第100話 第二次城壁防衛戦 Ⅸ
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「図に乗るな。──大人しく地を這え、羽虫」
その言葉と共に振り下ろされた、ロナウドの魔剣からあふれ出したのは圧倒的なプレッシャーと魔力の刃だった。
いや、本当にそうなのかは分からない。
「……! ……!」
何せ、振り下ろした次の瞬間には竜の方翼は消えていたのだから。
空中で必死にバランスをとる竜。
その無様な姿を見ながら私、ラルマは笑った。
「ようやく出し惜しみをやめたか、陰険眼鏡が」
「口の悪さは治らずか。ラルマ」
隣から聞こえてきた声、それに目をむけるとそこにいたのはこの状況に及んでも薄ら笑いを浮かべたミストだった。
「あのロナウドに、そんな体勢で文句をいうあたりは誉めたようがよいのか?」
「うるさい私の仲間だ。何をしようと私の勝手に決まっているだろうが」
そういいながら、それが強がりなのはお互い理解していた。
私がこうして座り込んでいるのは、体力がほとんど限界になっているからだから。
……それほど、この街の結界は消耗が大きかったのだ。
しかし、外見上には一切出さず、私は竜を指さす。
その先にいたのは、羽をつぶされながらそれでもなお宙に浮く竜の姿だった。
先ほどと比にならない速度だが、それでもこっちへと飛んできている。
「さすが竜、しぶといな」
「だな。そのやっかいさは勝負したことのあるお前も理解しているだろう?」
それに私は応えず、腕を上げる。
それだけでだるいが、その気持ちを強引に押さえつけ、笑う。
「私、自分より偉そうな奴嫌いなんだよ。……空飛んでいる奴とか、でかい奴とか」
私の腕に魔力が収束し始めたのはその瞬間だった。
やはり本調子にほど遠い身体では、いつものように瞬時に魔術を編むことはできない。
しかし、今はその必要はない。
それを知る私は、いつもの手順を遙かに丁寧にこなしていく。
丁寧に魔術で炎の玉を構築し、その上に強化魔術をかけていく。
エルフでさえ、二重かけたら凄腕とされる強化魔術を五重は重ね、その上で炎の玉を収縮させる。
今、私の手の上にあるのは手のひらほどの火球。
それだけで超難易度魔獣を傷つけるに十分な殺傷能力があるだろう。
それを見ながら、私は思う。
かつて、自身の弟子たるラウストに教えたことを。
──スキルは完成した魔獣にも重ねがけで強化を行う。すなわち、自力で魔術を扱えるようになれば、その上からスキルによって強化される。
それはラウストの治癒魔法の効果を跳ね上げるからくりで、今の人間で行えるものはほぼいない技術。
私の手に合るのはその技術、魔術だけで作られた火球だった。
そして、その上から私はスキルの効果を重ね掛けする。
十を軽く越えるスキルをすべて。
瞬間、私の手に持つ火球が暴れ出す。
私の制御下から離れたいとでも、意志を持っているかのように。
それを私は完全に支配下においていた。
「師の私が言うのも何だが、お前も十分化け物か。結界に魔力をほとんど奪われた状態で、それを作るか」
ミストのその言葉に私は獰猛に笑うことで返事をする。
「弟子ががんばってるんだ。少しくらいは働くさ」
そういいながら私の脳裏にかつてのラウストがよぎる。
ラウストは間違いない天才で、そしてどうしようもない欠陥を持っていた。
何せ、ラウストは幼い頃からスキルを介さずに上級魔術を構築できたのだ。
高名な魔法使いでさえできないことを子供のうちでだ。
……その上で、ラウストは初級魔術までしか発動できなかった。
それはまるで呪いとしか思えない縛り。
構築は完璧にでき、理論上は絶対に失敗しない。
そのはずなのに、何故か中級以上の魔術は絶対に欠片も発動しない。
それはあまりにも大きなハンデで。
──しかしラウストは、初級魔術だけで私達と同じ高みにたどり着こうとしている。
「なら、少し位誉めてやっていいだろう?」
そういいながら、私は火球を竜の方へとむける。
「だから。いい加減、墜ちろ」
次の瞬間、私の手から超難易度魔獣であれ、一撃で殺しうる威力を持った火球が放たれる。
「……!」
竜が必死で抵抗しているのが見える。
しかし、方翼しかない状態で抵抗などできる訳がなかった。
轟音が響き、竜の顔面が消し飛ぶ。
そして、その巨体は地面へとたたきつけられた。
「おお!」
「やったぞ!」
とたんに、下で冒険者達の歓声が上がる。
それを聞きながら、私もミストも一切警戒を解くことはなかった。
なぜなら知っているのだ。
竜はこの程度ではしなないと。
「……再生の権能、といったところか」
その私の想像を裏付けるように、竜の頭部が再生し始める。
なんなら、切り落とされたはずの方翼さえ生え始めている。
再生が終わり露出したぎょろりとした目が、私にむけられる。
そこに恐怖も警戒もなかった。
あるのは、弱った獲物にむけるぎらぎらとした嗜虐心。
それを真っ向からにらみつけながら、私は告げる。
「お前の相手は私じゃねえよ」
──竜のもう片方の翼が切り落とされたのはそのときだった。
その向こうから見えたのは、ナルセーナにサラマンダーを任せてきたラウストだった。
怒りの浮かぶ目で、さらにラウストは短剣を振り上げる。
