第114話 囮
治癒師放送まであと一日になりました……!
ミストの信じられないカミングアウトの後、僕達の間にあったのは重い空気だった。
その話からもう数時間経っている。
もう、ミストはここにいない。
僕達の話を聞かれる恐れもない。
……それでも、誰も口を開ける人間はいなかった。
誰もが自分の中で必死に状況を整理しようとしている。
「先の話をしようか」
そんな中、そう口を開いたのは席を外していたロナウドさんだった。
その顔に浮かぶのは隠すこおともできない苦悩の表情。
「……しかし、どうすればいいんですか」
その声に、答えたジークさんの声。
そこには今までのジークさんの強い力にあふれた様子はなかった。
「この城壁ではもう持たない。第三波が開始したら、僕達は迷宮都市を捨てて草原に逃げ込む。そして勇者が来るまでの時間を稼ぐ」
「しかし、そこにも変異した魔獣がいます! 超難易度魔獣一体で済むととは思えない!」
「ああ、そうだ。だが、次は竜二体で済まないぞ。……忘れるなよ、まだ迷宮暴走は始まったばかりだ」
ロナウドさんの言葉に、全員が押し黙る。
全員が分かっていた。
今の状況が、どれほど致命的かを。
「そもそも、他の皆になんて説明すれば……」
「説明はしない」
「え?」
次の瞬間、誰も想像できなかった言葉にロナウドさんへと注目が集まっていた。
「彼らにはなにも言わず、ぎりぎりまて迷宮都市を守って貰う。彼らにはミストと共に囮になってもらう」
その言葉に誰もなにも言わなかった。
……いや、言えなかった。
その言葉を信じられなかった。
嘘だと、達の悪い冗談であることを祈りながら僕はロナウドさんの顔をみる。
重い、真剣そのものな表情がそこにはあった。
「ロナウドさん、なにを言ってるんですか?」
「……ラウストわかってくれ」
「なにをですか! 僕達が生きる為だけについてくれた皆を犠牲にするんですか! そんな事をすれば、ここを最初に逃げていった冒険者達とどう違うんですか!」
「……それ以外に僕には思いつかなかったんだ」
言葉を選びながら言葉を重ねるロナウドさんに、僕の頭にさらなる激情が浮かぶ。
それで超一流冒険者と言えるのかと。
「──街の人間、戦えない人々を守る方法が」
「……っ!」
しかし、僕は理解してしまう。
どうしようもなく、ロナウドさんは超一流冒険者であることを。
「ラウスト、どうか聞いてくれ。僕らは戦わない人間を真っ先に守らないといけないんだ。……それが冒険者だ」
その言葉に、僕はなにも言えなかった。
そんな僕に、ロナウドさんはさらに重ねる。
「全ては僕が責任をとる。だから、今だけは話を聞いてくれ」
「僕、は……」
ああ、わかっているのだ。
ロナウドさんは決して悪意を持っている訳じゃない。
むしろ、責任をとろうとしてくれているのだと。
全ての責任を自分で背負い、その上で最善をとろうとしていることを。
わかっているのに、僕はなにも言えなかった。
そんな僕に、ロナウドさんはさらに続ける。
「街の人々にももう話は通してある。……きてくれ」
次の瞬間、ロナウドさんのその言葉に反応するように複数人の人影が姿を現す。
ナウスさんなどの街の人達が姿を現し。
「……ロナウドさん、すまねぇ」
──その後ろから出てくる冒険者達の姿があった。
「っ!」
ロナウドさんの目に怒りがよぎったのはその光景を目にした時だった。
こらえきれないいらだちがその目に宿る。
しかし、ロナウドさんの苛立ちが爆発する前に前にできてた一人の人影がいた。
「こんな形で盗み聞きをすることになって申し訳ありません」
「……マーネル!?」
そこにいたのは迷宮孤児の冒険者にして、僕を慕ってくれている冒険者の青年だった。
しかし、そこに立っていたマーネルの姿は以前とは大きく違っていた。
「腕が……」
「少し、ミスをしてしまいまして」
そう言って爽やかに笑うマーネル。
けれど、片腕を失ったその痛々しさに関しては隠せるものではなかった。
……実際、その後ろにはマーネルを慕う子供、ルイスとシーラが心配そうに寄り添っている。
「まあ、そんなことを言っている暇がないのも事実ですしね」
マーネルの纏う雰囲気、それが一変したのはその瞬間だった。
鋭い視線の先、そこにいるのはロナウドさんだった。
「随分勝手なことを決めてくれますね。それも俺達がいない間に」
「悪いとは思っている」
「へえ、そういう風には見えないですが」
そう告げる冒険者達の目には、間違いなく怒りが浮かんでいた。
とっさに僕は擁護する言葉を告げようとするものの、なにを言えばいいのか僕には一切わからなかった。
そして、それは僕だけではなかった。
誰もが口を開くことができない、異様な空気が部屋の中を支配する。
けれど、そんな空気の中であってもロナウドさんは一切、マーネル達から目を背けることはなかった。
「心から悪いと思っている。すまない。……だが、それ以上に僕には守りたいものがある」
そう言いながら、ロナウドさんは鞘に入った短剣をマーネル達に放り投げた。
「もしこの戦いの後、僕が生きていたら君達の手で殺してもいい」
「……俺達が死んだらそんな口約束意味ないだろう」
「なら一人はラウスト達と一緒に動けばいい。なんなら一人で逃げ出してもいい」
淡々と自身の命を担架にするロナウドさんに、僕だけではなく怒りに燃えていた街の冒険者さえなにも言えなくなっていくのが見える。
最早、今部屋の中を支配しているのはロナウドさんだった。
「ここで誓おう。君達を救う、いきられるとは言わない。ただ、この僕は君達と同じ死地に立つ。──だから一緒に死んでくれ」
その言葉に、僕達でさえ理解できる。
……このロナウドさんの言葉は心からの本心だと。
わかってしまったが故に、誰もなにも言えない沈黙がこの場を支配する。
それを破ったのは、ロナウドさんに渡された短剣をマーネルが放り投げた音だった。
「超一流冒険者てつまらねえな。少し位動揺すればいいのに」
そう言いながら、ゆっくりとマーネル達はその場に膝をつき、頭を下げた。
「仰せのままに。つまらない人生を送ってきたつまらない命ではありますが、何かの役に立つのならば是非ご活用ください」
次の瞬間、マーネル達が告げた想像もしない言葉に僕は一瞬なにも口にすることができなかった。
「ただ一つ誓ってください。──街の方々、ラウストさん、ナルセーナさんだけは必ず守りきって欲しいと」
「マーネル……?」
しかし、次の瞬間まるで想像もしない言葉に僕は思わず声を上げていた。
そんな僕を無視してマーネルは続ける。
「これが俺達の命を懸ける理由です。それを誓ってくれるなら、俺達は他のなにも望まない」
真剣なマーネルの言葉。
それに僕はなにも言えなくなってしまう。
……同時に、僕は気付いてしまっていた。
全員最初から、命を捧げることを覚悟していたと。
何か言わなければならない。
そう思いながらも言葉にならない僕より先に、ロナウドさんは口を開いていた。
「……本当にすまない。だが、誓おう。絶対にナルセーナを、例え自分の命を懸けても、ラウスト、街の人間も救うことを」
「その言葉がある限り、俺達の命を貴方にかけます」
その言葉とともに、片腕しか残っていないマーネルとロナウドさんが堅く手を結ぶ。
その光景を前に、僕はただ見ていることしかできなかった。
……ただ、なにもいうことができないまま。
明日も更新させて頂きます!




