第90話 第二次城壁防衛戦開始
長々と更新遅れており、申し訳ありません!
運命の日になる日。
迷宮暴走五日目を迎えたのは、曇り空一つない晴天だった。
それを眺め、僕は小さく呟く。
「……これが吉兆の証だといんだけど」
そういいつつ、僕は自分が浮かない表情であることを理解していた。
言葉に似合わない表情をしているという自覚がありつつも、僕の顔に笑みが浮かぶことはない。
……全てはその原因も理解できていたが故に。
一日がたったにも関わらず、僕の頭からは未だ昨日のハンザムとの会話が消えなかった。
「迷宮暴走の後、ね」
明かな異常事態が重なった迷宮暴走。
今まではずっとそれだけを考えてきた。
けれど、もしこの迷宮暴走が何らかの始まりだとしたら。
……ふと頭に浮かんだ考えを、僕は頭を振って振り払う。
「今は目の前のことに集中しないと」
僕は自分の背後へと目を向ける。
背後には、険しい顔をした冒険者達が集まっていた。
まだ迷宮都市内にいるのにも関わらず、彼等はひりつくような空気を漂わせていた。
それを見て、僕は改めて思わされる。
そもそも今日という日を乗り越えられる確定さえ、今はないのだと。
背後から声がかけられたのは、そんなことを考えていた時だった。
「さすがのラウストも、少しは緊張しているのか?」
「……ジークさん」
僕が振り向くと、こちらの方へとやってきていたのは、城壁の方に行っていたはずのジークさんとライラさんだった。
「それは少しくらい緊張もしますよ。今から起きることを考えれば……いえ」
そう僕は苦笑しながら言いかけて、けれど途中で僕はやめる。
代わりに僕は首を傾げ、ジークさんに尋ねた。
「……そういうジークさん達は全然緊張が見えませんね」
「そうか? もちろん俺も緊張してるぞ」
「朝起きてすぐ、まだ外が暗い中から鎧を身につけようとしていた位だしね」
「……それは黙っていてくれ。念には念を入れて、早めに戦闘準備を整えておこうとしただけ何だ」
「ふふ、そう?」
そのライラさんとジークさんの話を聞きながら、僕は内心驚きを隠せていなかった。
言葉ではこう言っているものの二人からはまるで緊張を感じる子とはなかった。
いや、一切ないわけではないだろう。
けれど、それ以上に二人は静かな闘志に覆われていた。
それに僕は、思わず目を奪われてしまう。
その僕の気持ちに気づいた訳ではないだろうが、こちらを見てジークさんは力強く笑った。
「まあ、緊張をしていないというほど冷静ではないが、前にも言ったと思うが、少し成果が出てきたんだ。少しは役に立ってみせるさ」
「そのための努力をしてきた、その点については私も保証できるしね」
自身をにじませ、そう告げる。
二人に、僕は笑顔で頷く。
「ええ、期待してます」
そういいながらも、僕は少し羨ましくも僕は感じていた。
こうして言い放てるだけの努力をしてきたことを僕は知っている。
それでも、こう自信をもって言い切れる二人がまぶしく思えて、僕は苦笑する。
これが憧れるようなものではないと理解してるが故に。
本来はこうして緊張している自分の方が正常で、この二人がおかしいのだと僕は理解していた。
ジークさんが苦笑し、口を開いたのはそんなことを考えていた時だった。
首をひねる僕に、ジークさんは口を開く。
「まあ、こんな話でお前の時間を奪うのももったいないし、そろそろ俺達はいくか」
「ええ、そうね」
「……え?」
脈絡のない言葉に、一瞬僕は首をひねる。
しかし、そんな僕に苦笑して、ジークさんは僕の背後を指さした。
そしてその理由……アーミアに隠れるようにこちらを伺うナルセーナに僕は気づくことになった。
そう、実はナルセーナは僕の想定通り、アーミアの部屋に泊まり込んでいた。
といっても、ハンザムとの一件の後も、僕もナルセーナも様々な会議に顔を出していて、顔をあわせなかった訳ではない。
けれども、こうしてナルセーナと話すのが久々に感じて僕は苦笑する。
……我ながら、一日で女々しすぎると。