……しかし、次の瞬間ラウストの姿は真横にぶれた。
私は思わず、額を押さえる。
「ああ、そういえばラウストは初めて竜と戦うのか。そりゃこんなものか」
上で見ていた私には分かる。
ラウストは竜の尾で吹き飛ばされたことを。
それでも、上から見ていても見逃しそうな早さだった。
下にいて分かっている人間はラウスト位だろうか。
まるで虫でも片づけた、そう言いたげな態度で改めて竜は私の方へと目をむける。
ラウストの全力の攻撃を受けたにも関わらず、もう竜は一切ラウストに注意を向けていなかった。
まるでその価値がないと言いたげに。
今度こそ私の方へと振り向き、そしてその動きが固まった。
「だから言ったろう。お前の相手は別だって」
その竜の背後にたつのは、しっぽで吹き飛ばされたはずの血だらけのラウストだった。
おそらく先ほどの尻尾の攻撃だけではなく、身体強化による自傷ダメージが大きいのだろう。
……それでも、遠く離れた私に届くような威圧感がラウストにはあった。
竜もそれに気づいたのだろう。
ラウストは無視していい相手ではないと。
けれど、その判断はあまりにも遅かった。
次の瞬間、轟音が鳴り響き竜の腕が切り下ろされる。
「……!」
魔力を鮮血のようにあふれ出させながら、竜が痛みに叫ぶ。
しかし、痛手を負ったのは竜だけではなかった。
ラウストが膝をつく。
その身体から滴る血の量は明らかに増えていた。
それが何よりラウストの身体強化の重さを物語っている。
その身体強化の仕組みを理解した訳ではないだろう。
しかし、ラウストの傷をみた竜の判断は速かった。
一目散にラウストから距離をとり、結界の方へと目指す。
その進行方向へと、青い何かが回り込んだのはそのときだった。
それはサラマンダーを無事撃退したナルセーナだった。
竜は自身の進行方向をふさぐ小柄な影に特に反応を示さない。
気にする価値もないと言いたげに押し通ろうとし。
次の瞬間、その身体へとナルセーナの拳がたたき込まれた。
「……!」
ラウストの時にも劣らない悲鳴が上がったのはその瞬間だった。
その悲鳴に、ナルセーナが得意げな笑みを浮かべる。
けれど、その表情はすぐに固まることになった。
……悲鳴を上げながら、それでもなおナルセーナへと腕を振りあげた竜の姿に。
ただ、その腕が振り下ろされることはなかった。
その前に、ラウストが腕を短剣で振り払ったことによって。
ラウストとナルセーナ、その二人を竜は忌々しげににらみつける。
その光景を確認し、私はそこから目を離した。
あの二人なら、もう問題はないと判断して。
「二人なら、竜も問題ないか」
そのつぶやきながら、私は思わず笑っていた。
本当に末恐ろしい二人だと。
初めて竜と戦った時の恐怖は、私にまだ残っている。
それは一生消えないだろうもの。
それが分かるからこそ、その恐怖をすべて突き抜け戦うラウストとナルセーナに私は思う。
あの二人はすでに超一流冒険者といっていい実力を持っていると。
たとえ倒せないとしても、二人なら問題なく竜を引きつけてくれる。
「……何とかしのいだか」
そう判断して、私は安堵の息をもらした。
竜との戦い、それは難なくしのいだように見えてぎりぎりの戦いだった。
私は城壁の上から戦場を見下ろす。
そこから見えるのは、悲惨と言っていい戦場だった。
絶えず聞こえる冒険者の悲鳴に、怒号。
冒険者の消耗はあまりに大きい。
……そしてそれは、一部の強者達も同じだった。
血だらけで魔剣を振り回すロナウドの姿が目に入る。
その動きは決してよいとはいえず、先ほどの竜への一撃が無理を承知のものであることは容易に想像できた。
あの攻撃をもうロナウドが打つのは難しいだろう。
それほどの攻撃であることを、私は知っていた。
そして、ラウストとナルセーナは竜を止めるので精一杯。
ジーク達に至っては、ロナウドの援護で超難易度魔獣と戦うので限界。
私に至っては、結界を維持しながらではまともに戦えない。
唯一無傷と言うべきミストだが、どこまで宛になることか。
「何か私に用かい?」
食えない笑顔で私にそう問いかけてくるミストを無視しながら、私は思う。
今、私たちは本当にぎりぎりの状態だと。
ここで超難易度魔獣が一体現れるだけで、この均衡はたやすく崩れ去り、結界を維持するのは不可能となるだろう。
そして、この迷宮暴走ではその最悪の事態が起こっても不思議ではなかった。
だからこそ私は、最悪の事態を想定して必死に周囲を警戒する。
……違和感を私が感じたのはそのときだった。
周囲への警戒を強める。
それでも何の異常も感じない。
なのに何故か、私の中の違和感が消えることはなく。
それ。
「っ!」
──結界の真下に何時のまにか現れた魔獣に私が気づいたのは、次の瞬間だった。
それは気づいてしまえば、逆に何故分からなかったのかと思ってしまうほどの威圧感を持つ魔獣だった。
それこそ、超難易度魔獣さえ比にならない威圧感を。
そして、そんな威圧感を持つ魔獣がなんと呼ばれるのか私は知っていた。
「もう一体。竜だと……?」
その私の言葉に、真っ白なその竜が歪に口元を歪め、笑った。
思ったよりも難産になってしまい、更新頻度2週に一回になってしまうかもしれないです……
申し訳ありません!




