第88話 更なる謎
遅れてしまい申し訳ありません!
「どれだけ努力を重ねようが、だれもそれを認めない。それどころか、虐げてくるだけの最悪な場所。お前にとって、それが迷宮都市だったはずだ」
そう怒りを露わにするハンザムの迫力に、僕は何も言えない。
けれど、その言葉は確かに事実だった。
かつて稲妻の剣のパーティーの扱いがましと僕が感じていたのは、決して錯覚でも偽りでもない。
……迷宮都市では、僕達無能に対する扱いはそれ以下だったのだから。
「どうしてお前は逃げなかった? ここに残った未来に一体何がある?」
僕が明らかに環境の整っていないこの場所にそれでも居続けた理由、それはナルセーナの存在だった。
彼女がいつか来るかもしれない、その思いから僕はここに残っていた。
けれど、そのことを僕が口にすることはなかった。
……そんな答えをハンザムが望んでいるのではないと知っていたから。
僕を睨みつけ、ハンザムはさらに吐き捨てる。
「お前はもっと早く逃げていればよかった。誰だって、そういうだろうよ。ラウスト──俺は、こんな場所でも耐えきったお前の強さを嫌悪する」
「……僕は」
まっすぐと目を見抜いてハンザムが告げた言葉に、なにか言おうとするものの、僕の口からそれ以上の言葉がでることはなかった。
そんな僕をハンザムはもう一度睨むが、小さく息を吐いて怒りを霧散させる。
そのまま無言で、僕に背を向けた。
けれど歩き出すその前に、僕は再度声をかけていた。
「……待ってくれ。どうして、そんな話を僕にした? ……そもそもこの迷宮暴走はなんなんだ?」
「お前に話す意味を感じない」
「……ハンザム!」
思わず叫ぶが、ハンザムが振り返ることはなかった。
僕を無視し、そのまま歩きだそうとする。
そんな背中に、僕は僕はさらに叫んだ。
「待て! せめて、なにか礼くらいさせろ!」
「はぁ?」
心底信じられないといった表情でハンザムが振り返ったのは、そのときだった。
「……お前は、俺達がどれだけ怪しいのか理解してないのか?」
「それでも命を救ってもらったら、礼くらいするよ。……むしろお前達に借りを作る方が気分が悪い」
「あの程度で借りもなにもないだろうが……」
そうつぶやいたハンザムは、うんざりとした内心を隠そうともせず僕を見ていた。
しかし、ある一点……僕の持っている布を見てその視線は固まった。
「……なあ、それはなんだ」
「ん? ああ、これは貰い物だよ」
そういって僕は、ハンザムの指さしたもの……冒険者からもらった似非魔剣を取り出す。
僅かに布から柄が見えていたそれを僕は完全に取り出す。
露わになったその剣の柄と鞘に、ハンザムの目が鋭い光を宿した。
その様子に苦笑しながら、僕は剣を鞘から抜き、さびた刃を露わにする。
「まあ、見ての通りなまくらなんだけど」
「それでもかまわない。それをくれ」
「……え?」
想像してもいない要請に、茫然とする僕をかまわずハンザムはさらに続ける。
「もしかしてそれはなにか大切なものか? なら、金も払う」
「……いや、別にお金なんていらないけど」
「他に要望があるのか? なら、できる限りでなんでも聞こう」
「無闇にこの剣を手に入れたと吹聴しなければ、別にそれ以外は……」
「なら、決まりだな」
そういって手をこちらに差し出してくるハンザムを見ながら、僕は悩む。
これで本当にいいんだろうか、と。
この魔剣をあげることに関して、僕に問題は一切ない。
創造神に供えたもり、知人にあげたという方がよほどいいし、この剣を持って行ってくれるならありがたくさえある。
とはいえ、命を助けてくれたお礼に、こんななまくらを差し出すのはさすがに……。
そう悩みつつも、僕はハンザムの圧に負けて似非魔剣をハンザムに差し出す。
そんな僕の思いと反してその似非魔剣を受け取った瞬間、ハンザムは笑った。
「何とか見つけられたか」
……瞬間、僕がなにか既視感を覚えたのはそのときだった。
けれど、その既視感の理由に思い至る暇もなく、ハンザムは今度は僕の背後へとすれ違って歩き出す。
すれ違ったその時、小さくハンザムは告げる。
「この剣に関しては礼を言っておく。助かった」
「……さすがにそれだけですませる訳には」
「十分だ」
思わず振り返ってそう告げる僕にハンザムは、そう告げる。
……しかし、なにかに悩むようにハンザムは足を止めた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……ただ、もし気が向いたら。俺がそばにいない時だけでもいい。あの方を見ておいてくれ」
「あの方?」
「支部長をだ。あの方の存在は絶対に今後……迷宮暴走が終わった未来必要となる」
「……それは一体?」
思わずそう問いかけるが、今度こそハンザムは答えなかった。
僕の言葉を無視し、ハンザムは路地に入っていく。
瞬間、嘘のようにハンザムの気配は消える。
その路地を見ながら、僕は思わずつぶやく。
「謎ばかり増やして消えたな」
探知して追いかければ、ハンザムを見つけることはできるかもしれない。
しかし、それでもハンザムが口を割ると思えず、僕はおとなしく宿屋に引き返すことを決める。
「……本当に一体なんなんだよ、この迷宮暴走は」
そう呟いて僕は深々とため息をもらす。
けれど、僕は直ぐにその疑問を頭から振り払った。
ハンザムとの会話により、生まれた様々な疑問。
それが気にならない訳ではない。
それでも僕は理解していた。
「全ては、明日を乗り越えられらの話か……」
そう呟いて、僕は迷宮のある方向へと目をやる。
ここからでは見えない迷宮の方へと。
「本当にやる気をそそってくれるなぁ。──絶対に乗り越えてやる」
明日に対する不安、それを微塵も感じられない声は、誰の耳に入ることもなく、空気に溶けていった……。
次回からハンザム目線が少し入り、第二次防衛戦に入る予定となります。
間延びしており、申し訳ありません。




