第94話 第二次城壁防衛戦 ⅳ
「GAAAAAAAAAAAA!」
眼前で雄叫びを上げるギガンテス、それに耳が破けそうな痛みを感じながら、僕は内心で叫ぶ。
ここで、来るのかと。
僕がギガンテスから目を離した瞬間。
やってきた超難易度魔獣に意識を奪われた瞬間。
今までギガンテスが僕を攻撃する隙は、無数にあった。
しかし、最終的にギガンテスが選んだのは、僕が安堵したその一瞬。
そのあまりの狡猾さに、僕は内心叫ぶ。
目の前の魔獣のこの狡猾さは、こんな異常が起こる迷宮暴走は、本当に一体なんなのだと。
しかし、どれだけ衝撃を受けながらも、僕は完全にギガンテスへの警戒を解いたことだけはなかった。
内心困惑と動揺を覚えながらも、僕の身体は反射的に反応する。
「この……!」
僕へと振り落とされたギガンテスの腕を、僕は短剣ではじく。
もし、全力の攻撃であればこうもいかなかったかもしれない。
けれど、幸いにもギガンテスは万全からほど遠かった。
何せ、負傷した状態、それも片手での攻撃なのだ。
そして、無理な状態で強引に攻撃していたギガンテスは、それだけの攻撃で簡単に体勢を崩す。
そのギガンテスへと僕はさらに攻撃を仕掛けようとして。
……その僕の動きは、その最中で不自然に止まることになった。
「は?」
突然の身体の異常に、僕は咄嗟に自分の身体を見下ろす。
そしてそのときになって初めて、自分の身体を襲うある異常に気づくことになった。
即ち、僕の行動を制限するようにまとわりつく、ツタの存在に。
「なんだ、これは……!」
そういいながら僕は、自分の身体からツタを取り除こうとする。
もちろん僕の力にあらがえるほどの強度はツタにはなく、取り除くことに問題はない。
しかし、僕がとる以上の速度でそのツタは僕の身体を覆っていく。
「なにが、おきてる?」
想像もしない異常事態の原因を探し、僕は反射的に周囲へと目をやる。
一体なにが起き得たのかと。
「──!」
……そして、こちらを笑顔で歌いながら見つめるセイレーンの存在に気づいたのはそのときだった。
魔法の発動を止めるべく、攻撃する冒険者達を無視し、セイレーンはまっすぐ僕の方向を見つめ、歌っていた。
その歌声に反応するように、身体を覆ってくるツタの存在に僕は理解する。
「……っ」
集団の中のセイレーンという存在の恐ろしさを。
他の冒険者達も必死にセイレーンの元にいこうとしているが、その攻撃は周囲を囲うオーがによって阻まれていた。
飛んでくる魔法に対しては、自信の身体を犠牲に止めるその光景から、冒険者に事態の改善を求めるのは荷が重いだろう。
それならいっそ、短剣の投擲に全てをかけるしかないのだろうか。
そんな僕の思考を停止させるような雄叫びが響いたのは、そのときだった。
「GAAAAAA!」
そこにいたのは、僕をあざ笑うような目を向けるギガンテスだった。
次の瞬間、再度ギガンテスはその腕を振り上げる。
ツタのせいで動くことのできない僕へと、その攻撃が振り下ろされる。
……青い影が、僕といギガンテスの間に入りこんだのはその瞬間だった。
「お兄さんに近寄るな!」
「GAAAaaaa!?」
次の瞬間、悲鳴を上げてのけぞったのはギガンテスの方だった。
最後に残った片腕からも血と魔力を吹き出させるその姿に、僕は瞬時に理解する。
ナルセーナが僕のことをカウンターで守ってくれたことを。
……しかし、それも時間稼ぎにしかなりはしなかった。
「GAAA」
怒りに燃えた目で僕とナルセーナを見つめるギガンテスが次にとったのは、突進の構えだった。
「……っ」
その構えに、一気にナルセーナの表情が変わる。
そして、それだけで僕が状況の悪さを理解するには十分だった。
そう、ナルセーナのカウンターでは、あの突進を止めることはできないのだと。
「僕はいい! 早く離れて!」
そう理解し、反射的に僕は叫ぶ。
しかし、その僕の声にナルセーナが動くことはなかった。
……誰よりも自分が突進を止められないのを知っているはずなのに。
ナルセーナの意図を理解した僕は、焦燥を抱きながら顔をセイレーンの方向に向ける。
もう手段を選んでいる場合ではなかった。
一瞬でもいい、身体を自由に動ける時間を作らないとならない。
そう判断した僕は強引に短剣をセイレーンの方向に投げようとして。
──突然セイレーンの背後から生えた短剣が、その首もとに突き刺さったのはその瞬間だった。
「ギャアアア!」
あの美しい歌声からは信じられないような悲鳴が響き、セイレーンの歌が途絶える。
そのときになって、ようやく僕は認識する。
セイレーンの身体に短剣を突きつけているのは、セイレーンの背後に立つハンザムであることに。
その姿に、一瞬僕の胸に疑問がわく。
どうしてここにハンザムがいるのかと。
しかし、次の瞬間僕は全ての思考を奥底にしまい込み、動き出していた。
「……らぁああっ!」
未だ完全に魔法の効果がキきれず、身体を拘束していたツタ。
それを僕は、身体強化で強引に引きちぎりながら前にでる。
そして、その身体強化された力をそのまま短剣にのせ、ちょうど突進してきたギガンテスの頭部へとたたきつけた。
「……ぐっ」
なりふり構わないその攻撃に、短剣を握る僕の手に鈍い痛みが走る。
見れば、強く握りしめたこともあり、僕の握りしめた拳には血が伝っている。
しかし、その攻撃の甲斐あり、いびつな頭部の状態のまま地面に崩れ落ちたギガンテスは、声も発せないほどに虫の息だった。
そして、僕の背後から飛び出たナルセーナの一撃が完全にギガンテスの命を奪う。
これで、とりあえず超難易度魔獣を一体倒せた。
……しかし、一息つく暇もないことを僕は理解していた。
「お兄さん、一体どうやって……」
「ごめん、ナルセーナ。話は後だ」
そう言って僕は、ある方向を指さす。
「……新手が来る前に、セイレーンを倒さないと」
僕が指した方向にいるのは、ハンザムと戦いを繰り広げるセイレーンとオーガの姿があった。
その光景にナルセーナもまた顔をこわばらせる。
まだセイレーンが現れて幾ばくかの時間しか経っていない。
しかし、それだけでその脅威を僕達が理解するには十分だった。
……これで、相手がタフなキュプロクスであれば、どれだけ手こずることになっていたか。
そして、今度超難易度魔獣が現れるようなことがあれば、また状況は一気にややこしいことになる。
その前に、セイレーンだけは倒しておかないと。
そう判断し、僕とナルセーナはハンザムのところへと走り出した……。




