。
この冒険者ギルドで過ごす日々に耐えるため、僕はそうやって自分を守ってきたのだ。
だけど、この数日はそんな日々が嘘のように感情を露わにしていた気がする。
感情が抑えられないほど、僕はナルセーナのことを大切に思っているのだろう。
そう考え、僕は改めてナルセーナとまだ別れたくない、と強く感じていることを自覚する。
本当にどれ程僕はナルセーナに救われているのだろうか。
「まあ、こんな風にはらはらさせらるのはもうお断りなんだけどね」
そんな風に考えていたからだろうか、あれ程心配していたのにもかかわらず、そう小さく漏らした僕の言葉は柔らかいものだった。
そしてそれに気づいた僕は口に浮かぶ笑みをさらに深いものとする。
……けれども、その時安堵に包まれていた僕はとあることを失念していた。
それはナルセーナの知り合いである冒険者のこと。
決してその存在を忘れていたわけではないが、色々なことが起きたせいでその冒険者に対する意識は僕の中で酷く薄れていて……
「ここです」
「ーーーーっ!」
「ん?ようやく来た……なっ!」
……だからこそ、受付嬢が扉を開いたその瞬間、僕は驚愕することになった。
もう少し冷静であれば、その可能性に僕は気づけたかもしれない。
何せ冒険者の中で超一流と呼ばれる人間は少ない。
つまり僕の知っている人物であってもおかしくはないのだ。
扉の中で優雅にくつろいでいた女性を見て、今更ながらに僕はその可能性に気づく。
「し、師匠!?」
「お前ラウストか!」
「………え?ええっ!」
ーーー 部屋の中にいた冒険者、彼女は僕を一時期鍛えてくれた師匠である、超一流冒険者だった。




