第118話 勝つために
本日26時よりアニメ第6話公開になります!
「ん、来たね。ラウスト、ナルセーナ」
そう、僕とナルセーナと迎えたのは疲れを滲ませたロナウドさんだった。
罪悪感を抱きながら、僕は真っ先にロナウドさんに頭を下げる。
「無理言って皆を集めて貰って申し訳ありません」
「気にしないでいい。この状況だ。些細なことでも全員に共有するのが必須だ」
そういって冗談めかして後ろをみたロナウドさんの背後には、文字通り皆が集まっていた。
ジークさん、ライラさん、アーミアのいつもの面々だけではなく、マーネル、街の人達に冒険者達。
アマーストさえ、何で呼ばれたのかと言いたげな様子でここにいる。
そんな中、僕はゆっくりとナルセーナと目を合わせた。
今から行う発言は多くの人間の人生を変える可能性がある。
その覚悟を確かめるように。
しかし、笑顔のナルセーナをみて僕は思う。
自身の行った行為がただの杞憂だったことを。
ナルセーナには迷いなんてなく、そしてそれは僕も同じだった。
「ロナウドさん、実はお願いがあって皆を呼んで貰いました」
「お願い?」
僕の口から言わせて欲しい。
そのお願いを聞いて黙っていてくれるナルセーナに勇気をもらいながら僕は真っ直ぐにロナウドさんの目を見る。
「僕とナルセーナを第三波の囮作戦からはずして下さい」
「何を、言ってる?」
僕の言葉にロナウドさんの表情が固まる。
その表情は言外に勝ったっていた。
何の意図があっての発言か分からない、という。
そしてそれはロナウドさんだけの反応ではなかった。
この場に集まった人間全てが僕とナルセーナの方をただ呆然とみている。
その静寂の中、僕ははっきりと告げる。
「──僕とナルセーナで迷宮の主を倒します」
その言葉を発してからしばらくの間誰も口を開かなかった。
ようやくロナウドさんが口を開いたのは、十数秒が経った頃だった。
「間違っていたら言って欲しいんだが。君達は勇者がくるまで待つのではなく、迷宮の主を討伐にいこうとしている」
無言の僕達に、それを肯定と理解したロナウドさんが苦笑する。
「だから、自分達を計画から外して欲しい、そういうことだよな」
「はい」
「ラウスト」
優しげだったロナウドさんの声が切り替わったのはそのときだった。
「今からは考えて発言しろ。場合によってはお前と戦うことを俺は辞さない」
いつもの笑顔と淡々とした言葉。
けれど、その言葉には隠す気のない敵意が込められていた。
誰も動けない空気の中、慌ててた様子でジークさんが口を開く。
「待って下さい師匠! 身内で戦っている場合では……!」
その答えはカン、と響く魔剣を叩く音だった。
それだけでこの場の全員が理解できる。
ロナウドさんは本気であることに。
「ジーク、言いたいことは分かる。迷宮暴走下で仲間割れしている場合ではないと言いたいんだな」
「……はい」
「僕も同意見だよ。だから今話をつける。戦っている時に仲間割れが起きる最悪の事態避けるために」
そう告げるロナウドさんに僕は戦いを教えてくれた時の姿を思い出す。
戦闘を教えてくれるロナウドさんは非常に厳しかったと。
しかし、その時でさえこんな殺気をロナウドさんが滲ませたことは無かった。
その殺気にはもうジークさんでさえ、口を挟むことはできない。
「もう一度言おう。よく考えて発言しろ、ラウスト」
「ありがとうございます。でも、意見は変わりません。僕達は迷宮の主を倒します」
そんなロナウドさんから、僕は目をそらすことはなかった。
そしてもう一人、ロナウドさんの殺気を真っ正面に受けてたじろがない人間がいた。
「分かってます。無茶であることは」
「……ナルセーナ」
「でも、それは迷宮都市から逃げることも変わりません。そして私は確信しています。お兄さんと私なら、迷宮の主を倒せると」
