第75話 魔剣の秘密
「どうして、保護してもらえるなんて思えたのかしら」
アマーストと分かれてから少し、目的もなく歩きながら私はそう漏らしていた。
その言葉には、無駄な時間を過ごすことになったという言外の気持ちが込められている。
といっても、アマーストに対して私が抱く感情は怒りよりも呆れだった。
「……この迷宮都市に安全な場所なんてないのにね」
そう、たとえ望み通りに保護したとしても、アマーストに安全が約束される訳ではないのだ。
なぜなら、保護したところでより危険な場所で戦う私たちがアマーストを守れるわけがないのだから。
アマーストが戦場に、までついてきたところでそこに待っているのは、迷宮都市の住民に疎まれるなど比にならない地獄だ。
……ただ、それが今のアマーストに判断できるかどうか、私には分からなかった。
最初にアマーストの姿を目にしたときを私は思い出す。
あのときのアマーストの表情は明らかに追いつめられていた。
それも、魔獣に追いつめられていたのではなく、周囲の人の目に追いつめられていた。
この極限化で孤立する事を考えれば、当然のかもしれないと、少しだけ私はアマーストに同情する。
とはいえ、周囲の不審がアマーストの自業自得であるのは変わらず、アマーストに特別手を貸す気など私にはなかった。
いや、そもそもそんな余裕は存在しない。
……とはいえ、それで追いつめられたアマーストがそれであきらめるだろうか?
「はぁ、どうしてこうやっかい事が次々と。冒険者の対処だけで手一杯なのに」
そう言いながら歩く私は、ここから冒険者ギルドが遠くないことに気づく。
いっそのこと、冒険者の護衛でもつけようか、そんな考えが過ぎる。
「……っ!」
天啓的な閃きが、私の脳裏を走ったのはその瞬間だった。
「これ、ジークのところにいく口実になるんじゃないの?」
瞬間、私の中からアマーストという厄介な問題に対する不快感は消えていた。
代わりに、自分の天才的な閃きに対する賞賛が胸中に満ちる。
今までなら、ジークのところに押し掛けると「もうライラは休んで良い」という善意の言葉を無視する形になってしまっていた。
けれど、アマーストという大義名分を得た今、押し掛けても何ら問題はない。
むしろ、ギルドまで行ったことを口実に、二人で仕事をしても良いかもしれない。
仕事でも、ジークと二人でやるなら嫌ではなかった。
「ふふ」
小さく笑い、私はギルドに向けて歩き出す。
……その足取りが嫌なことが合ったと信じられぬほどに浮き立っているのに、気づくこともなく。
◇◆◇
それから、すぐに私は冒険者ギルドについた。
けれど、目的であるジークを見つけることが私にはできなかった。
大勢の冒険者の中をさまよいながら、私はジークの鎧を捜す。
「あれ、ライラさん?」
数人の若い冒険者に声をかけられたのは、そんな時だった。
「お疲れさまです!」
振り返ると、その冒険者から少し緊張気味に挨拶される。
その声にほかの冒険者達も私の存在に気づき、少し冒険者ギルドが騒がしくなる。
少し過剰な態度に、私は苦笑してしまう。
……自分が迷宮都市の幹部であると、思わぬところで思い知らされた気分だ。
まあ、今はそんな感傷に浸りながらも、ジークの居場所について聞いてみる。
「あなたたちもお疲れさま。ジークを捜しているんだけど、どこにいるか知らない?」
「ああ、それならあそこに」
そうして、冒険者の一人が指さしたのはギルドの奥だった。
「ついてきてください、案内しますよ」
大人しく冒険者の後ろをついて行くと、奥のギルド職員の休憩所ですぐにいすに座るジークを私は見つけることができた。
……けれど、ジークに私は声をかけることができなかった。
それほどまでに真剣な様子で、ジークは魔剣を見つめていた。
