第121話 魔術の天才 (ラルマ視点)
本日、アニメ最終話放送になります!
是非よろしくお願いいたします!
怒濤の魔獣の群れが見える。
それを見ながら、私は軽く笑った。
「本当にこの世の地獄だな」
そこにいる魔獣の数はあの第二次城壁防衛戦と違いは無かった。
走っていくラウスト、ナルセーナに押し寄せる魔獣はまさしく怒濤の群と言える。
しかし、それをみる私の口元に浮かぶのは隠す気のない笑みだった。
「アーミア、準備はできているか?」
「……はい」
私の言葉に応えるアーミア。
その言葉にも、顔にも隠しきれない緊張が浮かんでいる。
けれど、その顔にはそれ以上の覚悟が浮かんでいた。
「覚悟はできています」
その姿に、私は声を出さずに笑う。
普段はただの気弱なのに、ナルセーナといる時のラウストは人に感染させる何かを持っていると。
恐怖がない訳では無い。
それでも必死に隠し、アーミアは立っていた。
「そうか。なら、はじめろお前等」
私の声を区切りに、側にいた魔法使い全員が腕を上げる。
同時に始まる、魔法の詠唱。
詠唱だけで地面が揺れるような光景に、私は内心思う。
さすが迷宮都市、そもそもの魔法使いのレベルが高いと。
そう私が思う間にも、次々と魔法が発動していく。
「ファイアーボール!」
「アイスエッジ!」
膨れあがる圧倒的な魔力。
それがすべて、一つの目標めがけ降り注ぐ。
私の数奇な人生でもあまり目にしないレベルの魔法が降り注ぐその様は、一種幻想的にも見える光景だ。
「これなら……!」
その光景にアーミアの顔に希望が浮かび、しかしすぐに絶望に変わる。
「う、そ……」
その目の前に広がる光景は、まるで傷も負っていない魔獣達の姿だった。
いや、正確に言えば魔獣の数は減っていた。
……あくまで、中級以下の魔獣と限定すればだが。
上級の魔獣の多くは傷を負っている。
ちらほら致命傷を負ったのではないかという個体もいる。
しかし、超難易度魔獣においては軽傷がせいぜい。
その光景に、アーミアの目に驚愕が浮かぶ。
取り繕っていた覚悟が、現実に剥がされていく。
それを確認し、私は嘲笑を顔に浮かべた。
「気が小さいな、新人魔術師」
「……ラルマさん」
「作戦も覚えてないのか、新人。これが通常運行だ」
そういいながら、私はあえて余裕そうに魔獣の方へと目を向ける。
実際は、私だって少しは魔獣の数が減ることを期待していた。
しかし、それ以上に私は理解しているのだ。
戦場はすべて最悪の可能性を元に策をたてるべきで。
「さあ、顔を上げろアーミア。──今から、私達が英雄になる時間だぞ」
その苦難に笑えるものが一番強い、と。
笑う私をアーミアは呆然と見つめている。
その姿に、私の胸に少し同情がよぎる。
……いや、よぎらない。
そんな感情など、私の柄ではない。
ただ、私でも思わずにはいられなかった。
この年でこんな戦場に追いやられるのが惜しいと。
それほどに、アーミアの才能は別格だった。
強力なスキルに元々持っている魔術の才覚に知性。
もし、順当に育って行けば、どれほどの魔術師になっていたか。
しかし、今から向かうのはその可能性すべてを断つ可能性のある地獄だ。
そんな場所へ、私はこの少女を赴かなくてはならない。
……だから、弱みを一欠片もこの少女に見せる つもりは私にはなかった。
「何だ、お前まだ覚悟が足りないか?」
歴戦の笑みを浮かべ、私は戦場を指さす。
魔法をしのいだ魔獣達を見ても、一切の躊躇なくつっこむラウストと、それに続くジーク達を。
「お前が守りたい奴らの方が覚悟は決まっているみたいだぞ」
「……っ!」
その瞬間、アーミアの表情が変わる。
それに気づかない振りをして、私はさらに笑う。
「まあ、お前は気楽にやればいい」
「え?」
「お前の側にいるのが誰だと思っている? 私は超一流冒険者のラルマだぞ?」
そう言って私は獰猛に笑う。
内心の不安すべてをアーミアが察することのないように。
「お前が使えなかったら、私がすべての手柄を持って行くだけだ。精々頑張れ、新人魔術師」
「……はい!」
その言葉を区切りに、私は自分の魔術を発動する。
一番得意な炎の魔術を。
今の私が結界に取られていた魔力も戻り、以前竜に魔術を発動した時とはまるで違う。
……ただ、その上で私は自分の身体が本調子にはほど遠いことを理解していた。
結界の維持、あれは私にとっても相当の負担だった。
正直、今も私の魔力は六割ほどしか残っておらず、身体全身から虚脱感が抜けず、魔術構築も完全ではない。
全力で私が魔術を放てるのは、三回ほどか。
「はぁああ!」
……そして隣で魔術を構築しているアーミアに至っては一回だろう。
