第69話 耐え抜く鍵
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「僕達が、迷宮暴走を生き抜く鍵?」
僕は、呆然とロナウドさんの言葉を復唱する。
ロナウドさんの雰囲気から、その言葉が冗談の類でないのは分かっていた。
それでも、その言葉を僕は受け入れられず、目を瞠る。
「紛れもない本気だよ。……まあでも、少し説明が必要か」
そんな僕に対し、ロナウドさんは怒りを見せることなく、何時も通りの笑みを浮かべていた。
「ラウストは、迷宮暴走を収める方法を知っているかい?」
「え? あ、迷宮の魔力がなくなるまで耐えきるか、迷宮暴走中の迷宮で迷宮の主を倒すことですよね」
突然の質問に驚きつつも、何とか咄嗟に口にした僕の返答にロナウドさんは頷く。
「そうだね。現在取っている方法が、前者の方法だ。で、今回なぜ僕達が後者の方法を取っていないのか分かるかい?」
「……迷宮の主が強力だから、ですか」
ロナウドさんの質問に少し悩んだ後、僕はそう答えた。
「ああ。その通り。今回に関しては、迷宮の主に挑むことは悪手だと判断して、耐えることを選択した。いや、実際のところは僕達ではこの迷宮の主に勝てないから、耐えることを選ばざるを得なかっただけなんだけどね」
軽い調子で、けれど絶対に迷宮の主に勝てないと告げたロナウドさんに、僕は少なくない衝撃を感じる。
僕達が勝てないことは、ロナウドさんと師匠がその選択を選ばない時点で分かってはいた。
けれど、ロナウドさんの言葉に僕は改めて思い知らされてしまう。
超一流冒険者にとっても、この迷宮暴走は大きな脅威だというそのことに。
「まあ、これだけの迷宮の主に勝てるとしたら、勇者ぐらいのものだろうからね」
……だが、その考えさえ甘い認識だった、そのことを僕はすぐに思い知らされることになった。
「ゆ、勇者」
呆然とロナウドさんの言葉を反復する僕の頭の中、勇者に関する情報が浮かぶ。
勇者、それは二百年に一度、復活する邪龍を倒すために創造神から遣わされる存在だった。
曰く、最悪の邪龍を殺せる唯一の存在。
曰く、スキルを超越したとされる存在。
それは正しく、最強と呼ぶに相応しい存在であることを知るからこそ、僕は動揺を隠すことかできなかった。
……そんな存在でしか倒せない相手を自分達は相手にしていると信じたくなくて。
けれど、そんな僕の内心を他所にあっさりとロナウドさんは頷く。
「ああ、ラウストの想像しているその勇者だよ」
「邪龍と同じだけの脅威、ということですか」
「いや、そんなことはありえない。邪龍と比べれば遥かに小さな存在だよ。……まあ、僕達に勝ち目がないということだけは同じだけどね」
今まで通りの軽さで、けれど一切の迷いなくそう断言したロナウドさんに、ようやく僕は知る。
なぜ、迷宮都市に来た当初、師匠があれだけ焦っていたのか。
そして、ミストの協力がなければ生き残れないと言い切ったのか。
呆然と立ち尽くす僕に、ロナウドさんは言葉を続ける。
「だからね、僕は正直今回の迷宮暴走はどうしようもないと思っていたよ。僕とラルマ程度じゃ、迷宮暴走を耐え抜くなんて不可能だとね」
そのロナウドさんの言葉に、僕はかつて自分達でさえ、生き残れるかどうか分からない、そう言っていたことを思い出す。
そして、同時に僕は理解してしまう。
……あの時の師匠の言葉は僕達に気を使ってのものでしかなく、ロナウドさんの言葉の方が真実なのだろうと。
だが、そう理解しながらも僕の中に動揺はなかった。
なぜなら、言葉に反してロナウドさんの声には、強い力が込められていたことに僕は気づいていたのだから。
「だけど、今回の戦いで僕の見込みは大きく変わった。三十日の間耐え抜くことは容易ではないが、決して不可能じゃないと今の僕は考えている」
気づけば、言葉を重ねるロナウドさんの目には、僕が何者か、問いかけた時と同じような雰囲気が戻っていた。
その雰囲気のまま、ロナウドさんは僕に告げる。
「超難易度魔獣を素早く片付けられる殲滅力を持つ、君とナルセーナがいるのなら、ね」
「……殲滅力」
ロナウドさんの告げたその言葉を、僕は呆然と繰り返す。
その時になって、ようやく僕は気づき始めていた。
なぜ、ロナウドさんは僕とナルセーナを、迷宮暴走を耐え抜く鍵と告げたのか、その理由を。
「迷宮暴走が始まると、大体五日周期で大量の魔獣が迷宮から生み出される。そうなれば、今回以上に多くの超難易度魔獣が、押し寄せてくるだろうね」
ロナウドさんの言葉に、今から五日後を想像した僕の顔が引き攣る。
初日である今日で超難易度魔獣が二体現れたことを考えれば、次回の周期は確実に四体を超える超難易度魔獣が迷宮か現れてもおかしくない。