長いつきあいの私だからこそ、現在のジークが必死に何かを考えていることが分かる。
とはいえ、そんな機微が若い冒険者に理解できるわけもなかった。
「ジークさん、ライラさんがきましたよ」
私が止めるまもなく、彼はそうジークに話しかけてしまう。
その瞬間、ジークの集中がとぎれ、彼の瞳が私を映す。
……その際、まずいものを見られたと言いたげな表情が浮かんだのを、私は見逃さなかった。
「どうしたんだ、ライラ? 休んでくれていて良かったんだぞ」
すぐにそう語りかけながら、ジークは表面上を取り繕う。
だが、私が誤魔化される訳がなかった。
ジークの言葉を無視し、私は若い冒険者に告げる。
「ごめんなさい、少しジークと話したいことがあるから、外してくれない?」
「わ、分かりました」
明らかにただことでない私の様子に、焦った様子で若い冒険者は去っていく。
そんな彼をフォローする余裕は私にはなかった。
ジークを見据え、告げる。
「ジークどうしたの?」
「何がだ? ライラこそ、休まずギルドに来て一体……」
「いいから言いなさい。貴方が仕事もしないで上の空な時点で、何かあったのは明白なのよ」
私の言葉に、ジークは罰の悪そうな表情を浮かべる。
「……悪かった。少し休んでいただけでさぼるつもりなんて」
「そんなことどうだっていいの。私が聞きたいのは、貴方が何に悩んでいるかだけ」
間髪入れずに告げると、ジークは苦笑した。
「……ライラには敵わないな」
それから、しばらくジークが話し始めることはなかった。
しかし、その沈黙はジークが考えているだけだと私には理解できた。
だから、ジークの邪魔をしないように無言で、対面の椅子に座る。
ゆっくりとジークが口を開いたのは、それから少ししてからだった。
「俺は、今のままではどうしようもなく足でまといだと思って、な」
「……ジークは十分強いわよ」
反射的に私はそう告げる。
それは心からの本心だった。
けれど、その私の言葉にジークが答えることはなかった。
代わりに、困ったように笑うと、違う話をし始めた。
「ライラは準魔剣と魔剣の違いを知っているか?」
「ええ、それはもちろん。魔剣を作ったのがドワーフ、それを参考に人間が作ったものが準魔剣でしょう?」
そう答えながら、私はわずかに疑問を覚える。
長年ジークとつきあってきた私がこのぐらい分からないわけがないだろうにと。
「実はそれは正確じゃない。魔剣と準魔剣を分ける違いはそれじゃない」
「初めて聞いたのだけど」
「あまり広まっていないからな。ドワーフが作ったものの中にも、準魔剣と呼ばれているものもあれば、ドワーフ以外の制作者でありながら、魔剣を作り上げたものもいる。使い手で魔剣と準魔剣は区別されない」
思わず眉を顰める私の前に、ジークは魔剣を掲げる。
黒い剣身はさながら美術品のようで、私は思わず見とれる。
その剣身を指さしながら、ジークは続ける。
「準魔剣と魔剣を分ける条件、それは”ここ”に何かいるかいないかだ」
意味が分からなかった。
今まで、ジークの言葉でここまで真意が見抜けないときがあっただろうか、そんなことを考えながら、私は問いかける。
「……どういうこと?」
ジークは即答しなかった。
少しの間、何かに迷うように黙り込む。
それから、意を決したように口を開いた。
「魔剣を魔剣と定める条件は、その中に魔獣が封じ込められているかどうかだ」
その瞬間、私は驚きのあまり言葉も発せなかった。
だが、ジークの話はそこで終わりではなかった。
「──そして、この魔剣にはかつて師匠達でも勝てなかった、迷宮の主だった魔獣が封じられている」
地味に遅れた上、中途半端で申し訳ありません……。
週一を保てるよう頑張ります!
そして、コミカライズ二巻発売中ですので、よろしくお願いいたします!




