第115話 無力感
本日26時からアニメ放送になります!
その後、マーネルとロナウドさんのしていた話に、僕が入ることはできなかった。
ただ、一つあるのは呆然と立ち尽くしていた記憶。
……どうすればいいのか、もう僕にはわからなかった。
その翌日、僕は呆然と街を歩いていた。
昨日の今日で迷宮都市を攻撃してくる魔獣はいないらしく、今日は戦闘は無かった。
しかし、それがなおさら自分の手持ちぶさた感を強めている気がして、僕は時間を持て余していた。
いつもなら、その時間を僕はナルセーナとともにいることに使っただろう。
……しかし、話し合ってでた作戦が、ナルセーナと顔合わせすることを気まずくさせていた。
──この世界の希望に、最強の治癒師にお前はなれる。
鮮明に覚えているノグゼムの言葉が頭によみがえる。
ただ、呆然と歩きながら僕は思う。
「……ノグゼム、僕はとことん英雄なんて立場に向いてないらしいよ」
そうだろう。
本当に僕が英雄と呼ばれるのにふさわしい立場なら、マーネル達が守ろうとする訳がないのだ。
そして、そんなマーネルを犠牲にして生き残ろうとする訳がないのだ。
「師匠がいればな……」
今もまだ意識を取り戻さない師匠を思い出す。
師匠なら、この場面でも迷いはしなかっただろう。
それを知っているが故に、相談できない今が歯がゆくてたまらなかった。
そこまで考え、僕は気付く。
「なにを僕は、また師匠に頼ろうとしているんだ」
この後に及んで人に頼ろうとしている自分に気づき、僕は自嘲の笑みを浮かべる。
本当に、なんてどうしようもないと。
「そんな態度だから、あんな風に話が決まったんだろうが……」
そう告げた僕の頭の中、よみがえったのは昨日の話し合いの結末。
──僕とラルマ、ナルセーナでぎりぎりまで迷宮都市に魔獣を閉じこめる。
……最愛の人を捨て石にする決定だった。
──意識を失ったラルマを抱えながら戦えるのも僕だけだ。そして一番機動力があるナルセーナにはぎりぎりまで魔獣達を引きつけるのをお願いしたい。
あの時、ロナウドさんがどんな表情をしていたかも僕は覚えていない。
ただ、その時の言葉も声音も異常なほど覚えていた。
そして、ナルセーナが残るなら僕も残ると必死に叫んだことも僕は覚えている。
──すまない、ラウスト。どうか、聞き入れて欲しい。
けれど、ロナウドさんがそうやって頭を下げた瞬間、僕はなにも言えなくなってしまった。
……その時のロナウドさんが、本当に憔悴しているように見えて。
──お兄さん、ダメですよ。ここにお兄さんがいたら私が逃げられなくなります。
そして、そんな僕に優しく諭してくれたナルセーナの言葉。
それは絶望とともに僕の中にこびりついていた。
ああ、知っているのだ。
僕の戦い方には持久力が足りない。
足止めして、また集団に戻るなど僕にはとうていできない。
ナルセーナの足を引っ張るだけだ。
──だから、ここは私とお兄さんは別々に動かないとダメです。逃げるなら、これがベストです。
けれど、それをはっきりとナルセーナに言われた時の絶望ははっきりと僕の中に残っていた。
わかっていた。
けれど、言われたくなんてなかった。
……この状況に置いてそんなことを思ってしまう自分が、どうしようもなく小さくて嫌だった。
「僕は……」
自分でもなにを言おうとしたのかわからないつぶやきが漏れる。
本当に情けない。
そう思うものの、どうすればいいのか今の僕はもうわからなかった。
やりきれない気持ちを持て余した僕は、ゆく宛もないことを理解しながらも街へと足を向ける。
「……っ!」
どん、と何かが破裂するような音が響いたのはその時だった。
その瞬間、僕は反射的にその音の方へと走り出していた。
走りながら、僕の頭にあるのは最悪の想像だった。
