第111話 二人の恩人
アニメ放送まで近づいて来ました!
10月6日よろしくお願いいたします!
日はもうくれている。
そんな中、僕は城壁に守られた街の中にいた。
「今回はよくやってくれたな、ラウスト。今日を乗り越えられたのはお前達のおかげだ」
そう言って、ロナウドさんは僕の肩をたたく。
しかし、その顔には色濃い疲労がにじんでいた。
……戦闘の疲労だけはない、精神的な疲労が。
「いえ、僕は何も……」
そう言って、僕は何とか笑う。
……その言葉は僕の本心だった。
何もしていない、なんて言うつもりは無い。
けれど、僕は大切な時は何もできていなかった。
竜が現れたあのときは。
その時、すべてを助けてくれた人間こそ、ミストや師匠にロナウドさん。
そしてハンザム……いや、ノグゼムだった。
「何とか今日の第二波は切り抜けたが、まだ戦いは続く。しっかり休んでおくんだよ」
そう告げると、ロナウドさんは去っていく。
その背中には、城壁を守りきったという勝利の確信ではなく。
……この先をどう対処するか、という色濃い苦悩が浮かんでいた。
そう、僕達は今日第二波を何とか切り抜けることができた。
ミストの作った強力な城壁に覆われたこの街は安全で、次の第三波が来るまで僕達は休むことができるだろう。
ただ、それに希望を持つにはあまりにも被害が多かった。
「……いてぇ、腕が」
「ナルダム! 返事をしろよ、お前!」
あちらこちらで悲鳴が聞こえる。
次の第三波まで休めたとしても、戦える人間は一体何人残っているか。
僕ら治癒師では、四肢の欠陥までは直せない。
直す手段がないとは言わないが、それはあくまで直近の傷だけ。
今から直すのはもう不可能だ。
……そして、死者の数の莫大だった。
仲間を失った者達は呆然とうなだれている。
その中に一人見知った顔──ミストの存在があった。
「……っ」
その姿に僕は思い出してしまう。
……自分が手に掛けた友人、ノグゼムのことを。
──このままだと、俺はどこかも知らない空間に隔離されてしまう。その前にお前の手で俺を殺してくれないか?
僕に自分を殺してほしいと頼んだ後、ノグゼムは何とか僕にそう説明した。
その様子は嘘をついている様には見えず、そして迷うには時間が無かった。
……だから僕は、自分の友人を殺した。
──ありがとう。
最後にノグゼムが僕に告げたお礼の言葉、そして首を切ったときの妙な感触。
それを僕はよく覚えている。
殺した後、ハンザムの死体は残らなかった。
まるで何もなかったように、すべてが僕の目の前から消えた。
そして、その何も残っていないところにやってきた時のミストの顔は、僕の頭にやきついていた。
その表情を僕は忘れることはできないだろう。
──これは、夢であろう?
……その時、今にも消えそうなミストに言われた言葉も。
ずっと、ずっと、ずっと、ミストは得体の知れない存在だった。
それは迷宮都市において警戒の理由ではあったが、同時に一つの希望であったのは事実だった。
何かあっても、ミストにはまだ切り札があるかもしれないという。
けれど、その時もうミストに今までの得体のしれなさなど残ってはいなかった。
それから迷宮都市に戻るまでの足取りの重さを僕はよく覚えている。
その後、僕に割り振られた仕事をナルセーナが請け負ってくれたくれたことで、少し時間ができた。
その結果、僕はノグゼムにお願いされた手紙を回収することができた。
その時にみたノグゼムの大きな鞄には、少ししか荷物が入っておらず、それが何より覚悟を物語っていた。
……ここで死ぬつもりだという。
「ぐしゃぐしゃな手紙だな」
その便せんを僕は手できれいにのばす。
絶対に捨てられない荷物が増えたと思いながら。
ノーツというエルフへと託された伝言。
そして、最後殺す前にミストに伝えてくれ、と言われた言葉。
それも全部、僕の頭の中にしっかりと残っている。
──悪い、後はミスト様に聞いてくれ。
最後にノグゼムが告げた秘密と、それについてミストが握っていることも。
ゆっくりと僕は立ち上がる。
どれだけ傷心でも、この迷宮暴走下で止まる訳にいかないことを僕は知っていた。
「……ミスト。お前は一体何を知っている?」
目の前に立ち、僕が告げた言葉。
しかし、それにミストの返答はなかった。
ただ、うつむくその頭からはどんな感情も僕は読みとれない。
それだけで僕は理解できてしまう。
……今のミストから話を聞き出すのは不可能であることを。
本当にだれがミストがこうなってしまう事を想像できただろうか。
そして、こうなったミストになにを言えばいいのか、僕にも分からなかった。
いつか、いつかはミストに聞かないといけない。
けれど、それは今ではない。
そう判断した僕は、内心の疑問を押さえ込み、ミストに背を向ける。
……どうやればいいのか、答えのでないその思いを封じ込めて。
ただ、あの伝言だけは伝えておかないと。
そう僕が思いを改めたのはその時だった。
「ミスト、ノグゼムからの伝言だ」
その言葉にミストの身体がわずかに動く。
しかし、それ以外に何か反応はなく。
わずかに失望を抱きながら、僕はその言葉を告げた。
「勝手をすることをどうかお許しください。許されない願いと知っておりますが、どうか壮健で」
それはノグゼムが僕が短剣で首を切る前に告げた言葉。
かすれた声で何とか、言葉を言い切ったノグゼムの姿は僕の頭にまだ張り付いている。
……故に、僕はその遺言を聞いてもなんの反応も返さないミストに怒りを感じる。
ノグゼムの死に様をなにも感じていないのか、と。
それでも、伝えないといけない。
そう怒りを飲み込んだ僕は、早足に言葉を言い切る。
「貴方はずっと俺の恩人でした。──二人の恩人の内、一人は貴方です」
「っ!?」
──ミストの目が大きく開かれたのは、その時だった。
僕には意味もわからぬ言葉。
それにいきなり表情を取り戻したその姿に、僕もまた衝撃を隠すことはできなかった。
ゆっくりと立ち上がったミストに、僕は逆鱗に触れてしまったかと一瞬警戒心を露わにする。
しかし、次の瞬間僕に視線を向けたミストの目にあったのは、深い悲しみだった。
「なにが恩人だ。あの、馬鹿が! ──最初から、迷宮都市をでる気など無かったのか」
「なにを……」
始めてみたミストの罵倒、それに僕はかすれた声で声をかける。
それに振り向いたミストの顔に浮かんでいたのは、変わらず深い悲しみだった。
「……有事にすまなかった。いいだろう、説明しよう。皆を集めてくれ」
「待て、整理ができてない。ミスト、貴方はなにを知っている? この迷宮暴走は、迷宮都市は何なんだ?」
今が逃すわけに行かない絶好の好機であることは理解している。
それでも僕は、そう尋ねずにはいられなかった。
「そうだな、ここまで謎だけを提示してなにも教えないのも可哀想か。その問いにだけ答えよう」
ミストの言葉に、僕は思わず息を飲む。
「今起きているすべては、この世界の滅亡に関わっている」
「は?」
「その結末を変える私はこの迷宮都市を作った。──この世界を滅びの運命から逃すために」
……そして告げられたのは、まるで想像もしない言葉だった。
来週も治癒師更新させていただきます。




