第87話 思わぬ遭遇
胃が死んでおり、更新遅れてしまい申し訳ありません……。
絶対になくすことのできない首飾りをもらった僕は、宿屋へと向かっていた。
「……よかった、いないな」
ナルセーナが宿屋にいないことに安堵しつつ、僕は自身に割り振られた部屋へと入っていく。
……まあ、あの状態だ。
もしかしたら迷宮暴走初日みたく、アーミアのところに泊まり込んでいるかもしれない。
そんなことを考えつつ、僕はその中心におかれた鞄の奥に、丁寧に包装した首飾りを押し込んだ。
「これでよし」
中央におかれたのは、非常事用に最低限の荷物を入れた鞄だった。
これに入れている限り、よっぽどのことがない限り首飾りをなくすことはないだろう。
そう僕は人安心し、次に鞄のよこに置かれたあるものを見て苦笑した。
「ところで、これどうしようか……」
そう言って僕が持ち上げたのは迷宮暴走初日、謝りにきた冒険者から渡された大剣だった。
鞘に入った状態だけは立派なその似非魔剣を、僕は持ち上げる。
中々に重量があるそれは、前からもって逃げるには邪魔だと思っていたもの。
「首飾りもあるから、余計な荷物も増やせないしな。でも、ただ置いていくのは罪悪感を感じるんだよなあ……」
頑丈かもしれないが、正直僕はほとんど大剣を使いはしない。
身動きの取れなくなるこの荷物を僕は、持て余し気味だった。
少し悩み、僕は決める。
「……創造神様への勝利祈願という建前で、ギルドの奥にしまい込んでおくか」
全く罪悪感を感じないわけではないが、この状況だ。
勝利祈願という建前があれば、もらった冒険者達も納得してくれるだろう。
冒険者ギルドで働いているアマーストに冒険者を大人しくさせる交換条件で聞けば、いい隠し場所を進んで教えてくれるだろうし。
「それじゃ、いくか」
すぐに大剣を布に包んで担いだ僕は、冒険者ギルドへと向かうため、宿屋をでた。
ここから、冒険者ギルドはそこまで離れていない。
臨時の武器屋と冒険者ギルドにすぐいける位置に、冒険者の宿屋は置かれているのだから。
けれど、冒険者ギルドにたどり着く前に僕の足は止まることになった。
……まるで想定していなかった人物を見かけたことによって。
「ハンザム?」
そこにいたのは、遠く離れたミストの隠れ家を拠点にしているはずの、ハンザムの姿だった。
◇◆◇
僕の声が聞こえた瞬間、はっきりとハンザムは顔を歪めた。
そして、僕の声にいっさいの反応を返さず、背を向ける。
その背中に、反射的に僕は声をかけていた。
「待て!」
制止の声に、ハンザムは足を止める。
それから、少ししてゆっくりと振り返った。
「……なんだ? 俺は忙しいんだが」
「あ、いや……」
見るからに、不機嫌そうなハンザムに僕は口ごもる。
同時に、咄嗟に声をかけたことに対して動揺していた。
その間に、ハンザムは再度僕に背中を向けようとする。
「用がないなら行くぞ」
「……どうして、僕を助けた?」
その瞬間、反射的に僕の口から胸に残っていた問いを口にしていた。
僕がフェンリルと戦っていた時、ハンザムが手助けしてくれたこと。
ナルセーナから聞いた話は、まだ記憶に残っている。
あの場ではある程度推測していた僕だが、それでも、直接聞いてみかったのだ。
ハンザムが僕をどう思っているか知っていたからこそ。
「どうして憎んでいる僕を助けたんだ?」
その僕の問いかけに、ハンザムはゆっくりと振り返る。
そして、少しの躊躇の後、ゆっくりと口を開いた。
「一つ訂正しておく」
「何を?」
「嫌ってないとは言わないが、別にお前のことを憎んではいない」
「……は?」
その言葉に、僕は思わず惚けた声をあげていた。
脳裏によぎるは、ギルドの数々の不当な扱い。
戦神の大剣とのいざこざだけじゃない。
ギルドは常に、僕への不当な扱いを強いてきた。
稲妻の剣、あのパーティーで過ごした日々が、今までで一番ましだったと言った僕の言葉、あれは嘘ではない。
それほどに迷宮都市での暮らしは酷く、その扱いの裏にいたのはハンザムだった。
……僕を憎んでいないというなら、あの日々は一体なんなんだ?
