第120話 迷宮攻略開始
本日21時よりアベマ様で生放送、26時よりアニメ9話が放送されます!
一気見放送もしておりますので、是非よろしくお願いいたします!
「……もうすぐ迷宮か」
それは周りを緑に覆われた草原。
冒険者達の先頭で歩きながらの道中。
短剣、いつものローブ。
いつもの装備を確認しながら、僕はつぶやく。
「そりゃそうか。決断した翌日に命を懸ける戦いに赴くんだから早いに決まっている」
そう言いながら、僕はナウスさんから貰った首輪を手に取る。
いつもなら壊れないようにおいておくその首輪は今、僕のローブにしまわれていた。
……今から行くのは生き残るには奇跡が必要な戦場だ。
故に僕はこれを持って行くことを決めていた。
「いや、僕たちなら勝てる。その為に段取りも決めたはずだ」
そう言いながら僕が思い出すのは昨日のこと。
師匠によって迷宮の主を倒すことが決定した後の話し合いだった。
──もう一度言っておくが、迷宮攻略ではラウスト主体で戦いに挑む。
そう言って師匠が提示したのこそ、ジークさん、ロナウドさん、その他実力派の冒険者の少数精鋭で強引に護衛し、僕とナルセーナを迷宮に送り込む作戦だった。
その後ろに、師匠、アーミア、ミスト達含めた魔法使いが陣取り、魔法によって迷宮に行くまでの道を作る。
その師匠達を残った冒険者達が護衛し、残りのマーネル達負傷した冒険者と街の人々は迷宮都市で身を守る。
……すなわち、これは僕とナルセーナ次第ですべてが決まる作戦だった。
その作戦を最後まで反対していたのがロナウドさんだった。
師匠の決断にロナウドさんがそこまで反対しているのは初めてで、驚きを隠せなかったのを僕は覚えている。
迷宮からでることができれば、迷宮の主は追ってこない。
その迷宮の理さえなければ、絶対にロナウドさんは最後までその作戦を認めてくれなかっただろう。
──何かあればすぐに対処できる位置に僕は行かせてもらう。
最後、そう言って作戦を認めてくれた時のロナウドさんの苦々しさを隠せない表情。
始めてみたその表情は僕の頭の中に、はっきりと残っている。
「……ロナウドさんがあんなことを言うくらいに厳しい状況、ということか」
今更ながら、僕は理解しつつあった。
僕とナルセーナがどれだけ無茶なことを頼んだのかと言うことを。
どん、と肩をたたく衝撃があったのはその時だった。
「辛気くさそうな表情してるじゃないか、馬鹿弟子」
「……師匠」
振り返ると、そこにいたのはにやにやと笑いながらこちらをのぞき込んでくる師匠だった。
その表情はいつも通りで、僕は思わず呆れてしまう。
「なんですか、こんな時に」
「んだよ、辛気くさい面しているから声かけてやったのに。それだと、あの黒髪の魔法使いの方がましな面をしてるぞ」
そう言って、師匠が指した方にいたのはナルセーナと談笑しているアーミアだった。
その顔にはわずかに疲労が浮かんでおり、僕は思わず目を見張る。
「ああ、気にするな。昨日鍛えてやったのが残ってるだけだ」
「鍛えてやった?」
「ああ、ちょっと魔術をな」
その言葉に、僕はアーミアと会話した時を思い出す。
自分が生き残ることに罪悪感を抱き、必死に自分を鍛えていた彼女を。
「アーミアだっけ? ……あいつ、才能あるぞ」
「師匠が言うほどですか?」
「ああ、アーミアの奴一晩で魔術のさわりをを理解しやがった」
そう言う師匠の口元に浮かぶのは、楽しげなのを隠さない表情だった。
「強力なスキルを持ちながら、スキルを介さない魔術への理解も早い。とんでもない才能だな、あれは。あれ以上に魔術の理解が早い人間を私は一人しか知らない」
「……凄いな」
珍しい師匠のベタほめに、僕は思わずそうつぶやいていた。
それは心からの賞賛、しかしそんな僕に師匠が向けるのは隠す気のない呆れだった。
「嫌みかそれは?」
「え?」
「アーミア異常に理解が早かった人間はお前だぞ」
「僕、ですか?」
そう言いながらも、僕は思い出す。
確かに、鍛え始めた当初はそんなことを師匠に言われたような気がすると。
しかし、すぐにそんなこと何の自慢にならないと僕は失笑した。
「僕を入れても仕方ないでしょう? どれだけ覚えが早くても、無意味なんだから」
「まあ、それもそうか」
「ええ。僕の覚えの早さはすべて初級レベルなんですから」
そう、僕は確かに器用に様々なことができたし、才能があったのではないかと思っている。
しかし、そのすべては初級の技術だけ。
それで悦に入ることはできない。
「お前は確かに欠陥治癒師だったからな」
そんな僕に師匠は頷く。
そこで師匠の言葉は終わらなかった。
「だが、それは過去の話だ」
「……過去」
「ああ。分かっているだろう。──今この場において、お前は唯一の希望で英雄だと」
