第111話 敗北
相変わらず更新遅れ気味で申し訳ありません……。
そこにいたのは、先ほどの竜と対照的に真っ白な身体をした竜だった。
そののっぺりとした身体は何の生物にも似ておらず、なおさら嫌悪感を沸き立たせる。
「……竜だと!?」
私の声に、遅れてミストもその竜の存在に気づく。
その顔に浮かぶのは、想像もしない事態に対する混乱と、それを押し殺して膨れ上がる戦意。
次の瞬間私とミストが同時に魔術を発動し……もうすべてが手遅れだった。
私とミストの攻撃が命中する遙か前に、白い竜の牙は結界に突き立て等れていた。
「……ぐっ」
「ラルマ!」
耳元でミストが叫ぶ。
しかし、それにさえ私は反応する余裕がなかった。
あるのは、どうしようもない圧迫感。
結界に対してむけられた圧力が、私の身体にむけられていた。
必死に魔力を注ぎ、私は抵抗する。
しかし、竜相手にその抵抗は時間稼ぎにもならなかった。
──次の瞬間、ガラスが割れるような甲高い音が響き、結界が崩壊した。
「……く、そ」
城壁の上に立っていた私とミストの足場が崩れる。
何とか魔術を使い地面に降り立つも、私は地面に膝をつく。
圧倒的な虚脱感に身体を襲われながら、私は思わずにはいられなかった。
どうして、こんな時に竜が現れるのかと。
おそらく権能は<擬態>と言ったところか。
それでも、ミストの魔力探知をかいくぐれたのはこのタイミングだったからだろう。
突然現れた竜という存在にミストが意識を奪われていたが故の。
タイミングで現れたことに、私は作為的な何かをかんんじずにはいられなかった。
まるで、裏から何者かがタイミングを伺っていたような不快感。
「……くそが」
しかし、そのことに私が思考をさける時間はなかった。
なぜなら、今重要なのは存在も分からない人間の思惑などではなく。
結界が破られたこと……すなわち、私達の敗北が決定したことなのだから。
そう結界とはこの迷宮暴走を切り抜く為の生命線だった。
それが破壊された今、もうここを乗り越えてももう迷宮暴走を乗り越える可能性はない。
休息をとることもできず、私達は圧倒的な数の魔獣に押しつぶされるだろう。
そして、もう少し警戒さえしていればこの最悪の事態は避けられたはずだった。
ほんの少し、一瞬でさえ早く擬態した竜の存在に気づくことさえできれば。
その事実が、私の胸をとらえて離さない。
今必死に命を懸けて戦う冒険者達への罪悪感が、自分への後悔が私の胸を支配する。
だが、そのすべてを握りつぶして私は白い竜へと腕を上げた。
「この、ラルマをなめるなよ」
こちらを嘲るような目を向ける白い竜。
その嗜虐的な愉悦を宿した瞳を、真っ直ぐにらみ返す。
後悔は絶えずある。
だが、それで足を止める気など私にはさらさらなかった。
なぜなら、私は超一流冒険者で。
治癒師ラウストの師匠なのだから。
「弟子の前でけちを付けられたつけ。きっちり変えさせて貰うぞ」
ここを切り抜けられても希望はない。
それでも、弟子がこの瞬間をいきぬけるよう、ここで目の前の竜を殺す。
──そのためなら私は命を懸けると決断した。
先ほど竜をたたき落としたとも比にならない魔力が腕に宿る。
白い竜の態度に初めて焦りが走る。
それもそうだろう。
私が今発動しようとしているのは、文字通り死力を尽くした一撃なのだから。
確かに結界は壊れ、一部魔力は戻ってきている。
それでも三割の魔力も戻っておらず、私の身体は度重なる無理でぼろぼろ。
その上で、私は笑いながら魔術を構築する。
何重にも魔力を重ねた、一撃必殺の魔術を。
「悪いが、私は虚仮にされて黙っているほど優しくないぞ」
そう告げた私に、白い竜が飛びかかろうとして、けれどその途中で動きが止まった。
その身体にからみついた茨に、時には仕事をするものだと、私は無言でミストを誉める。
元々はずしようのない距離、その上拘束された状態。
もう、魔術をはずす可能性などありはしなかった。
「お前だけは殺す」
そういいながら、文字通り死力を尽くした一撃を私はたたき込もうする。
首のあたり、突然の衝撃がきたのはそのときだった。
「……っ」
ぼろぼろな状態の上、まるで想定していなかった背後からの攻撃。
それに私は受け身もとることができず、地面に崩れ落ちる。
その途中で、私の身体は受け止められることになった。
「相変わらず後先考えないことをする」
「ミス、ト……!」
私の身体を受け止めた人間。
それは、私に攻撃をした等の本人だった。
私は何をしていると、思わず叫びたくなる。
この状況が分かっているのかと。
しかし、不自由な身体はその程度の言葉さえ、口にすることはできなかった。
「魔力を断ったはずのなに、まだ意識があるか。我が弟子ながら、人外じみた存在になったものよ」
そんな私の気持ちを知らずか、ミストの様子はいつもといっさい変わらないものだった。
いつもの様子で笑いながら、私の身体を地面の上におろす。
失敗した。
その後悔が私の胸を支配する。
目的が分からない以上、ミストは信頼できないことは知っていた。
まだお互い利用できる関係にあると思っていた。
その判断も早計だったらしい。
ミストが裏切ったとしたら、今私が意識を失うのはあまりにも致命的だ。
そう考え、私は必死にとぎれそうな意識をつなぎ止める。
「大丈夫、後は任せろ」
「っ!」
……そうミストが告げた言葉は、何故か無性に昔を思い出す声だった。
思わず、私は顔をあげる。
私を見下ろすミストの顔に浮かんでいたのは、私が弟子であったころと同じ苦笑だった。
孤児でどうしようもなく荒れていた頃の私を助けた時と同じ、優しさと心配を滲ませた複雑な笑み。
それはどうしようもなく頭に焼き付いた表情で……私達に黙って姿を消した時の最後の表情だった。
「この、馬鹿エルフが……!」
だから私は必死に身体を起こそうとする。
しかし、無理だった。
気を抜けば、今にも意識が消えそうな身体が私の思う通りに動いてくれることはなかった。
そんな私を見て、ミストはかすかに笑い声をあげた。
「本当にお前はいつも無茶をする。いい加減、休め」
そういいながら、ミストは腰に大剣を結びつけ、背中を向ける。
「少しくらいかつての師匠を信頼しろ。──弟子の大切な人間位、守らせろ」
私は知っていた。
この言葉を言った時、ミストは本当に私達を守ってくれることを。
未熟な時、私はずっとこの背中に守られてきたのだから。
……そして同時に、この言葉を言った後いつもミストは傷だらけになって帰ってきたのだ。
この人は私の師匠で、ずっと私を守ってくれてきた人だった。
だから私は、今度こそミストを止める為に迷宮都市に来ていたのだ。
何かを抱えているのかは知らない。
ただ、その殴ってその抱えているものを殴って吐かせるために私は来たのだ。
その後に一緒に、その重荷を持つために。
「くそ、師匠が……」
その為に伸ばした手は、今度も届かない。
必死にのばした手が地面に落ち、視界がせばまっていく。
地面に描かれた極大の魔法陣と、それに照らされたミストの背中。
「今度こそ、邪龍にだれも奪われるものか」
そしてその言葉が、私が確認した最後だった。
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