この場にそぐわない満面の笑みを浮かべながら、ナルセーナは続ける。
「話は消耗戦にするか、総力戦を行うかです。その勝率が大きく変わるとは私は思いません」
「だから独断行動をすると?」
「いえ、独断ではないです。きちんと今、報告しているので」
威圧的なロナウドさんに対し、ナルセーナは一切態度を崩すことは無かった。
けれど、そんなナルセーナが頭を下げる。
「ですが、勝手であることは理解しています。本当に申し訳ありません」
「ラウスト、ナルセーナ。お前達は何も理解していない」
威圧を抑え、ロナウドさんが口を開いたのはそのときだった。
「僕がその可能性を考えていなかったと思うか?」
そう告げるロナウドさんの表情に浮かんでいたのは、罪悪感だった。
「僕なら迷宮の主に勝てるのではないか、何度だって考えた。でも無理なんだ。迷宮の主と戦うには様々な障害がある。そもそもたどり着けるかさえ、困難なんだ」
それは迷宮暴走についてしっている僕でさえ、しらない事実だった。
「迷宮暴走下の迷宮に入ろうとすると、迷宮から魔獣が溢れ出す。以前僕とラルマはそのせいで消耗し、迷宮の主との戦いで満足に戦うことさえできなかった」
唯一迷宮暴走を経験したことがある人間の話。
故に、誰もが聞き入っていた。
「だから僕は囮にする人間を作り出した。それしか多くを救う可能性はないと思ったから」
ロナウドさんが姿勢を変えたのはその話の最中だった。
その視線の先にいたのは、街の冒険者達だった。
「……これはいいわけだ。本当にすまない。これが最善だった」
「俺、達は……」
黙り込んだ街の冒険者達に、唇をかみしめながらロナウドさんは僕達の方を向く。
「お願いだ、ラウスト。どうか飲んで欲しい。それが最善……」
「ロナウドさん、違いますよ」
そんなロナウドさんを僕は真っ向から見返す。
「だから僕達が迷宮の主と戦う必要があるんです」
「何を、言っている?」
初めて、ロナウドさんの笑顔がはがれる。
そんなロナウドさんに、僕はかすかに微笑を浮かべて見せる。
少しでも、この場にいる人間に安心が伝わるように。
「最善なんてどうでもいいんです。仕方ない犠牲なんて話も、全部建前だ。そんなの勝負には必要ない」
ロナウドさんがかすかに目を見開く。
「必要なのは勝利を本気で信じているかどうかでしょう?」
ナルセーナと目があう。
示し合わせた訳ではないのに、僕らはお互い笑っていた。
二人で戦える今が楽しいと、お互いの目が語っていた。
「ロナウドさん僕達に任せて下さい」
全員の視線が僕達に集まっている。
──その熱を感じながら、僕とナルセーナは根拠無く、希望を示す。
「後は私達がどうにかします」
「今の僕とナルセーナは勇者より強い」
誰もが口を開かない。
ただ、全員がその視線で語っていた。
僕達の言葉に希望を持ったことを。
ただ一人を除いて。
「偉そうになったな、お前等」
その声だけで分かった。
この人は本気だと。
「世界はそんなに優しくないんだよ、ラウスト。お前のエゴは誰か人を、大事な人間を殺すぞ」
次の瞬間、魔剣に手がかけられた。
「そんなに言うならいいぞ。俺と殺し合って決めようじゃないか」
眼鏡の下、ロナウドさんの真っ赤に染まった目が除く。
相対した竜を越えるプッレシャーに僕とナルセーナが反射的に構えて。
「……っ!」
すぐ近くに火球が激突し、砂埃が舞ったのはそのときだった。
全員がとっさに戦闘態勢に移る。
「おいお前等、私をおいて楽しそうなことをするな」
そんな中、響いてきたのはよく聞き覚えのある声だった。
「いい顔してんじゃねえか、ロナウド」
緊迫した場に似合わない楽しげな声音の主が、砂埃の中から姿を現す。
「楽しそうだから私も混ぜな」
「……ラルマ」
──そこにいたのは、意識を失っているはずの師匠だった。




