第117話 馬鹿な話
本日アニメ5話、26時から放送になります!
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歩きながら、もう僕は自分がどこを目指しているのかも理解していなかった。
ただ、歩きながら思考だけが回っていた。
「……僕はどうすればいい?」
アーミアが、アマーストが、ナウスさんが、そしてマーネル達が頭に宇浮かぶ。
本当にこのままでいいのか。
答えがでないそんな言葉が何度も頭の中を巡る。
「どうすれば皆を……」
今の全てを解決するのはどうすればいいのか、そんなでない答えが僕の頭の中を何度も回る。
この状況を変える方法なんて簡単にでる訳がなくて。
「いや、あるだろ」
……ただ、ずっとみない様にしてきたある方法があった。
そんなことは不可能だと、ただ無駄死にするだけかもしれない。
そう必死に頭に奥底に押し込めてきた方法。
けれど、今それしか他の人を助けられないのだとすれば。
「──迷宮の主を倒せば、皆は助かる」
そうつぶやいた僕の声に震えは一切なかった。
それを感じながら、僕は思う。
……覚悟が決まっていたのはいつからだろうか。
今でもはっきりと思い出すミストと竜の戦い。
迷宮の主はそれより遙かに強い。
何せ、ミスとの使った魔術上位互換。
光の魔法を扱える勇者でなければ倒せない存在だ。
「もし、僕が倒せれば皆が笑って生き残れる」
なのに、僕の中には恐怖はなかった。
むしろ、どんどんと覚悟の決まっていく自分がいることに僕は気付いていた。
「それに僕がいなくても、迷宮都市を囮にすることには何の支障もない」
──お兄さん、ダメですよ。ここにお兄さんがいたら私が逃げられなくなります。
ナルセーナの言葉が僕の脳裏によぎる。
その言葉に僕の中でどんどんと覚悟が決まっていく。
僕一人の命で最高のハッピーエンドを迎えるのだとすれば、あまりにも分の良い賭けなのではないか、と。
「お兄さん、ここにいたんですね」
「……っ!」
そんなことを考えていたからだろうか。
その声が聞こえるまで僕は気付かなかった。
「探しましたよ」
いつもなら真っ先に気付く、愛しの人が見える範囲にいたことに。
「ナル、セーナ?」
「はい!」
名前を呼んだだけで、嬉しさを隠せないといった様子ではにかむ青い髪の少女。
じんわりと胸の奥を暖めてくれるその笑顔。
しかし、その表情はすぐに申し訳なさそうなものへと変わった。
「私、お兄さんに謝りたくて」
「謝る?」
「……はい。私お兄さんと一緒に残れないので」
その言葉に今更ながら僕は気付く。
僕に残ろうとしないで欲しい、その発言に傷ついたのが僕だけでは無いことを。
「私達はずっと一緒に戦ってきたのに」
ナルセーナも同じ気持ちだったのか。
そのことに僕はようやく気付く。
僕をみるナルセーナの視線に浮かぶのは、痛みを耐えるかの様な視線だった。
「いいんだ。分かってるよ、僕はナルセーナ程の持久力はない。囮として最後まで残ることはできない」
「本当、ですか?」
「ああ」
僕がそう言うと、ナルセーナの顔に安堵が浮かぶ。
しかしそれは直ぐに険しい表情に変わった。
「だったら、私から一つお願いしていいですか?」
「お願い?」
「はい」
その瞬間、ナルセーナの顔に浮かんでいたのは全てを見透かすような美しい笑みだった。
「──お兄さん一人で戦おうとするのはやめて下さい」
空気が凍り付いた。
少しの間、僕はナルセーナが何を言ったのか理解できなかった。
けれど、すぐに理解する。
……自分の行動を、思いをナルセーナに見抜かれていることを。
「何、を……」
「私、お兄さんのこと大好きなんです」
呆然とした声しかでない僕に、ナルセーナは照れたように笑う。
「ずっとみてきたんです。お兄さんの顔。だから、分かりますよ」
「……っ」
あり得ない。
なんのこと?
