ラルマのいる場所
ロナウド視点となります。
暗い明かりの消えた街を越え僕、ロナウドはさらに薄暗い迷宮都市の暗がりに向かっていた。
普段は昼間からほとんど人のいないそこには、ほとんど人の気配はしない。
しかし、かまわず進んでいると、少し開けたところから明かりが漏れ出てくるのがわかる。
……それを見て、ようやく目的の場所を見つけたと理解した僕は、さらに足を早めた。
そうして進んでいくと、そこにあったのは人がいなくなって、相当時間が経っていることのわかる空き地が見えてくる。
そしてその屋根で目的の人物は座っていた。
それを確認し、僕はいつものように声をかける。
「やあ、ラルマ。いつもそこにいるけどなにか見えるのかい?」
「……ロナウドか」
僕が声をかけると、ラルマは明かりと屋根の上に持ってあがっていたらしい果実水と、料理、そしてランタンを持って屋根から飛び降りてくる。
「なにも見てない。……強いて言えば、景色がよいくらいだ」
その言葉に、僕は思わず笑ってしまいそうになる。
こんな真っ暗な中、景色もなにもないだろうにと。
しかし、あえてそのことにつっこまず、僕は口を開く。
「それなら、屋根にいてくれたら僕から上っていくのに」
「……お前みたいな重い奴が乗って、屋根が抜けたらどうする」
不機嫌そうにそう吐き捨てると、ラルマはいそいそと地面にもって降りてきた料理を並べ始める。
……鎧も着ていないのに、屋根が抜けるとは思わないけど、なんて言葉が喉元まであがってくる。
しかし、それを必死に抑えながら、僕はラルマの正面に腰を下ろした。
ラルマを無駄に刺激する必要もないのだから。
そう思いつつ、僕は暗くてほとんど見えないこの場所……ラルマが迷宮都市にくる度にやってくる場所を見渡す。
実のところ、僕はなぜこの場所にラルマがやってくるのか、知っていた。
それはとても単純な話だ。
──この場所から、ラウストが一人訓練していた場所が近いと言うだけの。
この場所からでは、ラルマは魔力探知でラウストの動きを知覚できるし、屋根からはラウストの練習している空き地を伺うことができる。
そう、この場所からラルマはどれだけ言っても無茶をやめない弟子を、密かに伺っていたのだ。
……しかし、そのことが判明することをラルマは好まない。
そう知る僕は、秘密を言い当てる代わりに宴会から持ってきた酒と、包んだ料理を取りだした。
「……お前、まだ飲むのか? 一応ここは戦場だぞ」
「わかっている。だからこれは、ラルマ用の奴」
そういうと、あからさまな葛藤をラルマは顔に浮かべる。
ラウスト達は、ラルマが酒嫌いだと思っているが、実は違う。
ラルマが嫌うのは、酒によって自分の素を晒すことなのだから。
「ここにいるのは僕だけだけど?」
しかし、僕がそういうとラルマは深々と息を吐いて、酒を手に取った。
「……そうだな、少しもらうか」
「そうこないとね」
「お前、自分の分の酒もきっちり用意してるじゃないか……」
あきれたように見つめてくるラルマに片目をつぶって答え、僕は酒を容器に入ったままの状態で前に出す。
あきれたようにため息をついた後、それでもラルマも容器を前に出す。
「それじゃひとまずの勝利に」
「乾杯」
ぶつけられた容器の澄んだ音が、闇夜に響いた。
◇◆◇
それから、しばらく僕達が酒の肴とした話題は、迷宮暴走の対処についてだった。
僕は戦場の詳細な出来事を、ラルマは戦闘中の迷宮都市の状態について、事務的な情報交換を行う。
ラルマが、彼方を見ながら控えめに尋ねてきたのは、その話が一端落ち着いた後だった。
「……なあ、ロナウド。本当に、ラウストが変異した超難易度魔獣を相手にしたのか?」
その問いかけに、僕は頷く。
「ああ、本当だよ。僕はこの目でしっかりと確認した。今回の戦い、ラウストの存在がいなければ、障壁を守り抜けたかどうか危うかっただろうね」
そう告げると、ラルマは無言でうつむく。
感情の見えない鮮やかな赤髪に覆われた後頭部を見ながら、僕も内心で頷く。
たしかに、信じられなくても仕方ないと。
それほどに、ラウストはでたらめだった。
……実のところ魔剣による大幅な身体強化の経験があるが故に、未だ僕だって信じられない思いなのだから。
とはいえ、これが事実なのはきちんと教えておかねばならない。
そう考え、僕はさらに口を開く。
「信じられないかもしれないけど……」
「信じられないだと……?」
しかし、その僕の言葉はすぐにラルマによって中断されることになった。
ラルマは、顔を相変わらずあげないまま、言葉を続ける。
「まだまだだな、ロナウド」
「ラルマ?」
明らかにおかしな様子のラルマに、さすがに僕も不安になってくる。
「たしかに、私ももう変異した超難易度魔獣を相手取るほどとは思っていなかった。──だが、いずれ強くなることくらい私は容易に想像してたからな」
……だが次の瞬間、ラルマの声が震えていることに気付いた僕は、心配が杞憂だったことを悟り、思わず苦笑していた。
長いつきあいであるからこそ、このとき僕にはラルマの内心が容易に理解できた。
ラルマは緩んだ顔を見せたくなくて、頑なにうつむいているのだと。
つまり、ラルマは弟子の成長を喜んでいるだけなのだ。
「まあ、たしかにラウストほど自分を鍛え抜いていた人間を、僕は見たことないかったかもしれない」
「それだけじゃない」
相も変わらず、顔を伏せたままラルマは得意げに続ける。
「あいつは迷宮都市でも、相当いろんなことをやっていたらしいからな。まあ、芽が出るのは時間の問題だと、私はわかっていたぞ」
「……あれ、ラウストに関しては生存しているかどうかしか知らない、て言ってなかったけ?」
その瞬間、さすがに耐えきれず僕はそう聞き返していた。
時折ラウストについてラルマに聞いても、返ってくるのは生存していること以外わからんと言うことだけ。
てっきりラウストからくる手紙で生存確認しているのだと思っていたのだが、がっつり調べていたらしい。
そのことを今更思い出したのか、ラルマは少しの間無言となる。
……ようやく少しして、不機嫌そうに吐き捨てた。
「迷宮都市に行ったら、偶然耳に入っていただけだ。ラウストについて調べた訳じゃない」
「なるほどね」
内心、語るに落ちるというのはこのことかと思いつつ、僕はあえて指摘はしない。
しかし、さすがに自身でも苦しい言い訳だという自覚があるのか、ようやくラルマが上げた顔は、かすかに赤くなっていた。
……そのことをラルマに指摘しても、ランタンのせいにされるんだろうな、そう思いつつ僕は酒を飲む。
そんな僕に会わせた訳ではないだろうが、同じく酒を飲みつつラルマは告げる。
「まあ、何だ。出来の悪いとしても、私の弟子なんだ。これくらいやってもらわないとな」
「そうだね」
それは明らかに、照れ隠しの言葉。
しかし、それに僕は静かに同意する。
自由気ままでマイペースであるくせに、ラルマは素直に気持ちをいえないことぐらい、僕はもう知っているのだから。
酒によった上、一番つきあいの長い僕相手にさえ意地を張らずにはいられないその不器用さを、今更指摘する気は僕にはなかった。
……ただ、たとえラルマを問いつめることになっても、確認したいことが二つ、僕にはあった。
そして、そろそろそのことについて言及することを僕は決意する。
「ラルマ、ラウストの体質についてなんだけど、少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」