小柄なアーミアの体で完全に姿を隠せる訳もなく、半身をのぞかせるその姿に僕は苦笑する。
しかし、自分の胸が表情と反して沸き立っていることから、僕は目をそらすことはできなかった。
せめて、その気持ちを露わにすることのないよう意識しつつ、僕はそちらへと足を踏み出した。
「ナルセーナ、もう大丈夫?」
そう聞くと、ようやくナルセーナがその姿を露わにする。
その顔はできる限り平静を装っているんだろうが、顔が赤くなっていることまでは誤魔化せておらず、僕は思わず笑ってしまいそうになる。
しかし、ここで笑ってしまうのはあまりにもナルセーナにかわいそうだと、僕は何とか表情を保つ。
その甲斐あってか、ナルセーナはゆっくりと口を開いた。
「……その、ご迷惑をおかけしました」
「それはたぶん、アーミアに言った方がいいんじゃないかな」
「……っ! ごめんなさい!」
その言葉に、どことなく疲れた様子をしたアーミアにナルセーナは平謝りし始める。
「……いえ、別にいいんですよ。私も友人を家に泊める体験は楽しかったですし」
「そ、そう?」
「でも、のろけは独り身に答えるというか……」
「わー! わー! そんな話はしてないから!」
騒がしく、アーミアと何事かを話しているサーシャリアを見て、僕は思わず笑いを漏らす。
不思議なことに、その姿を見ている内に僕は自身の胸が軽くなっていることに気づいていた。
とはいえ、戦闘が始まる前に切り替えやすくなるよう、僕たちのやることについて一度言及していてもいいかもしれない。
そう考えて僕は口を開こうとして。
「超難易度魔獣がきたぞ!」
……城壁の方、そんな叫びが聞こえたのはその時だった。
瞬間、完全にこの場の雰囲気が変化した。
今までの僅かに緩んでいた空気が消え去り、引き締まる。
声に反応し、首を城壁の方へと向けた僕の表情もまた動揺に引き締まっていた。
誰も声はあげない。
けれど、理解していた。
──迷宮暴走が始まったと。
反射的に僕はナルセーナの方にいこうと顔を戻し……その時にはすでにナルセーナは僕の隣にいた。
その行動の素早さに一瞬固まった僕の顔を覗き込むように小首を傾げ、ナルセーナは笑った。
「では行きましょうか、お兄さん」
そう告げたナルセーナの顔には一切の気負いも存在しなかった。
そんな自然体の状態で、ナルセーナはさらに続ける。
「早く終わらせて昨日話せなかった分、今日は多めにお話しましょう」
そういって、ナルセーナはゆっくりと歩き出す。
その背中を見ながら、僕は小さく笑った。
「……切り替える準備、か。僕も随分見当違いなことを思っていたな」
何せ、そんな気遣いナルセーナには必要なかったのだから。
今になって僕は理解していた。
ナルセーナの気分の切り替えは、もうとっくの昔に終わっていたことを。
昨日でさえ、ただ落ち着くためた時間を置いたに過ぎず、むしろハンザムについて悩んでいる僕の方が切り替えられていなかったのだ。
そこまで考え、あることに僕が気づいた。
「あれ、少し前まであれだけ気になっていたのに」
少し前で胸の中を支配していた不安。
にも関わらず、今の僕の胸からはそれらの感情が薄くなっていた。
……そして、その理由に僕はすぐに気づいた。
ナルセーナとの会話、それが僕の心から不安を消し去ったことを。
「ジークさん達のことを言えないなあ、僕も」
そう思わず苦笑してから、僕はゆっくりナルセーナの背を追って歩き出す。
ハンザムの言葉道理であれば、この迷宮暴走が終わっても異常事態がまっているのかもしれない。
そして、僕にはその困難をどうにかすることはできないだろう。
──けれど、ナルセーナと一緒なら。
そう考えて笑い、そして僕は呟く。
「まずは今日を乗り越えないと、か」
もう僕の足取りからは、不安は消えていた。
この度、治癒師コミカライズ4巻が12月15日に発売致しました!
更新、そしてご連絡遅れてしまい申し訳ありません!
少し寒さにやられていたのですが、そろそろ更新安定できるよう頑張らせて頂きます……