心配ないよ。
そんな言葉が僕の頭に浮かび、しかし口からでることはなかった。
僕を優しげに見るナルセーナが僕が口を開くことを許さなかった。
「お兄さん、ダメですよ。一人で迷宮の主に挑もうとするのは自殺行為です」
「なんで……」
「そんな覚悟を決めた顔をしていたら分かりますよ」
どこか寂しそうに笑いながらナルセーナは告げる。
「別に迷宮の主に戦うのがダメだとは言いません。立派な戦略の一つではあると思います」
「だったら……」
「でも、本当にお兄さんは勝てると思って戦うんですか?」
どこまでもナルセーナは見抜いていた。
「やけになって戦う、その為にノグゼムさんはお兄さんに託していないと思いますよ」
「でも、このままだと皆が……」
「お兄さんが無駄死にしても、喜んでくれますか?」
いつにない様子で、問いつめてくるナルセーナ。
その様子に、僕はもう何も言うことができなかった。
「僕は……」
そして、僕は気付く。
自分のしようとしていたことが本当に自己満足でしかなかったことを。
「お兄さんは確実に迷宮の主に勝率を上げる方法しってます?」
「……え?」
突然ナルセーナの口調が変わったのはそのときだった。
突然のその変化に、僕は戸惑いを隠せない。
そんな僕に、ナルセーナはどこかそわそわとしながら続ける。
「最初にも言いましたが、私は別に迷宮の主を倒しに行くのがダメとは思っていません。……正直、現状では森に逃げるのと対して変わらない気もします。一割二割の生存確率の違いですし」
「う、うん」
「ただ、お兄さん一人で戦いに行くのは違う、と思うんです。迷宮を囮にする時と違って、今回は総力戦です。緻密な作戦はいらなくて、私とお兄さんが別行動をする必用もありません」
あえて視線を合わせず回りくどい言葉を使うナルセーナ。
その姿に僕の中、ある可能性が生まれる。
しかし、すぐに僕はその可能性を排除する。
考えすぎだと。
「お兄さん」
ナルセーナがかすかに頬を赤くした上目遣いで僕をにらんできたのはそのときだった。
「──私誘ってくれるのを待っていたんですけど」
自分の中に生まれた想像。
それが勘違いで無かったことに気付いたのはそのときだった。
反射的に僕は声を荒げていた。
「そんなこと頼める訳ないだろう……!」
頭に浮かばなかったといえば嘘になる。
でも、僕は自殺行為にナルセーナを巻き込むつもりなどなかった。
無謀で死ぬなら、僕だけでいい。
「僕はナルセーナだけは失いたくない……!」
「お兄さん」
「それにナルセーナは森に逃げ込むのにも必用で」
「私、負ける気なんてないですよ」
その時のナルセーナの声は落ち着いていた。
むしろ、楽しげなそんな雰囲気さえあって、気付けば僕は息をのんでいた。
「逆に、お兄さんは負けると思っているんですか? 私と一緒に戦うのに」
変異したヒュドラと戦った日。
そして初めてナルセーナと会ったゴブリンと戦った日。
記憶に未だ鮮明に焼き付く、その時のナルセーナが今のナルセーナと重なる。
「私達がいて、負ける訳がないでしょう!」
そう言うナルセーナの目にはきちんと恐怖が、疲れが、絶望が浮かんでいる。
最前線でずっと戦ってきたナルセーナは分かっているのだ。
今がどれほど絶望的な状況か。
──けれど、その絶望を吹き飛ばすほどの希望をその目に宿し、ナルセーナは叫ぶ。
「安心してくだい、お兄さん。我が儘だろうが、無茶ぶりだろうが、私が全て叶えてみせます」
優しく、こちらをみてくるナルセーナをみながら僕は思う。
どうして彼女は僕の内心を見抜くのがこんなにもうまいのだろうが、と。
絶望的な状況だから、許されないから、と自分でも気付くことなく胸に押さえ込んでいた思い。
「……僕は、皆を助けたい」
「はい」
それを今、僕はもう抑えることができなかった。
「マーネル達は初めての後輩なんだ。死なせたくない」
「私もあの人達、今は好きですよ」
「街の人達も、アーミアも僕も。自分だけが逃げたくなんてない。だって、何の為に僕はこんなに強くなったんだ? あのアマーストが僕に生きて言ったんだ。なのに、僕が逃げるなんて……」
全てが聞きたい。
そんな優しい笑顔をしてくれるナルセーナに、僕の口は止まらなかった。
「ナルセーナ」
「ここにいます」
「僕の古い友達が、ずっと僕の為にいろんなことをしてくれたんだ。全部、想定外の方向な不器用な友達だった。でも、そんな友達が僕のことを英雄だと言ってくれたんだ」
「……はい」
ノグゼムの話をしたとたん、少し不機嫌になるナルセーナ。
その様子に思わず苦笑しながら僕は続ける。
「その言葉に僕は応えたい。僕らを弄ぶこの迷宮暴走を、邪龍をぶっ倒したい」
「いい考えですね……! 私はついでにこの戦いが終わったらミストをぶっ叩きます」
最高に悪い顔でそんなことを言うナルセーナに僕は笑ってしまう。
その時にはもう僕は気付いてしまっていた。
──逆に、お兄さんは負けると思っているんですか?
ナルセーナに問われたその答えに。
今更その問いの答えを返す代わりに、僕はナルセーナに問いかける。
「ナルセーナ、馬鹿なことを聞いて貰って良いかい?」
それはヒュドラ戦の時にもした問いかけ。
今回のナルセーナは、その問いにただにっこりと笑った。
「いいですよ。今回は大人しく聞いてあげます」
悪戯っぽく笑う最愛の人に、僕は思う。
いったい何度この子に惚れ直せばいいのだろうか、と。
「迷宮の主を倒して皆を救いたい。──僕と一緒に戦って欲しい」
「はい、喜んで。──貴方と一緒なら、地獄のそこでも喜んで」