明らかに無駄が多い構築陣を横目で確認しながら、私はそう判断する。
確かにアーミアには才能があった。
魔術の触りを一日で理解し、私とともに竜に通用する魔術師として数えられるほどに。
しかし魔術は、どれだけ才能があっても一日で納められるものではなかった。
「……一回が限度だな」
すべてを降り注ぎ、必死に魔術を構築するアーミアを見ながら、私はそう判断する。
本来であれば、それでも問題なかった。
もし、この一撃をきたる時まで温存できるのであればまさしくアーミアは切り札となるだけの存在なのだから。
しかしそうする余裕など、ありはしなかった。
この段階で竜相手に魔術戦を仕掛けるしかない現状の厳しさに、私は内心唾を吐く。
とはいえ、魔法使いたちの魔法によって理解できたがない訳ではなかった。
「……ミスト、あの竜の権能は蘇生か?」
「そうだな、あの黒い竜によく似ている」
ニ体の内、一体。
見覚えのあるその色の巨体を見ながら、ミストは頷く。
その竜の身体についた魔法の傷がどんどんと治っていく。
その光景を見ながら、ミストは頷く。
「一度殺せれば、私が後はやれる」
それを聞いて、私は一度目を閉じる。
頭に浮かぶのは、現在の戦力と体力。
そして、最優先目標。
ミストもまた、当初と同じほど期待できる訳ではなかった。
魔力も消耗し、ここなら設置魔術もぎりぎり使えるがどうか。
しかし、私とアーミアの中では一番戦力としてまともに機能するだろう。
……何より、ミストには光魔術というべき切り札がある。
昨日ロナウドに聞いたその記憶を呼び起こしながら、私は決断する。
「よし、私は超難易度魔獣の数を減らす」
ヒュドラ、サイクロプス、ケンタウロス、そしてセイレーン。
超難易度魔獣も竜より劣るとはいえ、殺さなければならない。
特に最初に殺しておかなければならないセイレーン、そしてその後ろに続く超難易度魔獣を見ながら、私は告げる。
「──アーミア、黒い竜の動きを止めろ」
超難易度魔獣の半減、と竜一体の討伐。
それが現状ラウストが迷宮にたどりつくまでに必要、それが私が出した結論だった。
普段ならともかく、ロナウド、ジーク達にも余裕はなくなりつつある。
そして、迷宮の主と戦うラウスト、ナルセーナは戦わせる訳には行かない。
そんな中、黒い竜とアーミアの相性はすこぶる良かった。
あの黒い竜は特殊な能力は持たない。
蘇生と再生能力しかないあの竜相手に対し、アーミアの相性は格段によかった。
殺すではなく、止めるだけであれば。
「……わかりました」
故に私が出した結論に、アーミアは一瞬の逡巡の後頷く。
その目には覚悟が浮かんでいた。
「──私が黒い竜の動きを止めます」
先程までのおそれの存在しないその声に、かすかに笑いながら私は告げる。
「失敗したら私が手柄を奪うからな?」
いいながら、私の手のひらにはじっくりと練られた炎の魔術があった。
丁寧に、丁寧に構築し、早く解放しろと白い炎が揺れる魔術が。
「私がジークさん達を、今度こそ助けます!」
一方、アーミアの杖の前にあるのはこちらまで冷気の伝わってくる氷の塊だった。
時々不安定にきしみながらも、どんどんと大きさをましていく。
それを見て、私は笑う。
アーミアに頼もしさを感じた自分に気づいてしまって。
「ミスト、お前はもう一体の竜用にぎりぎりまで魔力を温存しろ」
「ああ」
そこで私はアーミアへと、笑いかける。
「合図で攻撃をしろ、いいな」
「はい!」
私の言葉に、アーミアが頷く。
ふと、小さくなっていくラウストとナルセーナの表情が見えたのはその時だった。
まるで何の心配もせず竜の方へと走るラウスト。
その後ろを、まるでよく動くしっぽでもついている様な顔でついていくナルセーナ。
「……あの馬鹿どもが。色ぼけやがって」
いいながら、私の口元には笑みが浮かんでいた。
いいだろう。
そこまで信頼するというなら、少しぐらい答えてやっていい。
そう思いながら、私は自分が作った火球に強化魔術を賭ける。
前行った五重の倍。
十倍の強化魔術を。
そして爆発しそうな位膨れ上がった火球へと、十を超えるスキルが付与された。
それは私であっても数秒しかコントロールできないようなじゃじゃ馬の魔術。
だが、それでよかった。
もう、コントロールする必要はないのだから。
私は同じく、コントロール限界まで魔術を強化したアーミアへと笑い賭ける。
「いいぞ。放て。──竜を凍てつかせろ」
その言葉ともに、私は魔術を発動する。
そしてアーミアの魔術がほぼ暴発する形で打ち出される。
次の瞬間、白い火球と空気を凍らせながら飛ぶ氷の弾丸が魔獣の群へと放たれた。




