第86話 渡されたもの
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気まずげな、ナシアさんの表情。
その表情は、僕たちの姿を意図して覗いた訳ではないことを言外に物語っていた。
恥ずかしい場所を見られたという羞恥を感じながらも、そのことに気づいた僕は僕は多少の冷静さを取り戻す。
しかし一方で、ナルセーナは違った。
「……っ!」
想定外の目撃者に、真っ赤な顔で固まるナルセーナ。
その様子に、僕は既視感を覚える。
そいういえば、数日前も同じようなことがあったな、と。
「そ、その私用事を思い出したので、失礼します!」
……そして、今回もナルセーナの取った手段は逃走だった。
身体能力強化を全力で発揮し、ナルセーナの背中はあっという間に小さくなっていく。
「相変わらずだなぁ」
今回はそこまで逃げるほどでもないだろうに、と僕は思わず苦笑する。
もう少し慣れてもいいのに、と。
ナセルさんが、青い顔でその場で頭を下げたのは、その時だった。
「す、すまない、ラウスト!」
「……え?」
あまりにも真に迫ったナシアさんの謝罪に、思わず僕は間抜けな声をあげる。
しかし、すぐに僕はその理由に思い当たった。
明日がこの防衛戦において重要な戦いとなることは、街の人にも既に知らされている。
そして、その戦いの前日に男女が二人っきりで密会していれば、最後に思いを確かめあっていると思っても不思議ではない。
……実際は違うのだが。
「誓って、覗こうなんて思っていなかったんだ! ただ、少し伝えたいことがあって、ここのあたりに向かう姿を見たと聞いたから……」
「いえ、別に謝罪は不要ですよ」
「……だが」
「僕もナルセーナと少し、明日に関わる話をしていただけですから。その話も終わってましたし、別に気になさるほどのことではないですよ」
その僕の言葉に、ナシアさんの顔に僅かながら安堵が浮かぶ。
しかし、完全にその顔から罪悪感が消えた訳ではなかった。
そのことに困りつつも、僕は言葉を重ねる。
「迷宮暴走さえ終われば、いくらでも話す機会はとれますし、本当に気になさらないでくださいね」
「……迷宮暴走が終われば、か」
その僕の言葉に意外そうな顔をし、ナシアさんは告げたを
「本当に当然のような顔をして、そんなことを言えるんだな……」
そう、思わずといった様子で呟いた後、ナシアさんは慌てた様子で続ける。
「あ、いや、違う。決して、迷宮暴走を突破できないと思っている訳じゃないんだ! ただ、少し……」
「ええ、分かりますよ。不安ですよね」
「あ、ああ」
苦笑しながら、僕がそう同意するとナシアさんは安堵を浮かべる。
しかし、すぐにその顔を怪訝そうなものに変えて、口を開いた。
「……ラウストも、不安を感じてるのか? そうは見えないんだがな」
「そう、ですね。感じているとは思います」
ナセルさんにそう答えながら、僕も自分がやけに落ち着いていることに気付いていた。
けれど、その理由も僕は理解していた。
「でも、ナルセーナは一切迷わずいってたんですよ。戦いが終わった後を楽しみにしてるって。……そんな人が隣にいたら、不安なんて感じれませんよ」
心からの偽りのない決意を込めて、僕はナシアさんに告げる
「大丈夫、僕たちが迷宮暴走から迷宮都市を守り通してみせますから」
その僕の言葉を、ナシアさんは黙って聞いていた。
しかし、話が終わって少しして、小さく告げた。
「……そうか。お前等二人は本気で乗り越えることを疑ってないんだな」
その言葉に、今更ながら身に余る言葉を口にしたのかもしれない、と羞恥心がわき上がってくる。
咄嗟に僕は話の矛先をそらそうと、ナシアさんに尋ねる。
「そ、そういえば、用事ってなんなんですか?」
そういってから、僕は気付く。
一人、この場から去った人間がいることを。
「……もしかして、ナルセーナも呼んだ方がよかったりしますか?」
「いや、逆に好都合だった」
「好都合?」
思わず僕が首をひねる中、ナシアさんは何か背に背負っていた鞄をおろし、その中から丁重に何かを取り出した。
「こんなタイミングで悪い。注文の品ができたので届けにきた」
次の瞬間、ナシアさんが取り出したそれ──注文していた首飾りを目にして、僕は立ち尽くすことになった。
「これ……」
「ああ、いってた時期より早くできたんでもってきた」
「は、早くって早すぎませんか……!」
僕の頭の中、以前首飾りの進捗を聞きにいった時のことが思い出される。
あのとき、応対してくれたナシアさんの奥さんエミリーさんに、僕はいくら時間がたってもかまわないと告げた。
それこそ、一ヶ月たっても待つつもりで。
あれから、まだ四日しかたっていないにも関わらず完成するなど、僕は想像もしていなかった。
一体どうしたのかナシアさんに聞こうとして……その顔に浮かぶ濃い疲労に僕が気付いたのはその時だった。
「……もしかして徹夜で?」
「興が乗ると止まらなくてな」
そういいながらも、ナシアさんはそれとなく僕から目をそらしており、わざわざ無理してくれたことを僕は理解する。
「そんな、こんな非常時に……。一体どうお礼を言えば」
「いらねえよ」
「……え?」
「だから、礼なんていらねえよ」
まさかの否定に僕が思わず声をあげた僕に、再度ナシアさんはそう告げた。
「これは俺からの……いや、俺らからの礼なんだからよ」
「それは一体……?」
「お前等が思っている以上に何倍も、街の人間も迷宮都市に残った冒険者達もお前らに感謝してるんだよ」
そういって、ナシアさんは首飾りを指さす。
「想定よりこんなに早くできたのは、素材を集める時間が省略できたからなんだ。この素材、全部貰い物なんだよ」
「貰い物、ですか?」
「ああ。ラウストとナルセーナの為に何か作るといったら、冒険者も街の人間も素材を押しつけるみたいに渡してきたんだよ。今は、必要ないからつかえってな」
そこで言葉を聞ったナシアさんは、少し迷って頭を乱雑に掻いた後、告げる。
「柄じゃないが、素材をよこしてきた奴らの代表としていっておく。また、ナルセーナにも伝えといてくれ。……いろいろとありがとな。感謝してるし、頼りにしてる」
「……っ」
その言葉に僕は胸がいっぱいになって、何も言えなくなる。
それでもなんとかお礼を口にしようとして、その前に顔をしかめたナシアさんが口を開いた。
「だから、礼なんていらないっていってるだろ。……それより出来映えはどうだ」
その言葉を受けて、僕は改めて首飾りに目をおろす。
青く形が整えられた大きな宝石と、黒く小さな宝石がそれを囲むようにちりばめられている。
光を反射して光るその二色の宝石は、知識も肥えた目もない僕にも分かるほどただ綺麗だった。
「凄いです……! やっぱり、ナシアさんにお願いして正解だった!」
「……それならいい。じゃ、俺の用件はこれだけだ」
そう告げて、ナシアさんは僕に背を向ける。
しかし、すぐに去ることはなかった。
「今すぐに渡せるとは思わないが、迷宮暴走が終わって想いを伝えたのなら、どうなったかきちんと伝えろよ」
「は、はい!」
「まあ、なんだ。俺も早くそのときが来るのを楽しみにしてるからな。……盛大に祝ってやるから覚悟してろ」
それだけ言って、歩き出したナシアさんの背中に、僕は笑みを浮かべ見送る。
……負けられない理由がさらに増えてしまったと思いながら。




