第85話 ぎこちなさの理由
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僕以外、目に入っていないと言いたげな様子のナルセーナ。
その様子に思わず笑ってしまいそうになりつつも、僕はそっと周囲を指さす。
「ナルセーナはいつからいたの?」
「……っ!」
瞬間、すぐにナルセーナの表情は真っ赤に染まった。
どうやら、周囲から注がれるなま暖かい視線に、今気付いたらしい。
周囲を見回した後、自身に向けられる視線が耐えられないと言うように、その顔を伏せた。
「いきましょう、お兄さん!」
そして、僕の手を引いて急いで歩き出したナルセーナの頭を見ながら、僕は思う。
……この行動にさらに、なま暖かい視線が送られていることに、ナルセーナは気付いていないな、と。
それから、僕の手を引いて歩いていたナルセーナが止まったのは、人気の少ない空き地だった。
そこまできて、ようやく恥ずかしさが薄まってきたのか、少し赤みが残る顔をナルセーナはあげる。
しかし、次の瞬間僕の手を握っていたことに気付いたナルセーナは咄嗟に手を離した。
「……っ! すいません!」
「いや、気にしてないよ」
明らかに意識しているのを隠せない態度に、僕は苦笑する。
けれど、ナルセーナのことを言えないくらいには、自分の顔に熱が集まっていることに僕は気づいていた。
そんな自分達の変化に、僕も思わざるを得ない。
……確かにこれは、周りからぎこちなく見えても仕方ないかもしれない。
僕とナルセーナはパーティーをくんでいる。
その際、もちろん肉体的な接触はあって、僕たちはお互いに意識しすぎることはなかった。
だからこそ、今の僕たちの態度は大きく変化しているようにしか見えないだろう。
だが、実の僕とナルセーナだけは理解していた。
僕達がぎこちないのは、決してすれ違っているからではない。
──こう意識してしまうのは、お互いの気持ちが前よりもはっきり伝わってくるからだと。
お互いがお互いをどれだけ大切に思っているか。
それが、今の僕とナルセーナにはわかってしまう。
そう、このぎこちなさは照れてしまって今まで通りに振る舞えないだけなのだ。
それ故に周囲から不自然に思われてしまうのは、なんともままならいものだ。
ナルセーナがおずおずと口を開いたのは、そんなことを考えていた時だった。
「……お兄さん、何かありましたか?」
まだ照れている様子で、それでも僕の目をきちんと見ながら問いかけてくるナルセーナ。
その様子に、諦めて僕は笑う。
やっぱり今のナルセーナには隠し事ができないと。
僕は諦めて、ジークさんの言葉をナルセーナにジークさんの言葉を伝えようとして……どう切り出せばいいのか悩むことになった。
「うん、実は……えっと」
ぎこちなさすぎて周囲が心配?
いや、もう少し前みたいに振る舞おう、と言えばいいのか?
どれも少し切り出しには相応しくない言葉に感じた僕は、少し悩んだ後違うことを問いかけることにした。
「ナルセーナは明日をどう思ってる?」
それはこの迷宮都市にいる人間にとって、顔を歪めてしまうような疑問だろう。
ロナウドさんやジークさん達のお陰で、多くの人が勝利を信じている。
それでも迷宮暴走とは、全ての不安を拭えない存在なのだから。
「任せてください。私、相当役に立つと思いますよ?」
にも関わらず、ナルセーナは一切表情を変えることなくそう言い切った。
変わらない愛らしい表情で、ナルセーナは告げる。
「早く、迷宮暴走を終わらせましょうね、お兄さん。私、すごくその後を楽しみにしてるんですから」
そう告げるナルセーナの顔には、一切の不安も恐怖も存在しなかった。
それは、他の人間が見たら思わず虚勢や、慢心を疑ってしまう表情。
けれど、その表情を見て僕は思わず笑っていた。
「はは。うん、そうだね」
他の人ならともかく、僕だけはナルセーナの気持ちを理解できた。
ナルセーナのその言葉に込められているのは、ただの慢心でも強がりでもない。
あるのは、とてつもなく強い覚悟だ。
どんな壁が前を塞いでも、絶対に潰して生き延びるという。
──なにより、僕たち二人なら、間違いなくその覚悟を達成できるという信頼が、その表情にはあった。
僕も同じだからこそ、何よりもそのことを僕は理解できてしまう。
……けれど、故に僕はさらに悩みを深めることになった。
ここで前通り振舞おうというのは、野暮な言葉ではないかと。
「でも、確かに私浮かれすぎてましたね……。もしかしてそのことについてのお話でしたか?」
瞬間、僕は思わず苦笑を浮かべていた。
ここまで見抜かれるとは、僕も思っていなかった故に。
「……そんなに僕分かりやすかったかな?」
「いえ、私もちょっと自覚があっただけですから」
そういうナルセーナの顔んは僅かに赤らんでいて、僕は思わず笑ってしまう。
「まあ、あんなに人に見られていたらそっか」
「……っ! もう!」
「ごめんごめん」
そう僕は笑いながら、赤い顔でこちらを睨みつけてくるナルセーナに謝る。
そんな僕に甘えるよう体重を預けながら、ナルセーナは続ける。
「私だって、分かってるんです。私とお兄さんが志気に大きく関わってくるって。だから、勘違いさせる態度を取るのはよくないんだろうなって」
「……うん」
「だから、きちんと切り替えますから。できる限り前みたいに接せるようにしますから。でも」
そこで、一瞬言葉を止めたナルセーナは僕を見上げ、懇願するように告げた。
「……もう一日。今日だけ、浸る時間をください」
瞬間、僕は自身の心臓がはねるのが分かった。
「その、私の分かっているんです。今が非常事態だって。でも、その不安がなくなるくらいお兄さんの言葉が私嬉しくて、幸せで」
頬を赤く染めた表情で僕の顔を見上げながら、ナルセーナは続ける。
「だから、最後に幸せに浸らせてください。きちんと明日にはいつも通りに振る舞えるようにしますから」
その言葉に、僕は何も答えられなかった。
……口を開いたら最後、自分の気持ちを告げてしてしまいそうで。
だから、代わりに僕は無言でナルセーナをなでる。
「お兄さん?」
そんな僕の行動に一瞬顔を疑問げにするが、それ以上ナルセーナが何かが言うことはなかった。
自身の頭をなでる行為が何よりの答えだと理解し、ナルセーナは浸るように目を閉じる。
「やべっ!」
……ごとん、という何かが落ちる音と共にそんな声が響いたのはそのときだった。
まるで想像していなかったことに、僕もナルセーナも驚きつつその音の発生源へと目をやる。
すると、そこにいたのは焦ったような顔をした顔見知りの男性。
僕が首飾りを注文した装飾品職人、ナセルさんがそこにいた。




