第103話 足手まとい
この度、その治癒師のイメージソング「奇跡」が5月15日にリリースされることが決定いたしました!
同日にMVも公開されるようですので、是非ご覧頂ければ!
脳裏に響いたそのミストの声に、誰も文句を言うことはなかった。
それこそ、ミストに対して嫌悪感を抱いていた人間さえ。
それは別にミストに対する信頼感などではない。
……ただ、もう冒険者達は限界だったというだけの話。
「くそ!」
忌々しげにそう吐き捨てながら、僕の背後にいた冒険者が地面に腰を下ろす。
真っ青に魔法陣が光り輝く地面に座り込んだその顔には、嫌悪感がありありと浮かんでいる。
本当なら、こんな場所にいたくはないのだろう。
しかし、その傷だらけの身体にはもう戦う余力などありはしなく。
それが起きたのはそんな中だった。
地響きが起こる。
その音に、全員が跳ね起きる。
全員の目に浮かぶのは、今から何が起きるのかという恐怖。
「……!」
僕達と戦っていた黒い竜が茨を突破したのは、その瞬間だった。
叫びが、空気をふるわせる。
その光景を見ながら、僕もナルセーナも呆然と立ち尽くしていた。
僕はとっさにミストの方向をみる。
そこでは、捕らえられていた白い竜もあがいているところだった。
あの拘束を抜けるのに必要な時間は、決して多くないだろう。
「……くそ!」
とっさに周りを見ると、動ける人間はいない。
それを確認した僕は、とっさに自分を治療する。
「またか……!」
しかし、その治癒が思い通りの効果を発揮することはなかった。
ヒールは発動するものの、効果が明らかにおかしかった。
明らかに遅々としか回復しないその光景に、僕の頭にかつてのフェンリルとの戦いが蘇る。
遅々としてしか回復しなかった時の光景が。
どうしてここでという思いが、僕の胸に走る。
しかし、それを言っても何の意味も無かった。
すでに、黒い竜は師匠とミストの方へと走り出しいていたのだから。
僕の胸を焦燥が支配する。
一人走り出す影、ハンザムの姿が目に入ったのはそのときだった。
その姿に、僕は一瞬安堵を覚える。
ハンザムがいればミストも戦い安くなるはずだと。
しかし、竜とは見当違いの方向、城壁を維持していた白い塔へと走っているその姿に、安堵は失望に変わった。
「今更その塔に何の意味もないだろうが……」
声が届かないと理解しながらも漏れ出た声には、怒りがにじんでいた。
しかし、今はその怒りさえ時間を無駄にする要素でしかない。
それを理解しているが故に、僕はハンザムから意識をそらす。
「……お兄さん」
こちらをみるナルセーナと目が合ったのはそのときだった。
その一瞬で僕はすべて理解する。
ナルセーナは一人でも今からミスト達のところにいこうとしていることを。
……二体の竜が存在する場所へと、向かおうとしていることを。
とっさにその決断を止めかけて、その反発を僕は自分の胸の奥へと押し込める。
ナルセーナの身体は僕と違って大きな傷などなく、何よりその目には覚悟が浮かんでいた。
危険なのは分かっている。
だが、それ以上にどれだけナルセーナという存在が頼りになるかを僕は知っていた。
数瞬の迷いの後、僕は口を開く。
「頼む」
「いや、やめておけ」
……僕の声に応えたのはナルセーナの声ではなかった。
声の方向へと視線をむけると、そこにいたのは傷だらけのロナウドさんの姿だった。
その姿は悲惨としかいえない状態にある。
しかし、一切その目に悲惨な様子を宿すことなく、ロナウドさんは告げる。
「行っても足手まといになるだけだ」
「でも……」
「いいから見ておけ。あのミストがこの程度でやられる訳がない」
竜二体の出現。
街が滅ぶのさえやすい被害にさえ思える事態を、この程度と言い放つロナウドさん。
閃光が走り、轟音が響いたのはその直後だった。
音の方へと目をやると、そこにいたのは右半身に大きな傷を負った黒い竜だった。
「……っ」
それは信じられない威力をした魔術だった。
かつて、リッチがマータットに極大の魔法を使おうとした出来事は記憶に残っている。
迷宮暴走の始まりを教える決定的なできごととして。
しかし今、ミストが一瞬で発動した魔術はその魔法さえ霞むレベルの魔術だった。
「……これが、エルフ」
ナルセーナの口から呆然とした言葉が漏れる。
「…………!」
そして、その攻撃は一度ではなかった。
黒い竜の再生が追いつかないレベルで、何度も何度も魔術がたたき込まれる。
そうなれば、いくら圧倒的な再生能力を持っていようが無意味でしかなかった。
黒い竜の哀れな悲鳴が上がる。
ミストは間違いなく、今竜を圧倒していた。
一度は師匠も負けたことのあるような存在を前にして。
このままであれば、ミストの勝利が揺らぐことはなかっただろう。
……そう、竜が一体であったとしたら。
魔術を何度も行使していたはずのミストの身体が揺らぐ。
「っ!」
何が起きたのか、ここにいる僕達には一切理解できなかった。
ただ、僕には見えていた。
ようやく茨から顔を露出した白い竜が、ミストの方に顔をむけていたことを。
「……!」
次の瞬間、白い竜が雄叫びをあげ、茨を砕く。
その光景に僕の胸に焦燥が走る。
とっさにミストの方へと僕は目をやり。
そして、ミストの身体を守る茨に気づいたのはそのときだった。
先ほど攻撃を受けたように見えたミスト。
しかしその実、その身体は無傷そのものだった。
代わりにミストの顔あたりに抉られたような形状をした茨が展開していた。
次の瞬間、その茨はどんどんと成長していく。
それこそ、鎧。
いや、城と称するにふさわしい程に。
太い茨が何重にも絡まり合い太さを増しながら、ミストを覆っていく。
「……!」
その茨に白い竜が何度も爪を振るう。
しかし、抉ったそばからどんどんと茨は成長していく。
みる間に築きあげられたのは、城壁にも匹敵する巨大さの茨だった。
次の瞬間、強大な茨の鞭が白い竜へとたたきつけられる。
それから始まったのは、まさしく人外同士のつぶし合いだった。




