第89話 全てが決まる日 (ハンザム視点)
更新長々と遅れてしまい、申し訳ありません!
ラウストとの想像もしない遭遇の後。
俺、ハンザムは早足で支部長と共に暮らしている隠れ家へと向かっていた。
そこにたどり着いた俺は、誰もいないことを確認して、素早く自身の目的を達成する。
それから、小さく息をもらした。
「ふぅ。……まさか、前日になってこんなものを見つけるとはな」
そう言って、俺が目を下ろした先にあるのは、ラウストから渡された布に、半分包まれた剣だった。
それを俺は丁寧に布に包みなおし、自身の荷物に隠す。
何者かがこちらに向かってくる足音が響いたのは、ちょうどその時だった。
その音に、背中にひやりとした感覚とともに、ぎりぎりだったことを俺は自覚する。
しかし、その思いを表情に出すことはなく、俺は扉へとむけて頭を下げた。
「……おや、戻っていたのかハンザム」
扉が開き、辺境都市ギルド支部長ミストが姿を現したのは次の瞬間だった。
隠しきれない疲れを滲ませた様子で、部屋に入ってきたその姿は、迷宮都市にいる全ての人間が想像しないものだろう。
それは全て、支部長の意向により隠されていた。
……全ては、迷宮都市の人間が少しでも自分を憎めるようにと。
今、支部長は文字通り命を削って迷宮都市のために動いている。
少しでも、わずかでも生き残る人を増やすために。
けれど、その上でその姿を支部長は頑なに隠していた。
あのロナウドやラルマさえ気づいていないだろう。
疲れ切った様子で椅子に座り込んだ支部長は、ぽつりと漏らす。
「……憎まれ役は案外精神的に来るものだな」
瞬間、俺は反射的に唇をかみしめていた。
必死に意識していないと、喉元までせり上がってきた言葉を告げてしまいそうになる。
……もう、貴方は逃げてもいいのではないかと。
その言葉を俺は何とか押し込む。
例え言ったとしても、それになんの意味もないことを俺は知っていたが故に。
目の前のエルフは、絶対に俺の言葉に頷きはしないだろう。
この死地に追いやった自分が逃げる訳には行かないと。
そうせざるのに行かなかった経緯を、人間を生き残らせるべく今までやってきたことを、一切見ることはなく。
──この人は全てを……憎しみと汚名に塗れ、今まで行ってきたこと全てを隠して死ぬつもりなのだ。
「この重責にあやつは耐えていたのか。……いや、この程度で比較するのはあやつへの侮辱か。まだ、こんなところで終わるわけにはいかないか」
その言葉に、何も口も挟めない自身を、俺は無言で悔いる。
ふと、支部長が俺の方へと視線を移したのはそんなことを考えている時だった。
「今日なにかあったのかい、ハンザム? いつもと少し様子が違うようだが」
その言葉に、俺の背中に悪寒が走る。
……まさか、こんな短時間で不自然なことを見抜かれるとは思わなかった。
自分だって、支部長の前で平静を装い切れるとは思っていなかったが、こんなすぐにばれるとは。
だからといって素直に話すわけには行かないが、この人の前では、生半可な嘘は意味がないだろう。
そう判断した俺は、もう一つ心を乱しているだろう原因を話すことにした。
「今日、ラウストと会いました」
「……ああ、そういうことか」
瞬間、支部長の顔に全てを理解したような表情が浮かんだ。
しかし、その表情をすぐに後悔が塗り替える。
「すまないな、ハンザム。彼をここに残してしまったのは、私のミスだ。彼のような青年をこの場所に残す気はなかったというのに……。そのせいで、街の人間の避難まで失態を重ねてしまった」
「いえ、違います。ここのに残ったのは誰のせいでもありません。……誰でもないあいつが決断したことだ」
「……ハンザム」
「知ってるんですよ、俺は。あいつはこういう不幸に巻き込まれている訳じゃない」
……そう、そのことを俺は知っていた。
そして、そのラウストの有り様を俺は嫌っている訳ではなかった。
