第93話 第二次城壁防衛戦 ⅲ
「GAA!」
大きく負傷した状態での完全な不意打ち。
その状態から何とかギガンテスは岩石の腕を盾として短剣の前に差し出す。
しかし、それはただ負傷部位を増やすだけの行為でしかなかった。
「っ!」
振り下ろされた僕の短剣は容易に盾にされた腕を切り落とし、そしてギガンテスの右半身を切り裂く。
自身の岩石の体がやすやすと切り裂かれる光景に、信じられないと言いたげにギガンテスが目を見開き……次の瞬間絶叫する。
「GYAAaaaaaa!」
魔力と血をぶちまけながら、悲鳴を上げてのたうち回るギガンテス。
その右上半身は大きく欠けており、人間どころかオーがでさえ即死してもおかしくない傷だ。
しかし、それでもまだ戦闘不能にはなっていないギガンテスに、僕は呆れ混じりに告げる。
「……本当に、異常なくらい頑丈だね」
やはり明らかに、長難易度魔獣の全体的な能力はあがっている。
これも、迷宮暴走の影響なのだろうか?
「GAaa……」
ゆっくりと、ギガンテスが僕の方向に目を向けたのはそのときだった。
その目には、ありありと恐怖が浮かんでいて、それが何より雄弁にギガンテスの内心を物語っていた。
……自分の岩石の皮膚を易々と切り裂いたこいつは何者、だと。
それに僕は思わず苦笑する。
敵ながら、僕達相手は同情してしまうと思ってしまって。
背後、ナルセーナの声が響いたのはそのときだった。
「だから言ったのに。私ではなく、私達にとって相性のいい相手って」
そう言いながら、ギガンテスの前に現れたナルセーナには、目に見える傷はなかった。
それを僕が確認している間にも、ナルセーナは続ける。
「お兄さんの力を考えれば、耐久力ではなく防御力で受けれるものではないのだから。私より、お兄さんの方を警戒すべきだったわね」
そう自慢げに告げるナルセーナの言葉は、事実だった。
実際、キュプロクスと違って僕達とギガンテスの相性は非常にいい。
それでも僕は、思わず小さく呟く。
「ここまで圧倒できるのか……」
ナルセーナの言葉に反応するように、片腕で体を起こすギガンテス。
「GAAaaa!」
その目には、まだ闘志が残っておりまだ戦える状態であることを主張している。
しかし、一方で吹き出す血は時間がなくなればその余力がなくなる子とを何より雄弁に物語っていた。
僕はギガンテスに注意をきちんと向けながら、それでも思わずにはいられなかった。
……ナルセーナがいれば、僕はこんなにも強いのかと。
僕の中で何かが進化したフェンリルとの戦い。
あの時から、僕はナルセーナがいればなにが相手でも負けないという確信があった。
けれど、まだギガンテスが現れたから十分も経っていない。
いくら相性差があったとしても、変異した超難易度魔獣相手を相手にしし、ここまで一方的な戦いになるなんて、さすがの僕でさえも考えていなかった。
そんな僕の思いが伝わったように、ナルセーナが笑ったのはその時だった。
「……お兄さん、私たちならきっと」
それだけで僕にはナルセーナがなにをいいたいか理解できた。
自分たちなら、この迷宮暴走も耐え抜けるとそういいたいのだと。
それに僕は頷こうとして、けれどその僕の行動が達成されることはなかった。
……その直前、戦場に聞き覚えのある雄叫びが響いたことで。
「RAAAA──!」
瞬間、僕はギガンテスから目を背け、声の方向へと目をやっていた。
心臓が高鳴る音を聞きながら、僕は呟く。
「まだ、十分もたってないんだぞ……!?」
そう叫ぶ僕の目線の先、そこにいたのは炎に身を包まれた巨大な鳥、フェニックスの姿があった。
青い炎を体から吹き出すその身体に、魔法使いたちの魔法が次々と突き刺さる。
しかし、高い再生能力を持つフェニックスにその攻撃はほとんど効果っはなかった。