それが何を指しての言葉なのか、僕には言うまでも理解できた。
すなわち、師匠は僕の背後。
背中に向けられる熱狂的な視線の主、冒険者の内心を代弁しているのだと。
「話を戻すぞ」
相変わらずのにやにやとした表情。
しかし、師匠の目は真剣そのものだった。
「辛気くさい顔をしてるな、ラウスト」
「……師匠」
「怖いか、期待を向けられることが」
今更ながら僕は気づく。
もうすぐ迷宮がつく直前、師匠が話しかけてきた理由を。
「お、見えてきたな迷宮が。──今から、お前の判断で人が死ぬ」
それはどうしようもない重さがある言葉だった。
ずっと超一流冒険者として第一線で戦ってきた人間の、背負っているものがかすかに見える言葉。
……師匠はその重さが僕がつぶれていないか、確認の為にこの場に来てくれていた。
「弟子の責任は師匠の責任にされる。めんどくさいが、きついなら言えラウスト」
もし、つぶれていたなら自分がその責任を背負うために。
「仕方ないから私が代わりに迷宮の主をぶち殺してやる。私もあいつには借りがあるから……」
「ありがとうございます」
それを理解して僕は笑った。
確かに責任は思ったより重くて、それに何も感じていないとは口が裂けてもいえない。
一人なら師匠に泣き言くらいは漏らしていただろう。
でも、僕は一人ではなかった。
「でもら、違いますよ師匠」
「ラウスト」
見えてきた迷宮、そのあまりにも巨大な塔にあえて背を向け僕は笑う。
「僕らの決断が皆を救うんだ。悪いけど、この手柄は僕達が、僕とナルセーナに譲ってもらいますよ」
「……ふ、ふふ。言うようになりやがって馬鹿弟子が」
楽しげに笑いながら、師匠は告げる。
「きざな野郎になったな。……いや、もう馬鹿弟子とは言えないな、ラウスト」
気づけば、その師匠の後ろに集まってくる人影があった。
ジークさんに、ロナウドさん、マーネルの仲間のゴッズという冒険者に十数名のその他精鋭の冒険者達。
「お待たせしました、お兄さん」
そして最後にナルセーナが僕の隣に立つ。
全員がすべての準備を終えて立っていた。
皆の視線は迷宮の方に集まっていた。
その最中、うごめく陰が見える。
「……この距離で、もうお出ましか」
師匠の言葉で僕らは理解する。
あの影は魔獣であること。
「…………!」
そしてその中に、最近相対した圧倒的な迫力を放つ魔獣。
……竜が紛れ込んでいることにも。
それを見て、僕らはただ笑った。
朗らかに、まるでいつもの討伐に出かける時のように。
「さて、楽しくなってきたなラウスト」
「……ジークさん」
「アーミアは私が守るから、存分に暴れてきなさいジーク」
「……ライラ」
見つめ合う、ジークさんとライラさん。
その後ろから微笑むアーミアに、昨日までの影はなかった。
「ライラさん、大丈夫です」
「アーミア?」
「今日は私が、ライラさんとジークさんを守ります。私だって、お二人のパーティーだから」
「昨日の今日で随分偉そうなことを言うじゃないか、新米魔術師」
自信に満ちたアーミアの表情が固まったのはその時だった。
そのまま、アーミアはナルセーナを盾にするよう後ろに下がる。
「え、ラルマさんとアーミアって面識があったんですか? って、痛いんだけどどうしてそんなしがみつくのアーミア!?」
師匠はひきつった顔をでナルセーナの肩にしがみつくアーミアに笑いかける。
「だが、その意気はよし」
「は、はい」
「言葉通りの活躍しなければ、近日中に鍛え直してやるから安心しろ」
「はい! ……え?」
固まったアーミアを邪悪に笑いとばし、師匠が僕らに顔を向ける。
その時、師匠の顔に今までのふざけた雰囲気はもう残っていなかった。
「いいだろう、ラウスト、ナルセーナ。今回は譲ってやる」
「はい」
「道は私とこの親米達、魔法使いが作ってやる。だからなってこい」
にやりと、命がかかっているのが信じられないほど楽しげに笑いながら師匠は告げる。
「迷宮攻略の立役者、そう語り継がれる英雄に」
ナルセーナと視線が交差する。
僕の勝利を疑わない、楽しげな青い目と。
「はい、行ってきます」
「すぐに片づけて自慢するので、ラルマさんもけがに気をつけて下さいね」
「誰に行っている。私は死なん。私に死ぬ気がないからな!」
その言葉に、ずっと無言だったミストの肩が動くのが見える。
それだけを最後に、僕とナルセーナは師匠に背を向ける。
最後まで楽しげな師の言葉が、そんな僕らの背を押す
「行ってこいお前等。──存分に暴れてこい!」
その言葉を合図に、僕らは走り出す。
長い長い迷宮攻略。
その最後の戦いが始まった。
本当に長くなってしまい申し訳ありません!
できる限り早く畳めるようにさせて頂きます!