報告では確かに魔獣はいないとされていた。
しかし、もしそれがあ間違いで魔獣が城壁内に忍び込んでいたとすれば。
……本来ならあり得ないことだが、今の迷宮都市においてはなにが起きてもおかしくはなかった。
見覚えのある路地を次々と曲がり、僕は音のなる場所へとどんどん近づいていく。
「わ……! ラウストさん!?」
そしてそこにいたのは、想像もしない人物だった。
まさかこんなところにいると想像もしていなかった僕は、驚きを込めて口を開く。
「えっと、そんなほこりだらけの状態でなにしているの? アーミア」
そこにいたのは僕の元パーティーメンバーにして、現ジークさんのパーティーメンバーたるアーミアだった。
その身体には明らかにほこりまみれな状態で、僕の頭に疑問が浮かぶ。
……一体なにがあったのかと。
そんな僕に対し、アーミアはかすかに笑った。
「そうですよね、こんなところで魔法の練習をしていると音が聞こえてしまいますよね……」
その表情は自身に対する自嘲が浮かんでいるように見えて、僕は思わず息をのむ。
そんな僕へと、アーミアはゆっくりと頭を下げた。
「紛らわしくてごめんなさい。けれど、大事はないので安心してください。……私はただ、魔法の練習をしていただけなので」
「そんなぼろぼろで?」
「ちょっと、いろいろ実験していたら失敗してしまって」
そう笑うアーミアの肘、そこにはかすり傷がついていた。
それに気付いた僕は反射的に治癒魔法を唱える。
「ありがとう、ございます。でも、こんな優しくすると他の子に勘違いされますよ」
「君は僕の一番がナルセーナだと知っているから治療しただけだよ」
「……本当にナルセーナさんがうらやましくなりますね」
そう言いながら、笑ったアーミアの妙に嬉しげな顔を見ながら僕は思う。
……アーミアに優しくした理由はそれだけではないことを。
「何かあった?」
「……私、そんなに分かりやすく落ち込んでいましたか」
「そう、だね」
僕とアーミアの目があう。
僕を見つめるアーミアの目には、何か張りつめたものがあった。
本来は放っておいても問題のないかすり傷を治癒したのは、その感情に僕が気付いたからだった。
「本当にまだまだだなぁ、私」
僕の視線から言いたいことを理解したように、アーミアはくしゃりと笑う。
「……私一人だけ、全然役に立てていないって思って」
「そんなこと……」
「いいえ、あるんです。ジークさんのパーティーの中では、私が一番未熟なんです」
「それは仕方ないだろう。ジークさん達が異常すぎるだけで、普通の冒険者の中では……」
「ラウストさん、普通の冒険者は本来第三波で皆死ぬんですよ」
アーミアが笑う。
大人しく、内気だった。
彼女の笑みは大人びていて、ガラスのように簡単に割れそうなほど透明だった。
「普通の冒険者の中で私だけが生き延びるんです。特別でも何でもない私が」
なにも言えなかった。
「それなのに、皆なにも言わないんです。私だけ特別に生き残るのに、誰もなにも言わないんです。私、稲妻の剣に入る前の友達踏み台にして生き残るんです。──だから、大丈夫です」
……大丈夫な訳が無かった。
それでも、少女は必死に精神を張りつめることで迷宮暴走を乗り越えようとしていた。
少しの衝撃できれてしまいそうな状態で。
そしてそんなアーミアに、僕はなにも言えなかった。
「安心してください。今度こそ、私はジークさん達に、ラウストさんに恩を返しますから。……それだけが私の生きていい理由だとわかってますから」
言葉をかけようと開いた言葉からはなにもでず、さかなのように無言で開閉するだけ。
「……けがをしたら僕にすぐ言って」
「はい!」
アーミアの元気な声を聞きながら、僕は背を向ける。
それ以外、どうすればいいのか僕にはわからなかった。




