第104話 ミストvs竜
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叩きつけられた強大な茨の鞭を白い竜は避けなかった。
避けるまでも無かったというべきか。
何せ、鞭は白い竜にぶつかるその前に何かにはじかれたのだから。
しかし、鞭はその一本だけではなかった。
何十本もの鞭が、一斉に白い竜を打ち据える。
「……!」
白い竜も身体を捩り攻撃をかわそうとする。
そしてその攻撃すべてを防ぐことはさすがの白い竜にもできなかった。
どんどんとその身体に傷が刻まれていく。
「……すごい」
隣にいる、ナルセーナからそんな声が漏れる。
それはまさしく、ミストの並外れた能力の証明だった。
しかし、それを納得しながらもなお、僕らの顔が希望に染まることはなかった。
……なぜなら、竜もまた規格外の存在だったが故に。
「あれだけ攻撃を受けたはずなのに……!」
そういいながら、僕が目をやったのは身体を再生しつつある、黒い竜だった。
もとより僕とナルセーナに傷を付けられた上、ミストに攻撃を受けたはずの黒い竜。
しかしその傷は、もうほとんど完治していた。
その異常としかいえない再生力に、僕は思わずにはいられない。
こんな存在がどうして、迷宮の外に出てきたのか、と。
ただ、この状況になってもミストは冷静そのものだった。
「……!」
次の瞬間、ミストの茨の鞭が白い竜を弾き飛ばす。
甲高い悲鳴を上げて白い竜が弾き飛ばされていく中、もうミストの標的は黒い竜に変わっていた。
先ほどの白い竜にむけられたのと同じ、茨の鞭が黒い竜に殺到する。
それに対し、黒い竜は為すすべもなかった。
白い竜のように受け流すことはできず、再生したはずの身体がどんどんと削られていく。
「何この戦い方……」
呆然とつぶやくナルセーナの声を聞きながら、僕はようやくミストの狙いを理解する。
竜二体という圧倒的な敵に対し、ミストが見つけた勝ち筋を。
「常に一対一を保っている……!?」
竜二体と相対するのは、いくらミストといえども荷が重いのは明らかだった。
その一方、竜一体ならミストは有利に戦いを進めることができる。
そして、そのことをミストは誰よりも理解しており、その結果今の状況を常に保っていた。
……すなわち、必ず一体を戦闘不能にすることによる、一対一を。
それは老滑としかいえない戦い方だった。
一体どれほどの戦闘を繰り返し、ミストはこの境地に至ったのか。
「……!」
苦痛にもだえる声に視線を移すと、白い竜は傷跡をかばうようにうめいていた。
白い竜は確かに、黒い竜より強い。
しかし、その傷が治る気配は一切なかった。
その光景を見て、僕は理解する。
このまま戦いが続けば、ミストが勝利する、そう確信して。
「おい、あれ……!」
「本当に俺たちここを生き抜けるのか……!」
そう確信したのは僕達だけではなかった。
徐々に歓声が冒険者達の間に広がっていく。
だが、僕達は忘れていた。
──ミストが相手にしているのが、神に準ずるといわれる存在であることを。
視界の端、ゆっくりと白い竜が身を起こす。
その動きはダメージを隠し切れない緩慢なもので、当初誰一人さえ白い竜に注意を払っている人間はいなかった。
まだ戦闘に戻れるほどではない、そう判断した全員が白い竜ではなく、黒い竜とミストの戦いに目を奪われていた。
「……まずいな」
ただ一人、その脅威に気づいたのはロナウドさんだけだった。
ロナウドさんの視線の先、白い竜へと僕は目をやる。
……ずっと僕は、白い竜の権能は奇襲に特化したものだと思っていた。
誰にも気づかれず、結界のそばまで行った様子。
非常に厄介な能力で、けれど正面の戦いには生かせない能力、そう僕は思いこんでいた。
けれど違った。
次の瞬間、僕は理解することになった。
──権能が神の力と言われるゆえんを。
何が起きたのか、白い竜を見ていた僕でさえ分からない。
ただ、状況だけ表すならこう言うべきだろう。
……空間が圧縮されていた、と。
轟音が響く。
冒険者の悲鳴も、隣のナルセーナの声さえもその轟音がかき消す。
次に見たとき、そこにいたのは茨の鎧を失い、血を流すミストの姿だった。
白い竜のこの攻撃を受け、ミストを守りきった茨の耐久力。
それはまさしく規格外のものだった。
ただ、もう勝負は分かり切っていた。
「……っ!」
傷が治らない、もうそんなことを言っている状況ではなかった。
僕もナルセーナも、同時に動き出せる準備をする。
「意味のない行動はするべきじゃないね」
そんな中、僕らを制止したロナウドさんの言葉はむしろ穏やかだった。
「見捨てろというんですか!」
ロナウドさんの言葉に、さすがにナルセーナも怒りを露わにする。
僕も全く同じ気持ちだった。
確かに、ミストは得体の知れない存在のままだ。
けれど、得難い戦力であることは確かで、何より今は僕達を助けてくれている。
それをこうして見殺しにするなど、僕にはできないことだった。
「違う」
だが、感情的な僕らと対照的に、ロナウドさんは一切変わらなかった。
それどころか、いつもと同じ様子を取り戻しているようにさえ見えて。
「もう勝負は終わった。ミストの勝利だよ」
「は……?」
言葉の意味が分からず、僕とナルセーナの表情が固まる。
「さっきの攻撃はいい攻撃だったんだけどね。あの攻撃で白い竜はミストをしとめておくべきだったね」
「何を、言ってるんですか?」
そんな中、ロナウドさんはどこか楽しげでさえありつつあった。
ちょうど、ミストの方へと白い竜の牙が向かっている時であるのに。
「このままだと……!」
「大丈夫だ。もう時間稼ぎは終わった」
「え? ……っ!」
──次の瞬間、地面を覆う巨大な魔法陣が一際強く輝きを放った。




