第71話 ナルセーナの後悔
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まるで想像もしていなかったナルセーナの質問に、僕は一瞬言葉を失う。
とはいえ、ナルセーナが役にたっているかどうか、そんなことは答えるまでもなもない話だった。
その僕の内心を見抜いたように、ナルセーナは笑う。
「……いえ、こんな尋ね方は駄目ですね。お兄さんは役に立たないなんて、言うわけないですもんね」
だが、そう告げたナルセーナの顔に浮かぶのは、言葉に似合わない消沈した雰囲気だった。
「お兄さんは優しいですから」
「それだけで、僕は役に立っているなんて言いはしないよ」
そう告げるナルセーナに、僕は反射的にそう言い返した。
「こんなことに関しては、ただの情けでいい加減なことは言わない。本当にナルセーナに今まで助けられてきたと思うから、僕は言っているだけだよ。そのことについてはきちんと誤解しないで欲しい」
「……ありがとうございます」
その僕の言葉に、ナルセーナは嬉しそうに微笑む。
けれど、それだけだった。
「お兄さんにそう言ってくれると、本当に嬉しいです。それに私も、自分が他の冒険者よりは強いとは思っています」
言葉を重ねていくごとに、ナルセーナの顔から笑みが消えていく。
それに気づきながらも、最終的には泣きそうにも見える表情で、ナルセーナは告げた。
「……でも、お兄さんの横にたって戦えていたか、そう頷ける自信が私にはないんです」
「そんなことない!」
咄嗟に僕は、ナルセーナの言葉を否定する。
そのナルセーナの言葉だけは、認めることができなかった。
「今回のフェンリルも、僕だけじゃ倒せなかった。ナルセーナが来てくれなかったら、僕はあのままフェンリルに倒されていたよ。ロナウドさんだって、僕だけじゃなくナルセーナを含めて、今回の功労者だと言ってくれたんだ」
そう、フェンリルの時だって僕一人では、時間を稼ぐことしかできなかった。
それが勝てたのは全て、ナルセーナが助けてくれたからだ。
しかし、そう訴える僕を真正面から見つめるナルセーナの目に浮かぶのは、変わらぬ悲しみだった。
「ごめんなさい、お兄さん。私はその言葉を受け取れないです。……だって、私がオーガを足止めできていれば、お兄さんが追い込まれることも、その後倒れることもなかったんですから」
「……っ!」
その言葉に込められた深い後悔に、僕は一瞬言葉を失う。
けれど、それは一瞬のことだった。
「違うよ、そんなことはない」
すぐに我を取り戻した僕は、ナルセーナの言葉を否定する。
たしかに、あの時オーガが来たことで、僕は怪我を負わざるを得なかった。
とはいえ、あの時に関しては正直僕だってオーガを足止めできた自信なんてないし、ナルセーナを責める気なんてない。
それに、オーガのことに関してはフェンリルを倒したことで、相殺されていると考えていいだろう。
そして、その後僕が倒れたのに関しては、《ヒール》の効果が弱いという不幸と、ぎりぎりまで勝負をつけることにこだわった僕のミスでしかない。
「ナルセーナは間違いなく最善を尽くしてくれていた。僕が選択を間違えて倒れただけで、ナルセーナには何の非もないんだ」
「優しいですね、お兄さんは」
……だが、その僕の言葉にナルセーナは悲しげに笑っただけだった。
そのナルセーナの態度に、僕は自分の言葉がただ慰めとしか取られていないことに気づく。
「待って、ナルセーナ。本当に慰めとかじゃなくて……」
けれど、その僕の言葉をナルセーナは聞くことはなかった。
僕の言葉を遮り、ナルセーナは告げる。
「別に、そんな必死に慰めようなんてしなくていいんですよ、お兄さん。私は分かっていますから」
それは、隠しきれない震えが混じった声だった。
目に溜まった涙を、必死に笑顔で隠そうとしながら、ナルセーナは告げる。
「私がお兄さんの横に立つ実力がないことぐらい」
「そんなことない!」
「いいえ。だってもう、お兄さんは私がいなくても充分強いじゃないですか」
そのナルセーナの言葉は穏やかで、けれど強い後悔が込められて、僕は思わず言葉に詰まる。
……一体どうすれば、そのナルセーナの後悔を和らげるのか、僕は分からなかった。
強さなんて関係なく、僕はナルセーナに傍にいて欲しい。
なのに、その気持ちはナルセーナにまるでつたわることはない。
このまま黙っていれば、肯定と取られてしまうだろう。
そう分かっているのに、僕は何も言うことができなかった。
「そんな顔、しないでください。別に責めているんじゃないんですから」
そんな僕へと、震えた声でナルセーナが告げる。
「全ては、全然使い物にならなかった私のせいなんですから」
……違う、ナルセーナが使い物にならないわけがない。
そう内心で叫びながら、僕はどうすればナルセーナに話が通じるか考える。
どうすれば、僕の思いをナルセーナが理解していくれるのか、を。
そんな僕の内心を知る由もなく、ナルセーナは力ない笑顔で続ける。
「最初から、ずっとお兄さんが努力していたのに、使い所が限られているって、勝手に慢心して。……こんなもう少しで取り返しのつかないミスをしてしまって」
その言葉の途中、嗚咽が混じる。
抑えきれなくなった涙を零しながら、ナルセーナは告げる。
「……本当にごめんなさい」
「ちが、僕は」
その謝罪に、何とか言おうとしてそれでも、僕は何を言えばいいのか分からない。
どうすれば、今のナルセーナに伝わってくれるのか分からず、それ以上言葉がでない。
完全に黙ってしまった僕へと、ナルセーナは途切れ途切れでありながら、必死に言葉を紡ぐ。
「もう一つだけ、聞かせて下さい」
涙に濡れた目をこちらに向けて、ナルセーナは問いかける。
「お兄さんにとって、私は必要ですか……?」
今の僕は、完全に理解していた。
本当にナルセーナがしたかった質問は、これなのだろうと。
そして。
自分がナルセーナに何を伝えるべきなのか、ようやく僕は理解した。
「ふふ、そっか。ああ、そうだった」
どうしようもなく簡単なことに気づかなかった自分に、僕は思わず笑ってしまう。
自分は肝心なことに気づいていなかったと。
本当に僕がすべきなのは、ナルセーナの後悔を和らげることじゃない。
──僕がどれだけナルセーナを必要としているか、それを伝えることなのだ。
「おにい、さん?」
突然笑いだした僕に対し、ナルセーナは驚きを隠せていない。
その姿を見ながら、僕はある話をすることを決める。
今がその時なのだと、そう判断して。
「突然笑っちゃってごめんね。でも少しだけ話したいことがあるんだ。話させてもらっていいかな?」
悪意はない、そう伝えるようにナルセーナの頭を撫でながら頼むと、ナルセーナは無言でこくりと頷く。
そんなナルセーナに、僕は始める。
ずっと前からいつかナルセーナに明かそうと思っていた──本来なら、告白の際にしようと思っていたその話を。
ナルセーナのネガティブの理由は、二度もラウストが死にかけたせいです。
つまり、実際のところラウストが全面的に悪かったりします。