その光景を目にしながら、僕は思わず唇を噛みしめる。
まだ、超難易度魔獣がやってくることについては想定していた。
だが、どうして一番避けたいフェニックスが来るのか。
炎の鎧という、近接戦闘を主にする僕とナルセーナにとって一番の相性の悪さを持つのが、このフェニックスという魔獣だった。
特に、今は僕も大剣を持っていない。
この状態では、僕もナルセーナもほぼ攻撃手段がないのだ。
そしてそんな僕達に追い打ちをかけるように、さらに戦場に異質な歌声が響く。
「────!」
「……っ。 セイレーン!?」
ナルセーナが、目を見開き呆然と魔獣の名前を告げる。
その先に見えるのは、女性の上半身と鳥の下半身を持った超難易度魔獣、セイレーンの姿があった。
「RAAA──!」
セイレーンの歌声に反応するように彷徨を上げるフェニックス。
その身を覆う炎が一段と勢いを増したその光景に、僕は短剣を強く握りしめる。
「くそ。どうしてここで……!」
セイレーン、その超難易度魔獣の能力はリッチのように魔法を使うことだった。
といっても、リッチのように大規模な攻撃魔法は使わない。
せいぜい攻撃魔法は精神に影響を与える遅効性の効果の魔法ほどで、単体であれば脅威度は他の超難易度魔獣と遙かに劣る。
しかし、セイレーンの得意な魔法、補助魔法が効果を発揮する時に至ってはその脅威は跳ね上がる。
──そしてそのセイレーンの脅威が跳ね上がる状況こそ、その周囲を敵が囲む今のような状況だった。
「────!」
「……早く、セイレーンを何とかしないと」
再度歌い出したその姿に、僕はそう呟く。
幸いにも、ギガンテスに関しては時間をかければ、ナルセーナだけでも安全に倒すことができるだろう。
僕だけがセイレーンの元にいき、ナルセーナがくるまで待てればまだ対処可能ではある。
しかし、そこまで考え僕はフェニックスに目をやる。
一番対処すべきはセイレーン、それは僕も分かっている。
けれど、フェニックスもまた放置できない存在だった。
現状一番優先度の高い目標は、迷宮都市を守る障壁を守ることだ。
つまり、火球という遠距離攻撃を持ち、空を飛んで直接障壁を攻撃できるフェニックスも、最優先で対処しなければならない。
……だが、相性不利なフェニックスと、変異した超難易度魔獣というナイトを持ったセイレーンを、僕一人で足止めできるのだろうか。
「RAaa──!?」
……飛んでいたフェニックスが、何かに強引に地面へと叩き落とされたのは、そんな時だった。
「なっ!」
「これはもう一人の師匠に任せておきなさい、ラウスト」
思わず声を上げた僕の側を、鎧を身につけているのが信じられない速度で、何者かが走り抜ける。
次の瞬間、僕の眼前に広がったのは見覚えのある背中、ロナウドさんの鎧だった。
「君達は異物に気を取られることなく暴れるといい」
そう言って、ロナウドさんは易々と自分に飛来したフェニックスの火球を切り裂く。
火花を上げながら、霧散していくその火球に照らされるロナウドさんの横顔。
それを見ながら、僕は自分が落ち着きを取り戻していくのを感じる。
そうだ、僕達だけで超難易度魔獣に対処しろと言われた訳ではないのだ。
僕達に求められているのは、素早く自分の得意な超難易度魔獣を倒すこと。
そして、今の僕達ならそれも難しくない。
その思考に、僕は冷静さを取り戻し、一瞬安堵を抱く。
……それ、が待っていたのはその瞬間だった。
「お兄さん!」
背中に走る悪寒と、ナルセーナの警告の声。
それに僕は、反射的に背後を振り返る。
次の瞬間、僕の目に広がっていたのは、醜悪な笑みを浮かべたギガンテスの顔だった。
様々なご指摘ありがとうございます。
想定しているとおりには進んでいるので、できるだけ早く迷宮暴走編を終わらせられるように頑張らせて頂きます。