だからこそ、俺は後悔せずにはいられないのだ
「俺だけが、その行動を理解して手を打てたはずなんです。……そして、それを俺は知っていたのに後手に動いてしまった」
そう、俺は唇をかみしめる。
近頃相次ぐ、迷宮都市の異常事態。
それに、何とか強引にラウストをこの場所から遠ざけようとしたその時には、もう手遅れだった。
今さら、どうしようもない後悔が俺の胸によぎる。
もっと前から、動いておくべきだったのだと。
迷宮都市で迫害されるようにしむけるんじゃなく、もっと明確に迷宮都市から追い立てるべきだったのだ。
そういって、後悔せずにはいられない俺の肩に、ミストは手をおく。
「もうこの事態が始まった以上、そんな後悔ばかりしていても仕方ない。とにかく今は、この迷宮暴走を生き残るために動こう」
「……はい」
「その為の手はもう打ってきたのだ」
そう告げ、支部長は外、迷宮のある場所へと目をむける。
まるで感情の浮かばぬ表情で、支部長はつげる。
「組織の輪を乱すもの達は既に死に、今日の日の為に迷宮都市の防備は考えられ売る限り最高のものにした。それに切り札もある」
そう告げ、支部長は厳重にくるまれたなにかを手に取る。
「これさえあれば、大抵のものは対処できる」
そこで俺の方に振り返った支部長は何時になく真剣な様子で告げる。
「まあ、これはお前には持たせられんがな。これは取り扱いを間違えれば最悪の結末しか待っていないものなのだから」
「はい。わかっています。前に教えて頂きましたから」
そう間髪入れず答えた俺に、支部長は疑問を抱くこともなくうなずく。
……その様子はどこか心ここにあらずな様子だった。
「そうだ。これだけ準備さえすれば、問題など……」
そう告げる支部長の手のかすかな震え。
それに見てはいけないものを目にした気分になった俺は、とっさに目をそらす。
もしかしたら、その支部長の姿をあざ笑うものもいるかもしれない。
しかし、そんな気持ちを俺が抱くことはなかった。
……なぜなら、俺は支部長が実際にこの迷宮暴走を体験していることを知っているのだから。
だから、俺は無言でただ支部長が落ち着く様子を待つ。
支部長が一度長く息を吐いて、口を開いたのはそれから少ししてのことだった。
「……すまない、少し取り乱した」
「いえ、この迷宮暴走がどういったものか理解しておりますので」
「それでも、私だけは恐怖に駆られて立ち止まる訳にはいかんのだ」
そういって、悲壮な覚悟の下に恐怖を押し込めた支部長は告げる。
「……この地獄に多くの人間をまきこんだ私だけは」
悲壮な覚悟を込めた支部長は俺に振り向き、力なく笑った。
「ハンザム、私が死ねばロナウドのところにいけ」
「……っ!」
「自殺するきはないさ。無為に命を散らす資格さえ私にはない」
その言葉に、喉元まで言葉がせり上がってくる。
……それは、意味があれば命を散らすと言ってるのも同然ではないかと。
しかし、その言葉を投げかけることはできなかった。
それが支部長の本心であると俺は知っているが故に。
だから、俺は黙って次の言葉をまつ。
「故に、仮の話として私が死ねば、ロナウドにすべてを話して協力を求めろ。──二週間後には勇者がくるだろうこともあわせてな」
そう言われて、俺は瞬時に返事を返すことはできなかった。
それが、支部長の覚悟をさらに深めることだと理解してるが故に。
それでも俺は、何とか口を開く。
「……はい」
「すまないな、ハンザム」
そう寂しく謝る支部長に俺は何も言えない。
ただ、内心では俺もまた支部長へと謝罪をしていた。
自分の力足らずを。
それでも我を通すことを決めた傲慢さを。
そして。
……そのために、支部長を裏切ることを。
「明日で全てがきまる。いきるか死ぬか、その全てがな」
運命の日は、既に明日へと迫っていた……。
長々とお待たせしてしまい、申し訳ありません。
次回から、第二次防衛戦に入ります。




