第92話 第二時迷宮防衛戦 ⅱ
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「嘘、だろ」
呆然とした冒険者の声が聞こえる。
今まで自身が戦っていたが故に、目の前の光景を信じられない。
そんな内心が声にありありと現れている。
しかし、一番現状を信じられないのは抑えられているギガンテス自身だった。
「GAAAAAAAA!」
目の前の矮小な存在が自分を押さえ込んでいるという事実が受け入れられないのか、がむしゃらに暴れ僕の拘束を解こうとする。
だが、そんな抵抗で僕がギガンテスの頭を離すことはなかった。
「大人しくしてくれ」
むしろ、抵抗を抑えるべく、さらに力を込めて僕はギガンテスの頭を地面に押しつける。
「GAA……」
地面に押しつけられる形となったギガンテスは、苦悶の声を漏らした。
そして耐えかねたように、その逞しい両腕で僕をつかもうとして。
僕の相棒が待っていたのはその瞬間だった。
今まで巻き込まれない距離をとっていたナルセーナ。
しかし、ギガンテスが両腕を上に上げたその隙を見逃すことはなかった。
身体強化を使い、目にも止まらぬ早さでがら空きの背中に着地し、拳を固める。
「お兄さんに触れないで!」
「AGAAAAAAAA!?」
次の瞬間、背中にたたき込まれた拳にギガンテスが悲痛な叫びを上げた。
なりふり構わず痛みに暴れるギガンテスに、僕もナルセーナも無理に抵抗することはなく、距離をとる。
「AGA! AGAAA! GAAA!」
しかし、念願の拘束が解かれたにも関わらず、ギガンテスにそれを喜ぶ余裕は存在していなかった。
口元から唾を垂れ流しながら、地面をのたうち苦しむ。
その姿を見て、僕は小さく呟く。
「……やっぱりか」
「はい。ギガンテスはキュプロクスと違って、私達と相性がいいみたいですね」
ナルセーナの言葉に、僕は笑って頷く。
ほとんどの攻撃をほぼ無効にするギガンテスの皮膚。
それはほとんどの人間にとっては脅威に違いない。
それ故に、キュプロクスとギガンテスは、並んで脅威とされる。
「防御を無視できる武道家には、岩石の皮膚も張りぼてか」
「はい!」
しかし、単純に耐久力のあるキュプロクスと比べて、ギガンテスはあまりにも僕達と相性が良すぎた。
その固い皮膚の鎧を無視できるナルセーナが相手では、ギガンテスの強みは何の価値も持たない。
むしろ、その重い皮膚は動きを制限する障害となっている。
そんなこと関係ないとばかりギガンテスが雄叫びをあげたのはその時だった。
「GAAAAAAAA!」
「っ!」
不利な状況でありながら、ギガンテスの目に浮かぶのは変わらぬ闘志。
それをまっすぐに受けながら、僕は小さく笑う。
もう一度僕の方に攻撃するならこちらとしては願ったり叶ったりだと。
次の瞬間、そんな内心に気づくよしもなくギガンテスは再度僕の方へと突進を開始する。
「ナルセーナ、離れて」
周囲に土埃を巻き上げ、こちらに向かってくるギガンテスに、僕は再度前に出て構える。
「GAAAAAAAAAA!」
そんな僕に対し、さらにギガンテスはさらなる雄叫びを上げる。
僕に対し、敵意を主張するように。
しかし、その雄叫びを聞きつつ僕の胸に浮かび上がってきたのは違和感だった。
ギガンテスのその気合いに対し、なぜか僕に迫るその巨体の速度は前より遅かった。
もちろんそれでも、並の冒険者では脅威の一撃だろう。
だが、何かがおかしいと僕の中で違和感が膨れ上がっていき。
「GAA」
……僕に迫る数十メートル前、急激にギガンテスが突進の方向を変えたのはその瞬間だった。
