第15話 宿屋のナルセーナ
ナルセーナ目線です!
「明日はナルセーナの知り合いの冒険者の所に挨拶しにいけばいいんだね」
「はい……ごめんなさい折角の休みなのに……」
「気にしないで。迷宮に入らないだけで十分休めるし。それじゃあ明日も早いしもう寝ようか」
「はい、おやすみなさいお兄さん!」
晩御飯の後、そんな挨拶をして私はお兄さんと宿屋の中、別れた。
それから自室の部屋の扉を開け、中に入るまで必死に私は表情を抑えていたが……
「やったぁぁあ!」
……しかし自室に入った瞬間、私は感情を抑える限界を迎えベッドの枕に顔を埋めながら叫び声をあげた。
だが、そんなことしても私の歓喜の感情は治らない。
私は顔をだらしなく緩めながらベッドの上をごろごろ転がる。
「私との約束をお兄さん覚えていてくれたのかな!」
私の機嫌がそんなにもいい理由、それは街から帰る途中、お兄さんから聞こえた「あの子を思い出すな」という言葉が理由だった。
別にお兄さんが言っていたその少女が本当に私である確証なんてないのだけども。
「まあ、あの頃と髪の毛の色全然変わっちゃってるもんね……」
これで実は勘違いだとわかったら、私は恥ずかしくてお兄さんに数日くらい顔を見せられないかもしれない。
ーーー でも、もし本当にお兄さんが私のことを覚えていて、私の姿を見て思い出したのだったら。
そう考えただけで私はどうしようもないほど幸せになってしまうのだ。
「うわぁぁ!」
その幸せの衝動に耐えることが出来なくなった私は、枕を顔に押し付けながらまたベッドの上を転がり回る。
もう本当に頑張って両親を説得し、冒険者になってよかったと私は思う。
そう考えて、私はまたベッドの上を転がりたい衝動に駆られて……
「……だ、駄目!」
……けれども今度は何とかその衝動を押さえ込んだ。
このまま騒いでいれば、近くの部屋に聞こえてしまいそうな音で騒いでしまうかもしれない。
それは絶対に看過することのできない事態だった。
「お兄さんも近くの部屋にいるんだし……」
ーーー なにせ、今私とお兄さんは同じ宿屋で泊まっているのだから。
この状況に至るまでは本当にたくさんの苦労があった。
なにせお兄さんは私に気を遣ってくれて、同じ宿屋に泊まろうという提案に全然首を縦に振ってくれなかったのだから。
何とか最後は、私達はパーティーですよね……というか泣き落としで強引に了承させたけど。
「えへへへ……」
改めてお兄さんと同じ宿屋に一緒にいるということを意識した私は思わずその口元を緩める。
本当にここまで来るにはかなりの苦労が必要となったのだから。
……どうやらお兄さんはまだ私を冒険者の後輩としてしか認識していないようなのだ。
泣き落としを使わなかったら同じ宿屋に住むまでに一体どれほどの時間がかかったことか……
けれども、私は今の状態で満足するつもりはなく、ゆくゆくはもう一段感お兄さんとの距離を縮めようと考えていた。
「でも私は諦めない……い、いつかはパーティー共同の家を買って……」
そこまで言いかけて私は顔を真っ赤にする。
一緒の家で暮らす、その想像だけで私は酷い羞恥心を覚えてしまったのだ。
もちろん私はその先、お兄さんと恋人的な関係になれたら、と考えてはいるが……
「ーーーっ!」
……恥ずかしすぎて、想像の中でも手を繋ぐことしかできていなかったりする。
それからしばらく私は口元を緩めた状態のままベッドの上で寝転んでいたが、明日のことを考えてもう寝ることにした。
なにせ明日はかなり朝早くに冒険者ギルドに行く予定なのだから。
「それに明日は冒険者ギルドに行かないといけないし、お兄さん絡みで何か問題が起こるかもしれないし……」
そう考え、私は早く寝ようとベッドを整え始めて、けれどもふとある疑問が胸に浮かび私はその手を止めた。
「それにしても何でお兄さんはあんなに自己評価が低いんだろう……」
それは、この数日お兄さんと過ごすうちに私が抱き始めた疑問だった……
◇◆◇
この数日見てきた限り、お兄さんは決して自分自身の能力については過小評価していない。
自分一人で、どんなコンディションならば下層のどこまでいける、そんなことをきちんと理解して、どんな魔獣なら自分一人で倒せるだろうという大体の認識さえ持っている。
……だけども、お兄さんは自分自身の価値に関してはひどい過小評価をしている。
治癒魔法の場合は、お兄さんは治癒師達からはぶられていたのと、そもそも治癒師の存在は少なく、その活躍を見れないので、判断基準がないことは理解できる。
だがお兄さんの場合、自身の総合的な価値に対する認識もかなり低いのだ。
確かにお兄さんの能力は歪と言わざるを得ない。
なにせお兄さんの能力は専門的すぎるのだ。
前衛として足止めをする場合は牽制以上の攻撃もできないし、攻撃に専念すれば殆ど防御も出来ない。
前衛は足止めと高い攻撃力を要求されることを考えれば、かなり偏っていると言わざるを得ないだろう。
だがそれでも大丈夫だと言える程の能力をお兄さんは有している。
何せお兄さんはあのヒュドラを実質一人で足止めできる能力を有しているのだから。
……それにもかかわらず、お兄さんは自分を役立たずだと思い込んでいた。
そのお兄さんの自己評価の低さは冒険者に対する態度だけではなく、街の人に対する態度にも影響を及ぼしている。
お兄さんは私のおかげで街の人に受け入れられたと思っている節があるが、それは正確ではない。
なにせ、街の人たちは私がお兄さんの連れだから打ち解けてくれているのだから。
街の人たちは、前々からお兄さんが街の人間に暴力を振るおうとしている冒険者に対して、人知れず警告しているのに気づいていた。
どうやら顔を隠しいたみたいだが、街の人たちは背格好ですぐに分かったみたいだ。
……だけどもお兄さんは、冒険者である自分は街の人に嫌われていると思い込み、そのせいで街の人たちと交流できるようになるのがこんなにも後になったのだ。
そのお兄さんの自分自身に対する自己評価の低さは異常だった。
それはお兄さん自身が、自分の実力がある程度あることを認識しているからこそなおさら。
実力があることを理解してなお、何故そんなにも自己評価が低いのかその理由がわからず、私は首をひねる。
「……まあ、最近ましにはなっているんだし、考えても仕方ないかもね」
……しかし答えなど出ることはなく、私はあっさりと思考を放棄することになった。
もし、今もお兄さんの態度が悪かったのならともかく、今のお兄さんは少しづつ自信を取り戻してきている。
その証拠に口調にも少しづつ自信が込められてきたし、自虐することも少なくなった。
「だったら、今は別に早急に答えを出さなければならないことではないよね」
そう私は判断して、今度こそ私はベッドの上眠りについたのだった……