「あれは全て、支部長の指示のもとの行動だ」
「……それは言い訳するつもりか?」
僕はわき上がってくる怒りのままに、ハンザムを睨みつける。
……しかし、その瞬間僕の怒りは一気に消し飛ぶことになった。
「言い訳だと? お前は本当に鈍いな、ラウスト。まだ理解してないのか」
「……なんの話だ?」
僕以上の怒りを露わにするハンザムに困惑しながらも、僕はそう問いかける。
その瞬間、さらにハンザムの怒りが増す。
「いいだろう、教えてやる。あの方は自身の名誉など無頓着だからな」
「だから、なんの話……!」
「支部長は本気でお前を逃がそうとしていたという話だ」
「……なっ!」
瞬間、僕が思い出したのはかつて支部長の隠れ家に師匠と行ったときの記憶。
その時、支部長にされたのは、冷遇によって僕たちを逃がそうとしていたという話だった。
「あの話は僕たちを揺さぶる為の作り話のはずだ」
「いや、違う。真実だ。あの方がそのことを口にすることはないだろうがな」
「……この事態を引き起こしたミストにそんな情がある? そんなこと信じられる訳がないだろう! だったら、証拠はどこにある!」
そう感情的にまくし立てる僕に対し、ハンザムは冷静そのものだった。
僕の目を見返し、告げる。
「証拠などない。だが、お前だって疑問には思っているだろう?」
「……何をいってる」
「どうして、支部長が逃げなかったかについてだ。迷宮都市の防壁を示し、必死に他の冒険者のために戦うあの方をお前だってみたはずだ」
それは確かに事実だった。
この事態を引き起こしたにも関わらず、それが嘘の様に迷宮都市を守ろうと動くミスト。
その姿に、僕の中に違和感は積み重なっていた。
「それに、無能であるお前ならわかるだろう? この迷宮都市は弱い人間に対して異常に厳しい反面、無能が逃げるのはひどく容易い」
その言葉に、僕は思わず黙る。
そのことを僕はよく知っていた。
なぜなら、この街から逃げ出す無能達を僕は見てきたのだから。
……そして、無能の数が少なくなるほどに強くなる風当たりの中で生き抜いてきたのだから。
黙った僕にさらにハンザムは言葉を重ねる。
「お前だって、思ったことはあるだろう?」
「……何をだ」
「──これはまるで、まるで戦えない弱い人間をこの場所から追い出すような仕組みじゃないかと」
「……っ!」
あまりにも歪な迷宮都市の構造……その存在の理由を告げたハンザムに僕は言葉を失う。
けれど、すぐに僕は否定した。
「ふざけるな! そんな話を信じられる訳があるか! それじゃまるで……」
「迷宮暴走を遙か以前から予測していたようだと?」
僕の言葉に、ハンザムは笑う。
……その笑みは、笑っているのに何かを嘆くようだった。
それを見て、僕は何も言えなくなる。
正直、ミストもハンザムも信じられないし、彼らが迷宮暴走に関わっているのは事実だ。
……ただ、本当に悪だと僕は断言できなくなっていた。
「まあ、信じなくてもどうだっていい。俺は憎んでないだけでお前のことが嫌いだしな。……ただ、あの方は本気でお前を助けようとしていた」
もう一度そう告げたとき、ハンザム表情には嘆きはなかった。
けれど、その表情に徐々に怒りが塗り替える。
「お前はもっと早くに逃げていたらよかったんだよ、ラウスト」