その瞬間、僕は反射的に理解する。
ギガンテスの目的は僕でなかったことを。
僕ではなくナルセーナへと向けられたギガンテスの目が、何より雄弁にその意図を物語っていた。
即ち、自分の防御を貫けるナルセーナの方を真っ先につぶすと。
ギガンテスはその目に、自分に傷を負わせた人間への憎悪と、か弱い人間を蹂躙する喜びを浮かべ、ナルセーナへと突進を再開する。
「ナルセーナ!」
瞬間、僕はそう叫びながらナルセーナの方へと振り向いていた。
ナルセーナは僕からかなり距離を取った場所にいた。
その口が動いているのが僕にもわかるが、ギガンテスの突進の騒音のせいでその言葉は届かない。
おそらく、僕の声もナルセーナには聞こえないだろう。
ナルセーナもそれを理解したのか、口を閉じて。
一度、その頭を縦に動かした。
「了解」
次の瞬間、ナルセーナの体は輪郭がぼやけるほどに加速する。
そして、ちょうど急な方向転換で速度を殺したギガンテスへと向かっていく。
さながら、標的に向かって放たれた青い魔法のように。
「Aa?」
蹂躙するはずの標的の想像もせぬ行動に、突進中のギガンテスの目に一瞬困惑が浮かぶ。
しかしすぐにその表情は、無駄な抵抗を行う弱者を嘲笑うものへと変わった。
「GAAAAAAAAAAAAAAA!」
蹂躙してやると言いたげにさらにギガンテスは突進の速度を上げ。
──それはこの状況において、最悪の判断だった。
その時ギガンテスは気づいていないだろう。
ギガンテスの巨体が目前に迫る中、ナルセーナは笑みを浮かべたことを。
次の瞬間、ナルセーナは握りしめた拳を構え、ギガンテスの突進に合わせるように、ギガンテスの腹部めがけ振り上げた。
「はあああっ!」
それは、一見酷く手加減された攻撃だった。
ギガンテスの攻撃に巻き込まれないよう十分に距離をとり、的確な場所に打ち込む為に丁寧に繰り出された拳。
普段のナルセーナの拳と比べれば、その威力は雲泥の差だろう。
だが、そこにどれだけの高度な技術が込められたか理解して、走りながらも僕は笑う。
それはナルセーナがヒュドラとの戦いで身につけ、磨き上げた新しい防御にして攻撃たるカウンター。
相手の攻撃を反転し、直接内部へとダメージをたたきつける最悪の攻撃。
「……本当に、とんでもないな。僕の相棒は」
その言葉が終わる前、ギガンテスの動きが見るからに鈍る。
目標をなくした突進の速度が見るからに衰え……次の瞬間ギガンテスは血と唾を垂れ流しながら、地面に崩れ落ちた。
「GAgaa!? agyaaaAA!」
雄叫びなど比にならない大きさの悲鳴を上げながら転がり回るギガンテス。
それを見ながら、僕は小さく呟く。
「見誤ったね」
ナルセーナが攻撃を防御する方法のない攻撃一点特化の人間だと勘違いしたこと。
ナルセーナがカウンターをねらっていることにも気づかず、その威力をさらに増すような行動をとったこと。
そして何より……自分が相性が悪い相手をナルセーナだけ、だと思いこんだこと。
「その岩石の皮膚が無効なのは、武道家だけの話じゃない」
そう言いながら僕は思う。
このナルセーナばかりを見ていた魔獣は気づいてもいないだろうと。
ナルセーナが出した合図、それは自分がギガンテスを引き寄せるという合図であること。
即ち、今からが僕達の攻撃のターンであることを。
「GAa……?」
ようやく短剣を構えた僕が背後に立っていることに気づき、惚けた声を上げるギガンテスへと僕は笑いかけながら告げる。
「その皮膚では、僕達には無意味だよ」
次の瞬間、僕は短剣を振り下ろした。