「そうしてそうなれば、次回の周期に必要なのは僕やミストといった複数体の超難易度魔獣を相手にしても負けないだけの人間じゃない」
その言葉に、僕は小さく頷く。
決して、ロナウドさんやミストが役に立たない訳じゃない。
複数体の超難易度魔獣を相手にしても負けない、そう言いきれる実力は間違いなく脅威だ。
……ただロナウドさんとミストでは、城壁を守り抜くことが目的の戦い方と相性が悪すぎるのだ。
いくらロナウドさんとミストが強くても、足止めすることができるのは精々一体でしかない。
それでロナウドさんとミストが生き残っても、肝心の城壁がなくなれば話にならない。
つまり、必要なのは戦い続けられる持久力や、高い実力じゃない。
ロナウドさんの言いたいこと、それを全て理解して僕は口を開く。
「だから、僕達が鍵なんですね。……超難易度魔獣一体を倒す速さであれば、トップクラスの僕達が」
たしかに、僕とナルセーナでは、複数体の超難易度魔獣を相手にして耐える実力はないだろう。
僕とナルセーナには、そこまでの実力はない。
──ただ、一体の魔獣を殲滅する力だけは、迷宮都市一だと僕は理解していた。
そして、今の状況ではその殲滅力こそが、何より必要なのだ。
次々と現れるだろう超難易度魔獣を、一秒でも早く倒せる殲滅力が。
自分達の役割、それを改めて悟った僕へと、ロナウドさんは静かに問いかけてくる。
「ラウスト、君とナルセーナには重要な役割をに背負わせることになる。君達がどれだけ早く敵を減らせるかで、戦況は大きく変わるだろう。……その役目をお願いできるかい?」
ロナウドさんの言葉は、今までにない重さを含んでいた。
その言葉を投げかけられて、僕が思い出したのは先程のこと……人間なのかどうかとロナウドさんが聞いてきた時だった。
今思い出しても、あの時のロナウドさんは問い詰めてきているようにしか思わなかった。
だが、こうして問いかけてくるロナウドさんを見て僕は思う。
あの時のロナウドさんの態度は、僕に重い役目を任せてしまうしかないことに対する心配の裏返しだったのだろうと。
「分かりました」
──そう理解した時、僕はロナウドさんに頷いていた。
「……ありがとう、ラウスト。すまないね。重い役目を任せてしまって」
そんな僕に、ロナウドさんは僅かな申し訳なさを滲ませながら、そう告げる。
「気にしないで下さい。僕達ならできますから」
そんなロナウドさんに対し、僕はかつてフェンリルの足止めを請け負った時と同じように、そう告げていた。
──その時にはなかった、自分達ならできるという自信を浮かべながら。
「二人がかりなら、問題なく超難易度魔獣を殲滅できると思います。……ナルセーナと一緒なら、絶対に」
一瞬、未だナルセーナを見つけられていないことに、少し詰まりながらも僕はそう言い切る。
思い出すのは、フェンリルとの戦い。
一人一人戦うことになったせいで、かなり時間がかかってしまったが、最初から二人で戦っていれば問題なく倒せる自信が僕にはあった。
そんな僕の様子に、どことなく柔らかい笑みを浮かべ、ロナウドさんは告げる。
「……そうだね。君達なら、無用の心配だったかもしれない」
そのロナウドさんの言葉は、無意識の内に口にしていたような言葉だった。
それが逆にロナウドさんが本心から僕達を頼りにしているように感じて、僕は小さく笑う。
けれど、そうして笑顔でいられたのは僅かな間だけだった。
ロナウドさんの言葉が嬉しい言葉であったからこそ、本来この場所に一緒に来るべきだった人物がいないことを意識してしまった僕の顔は曇る。
「……そういえば、ナルセーナは別なんだね?」
ロナウドさんが、そう呟いたのはその時だった。
そのロナウドさんの言葉に、僕は反射的に尋ね返す。
「ロナウドさんは、ナルセーナの場所を知りませんか?」
「ああ、もしかしてラウストがあの場所にいたのは、ナルセーナを探してのことだったのかい?」
「はい。見当たらなかったので、マーネル達に聞こうと思って」
「それなら、広場の人間に聞いても無駄だと思うよ」
「……え?」
「結構長い間、僕もあの場所にいたけどナルセーナらしき人影は見なかったから。だから、あそこにいる他の人間に聞いても知らないと思うよ。ラウストといると思っているだろうね」
そのロナウドさんの言葉に、思いつく限りの手がかりを失った僕の顔は、青ざめることとなった。
咄嗟に何か別の方法はないか考えるが、そう簡単に考えつけはしない。
急激に顔を青くする僕を目にし、ロナウドさんは申し訳なさそうに口を開いた。
「ああ、大丈夫。心当たりはあるから」
「どこですか!」
思わず食い気味に尋ねた僕に対し、少し呆れたように笑いながらも、ロナウドさんは素直に説明してくれる。
「宿屋の所だよ。冒険者を一塊にするために作業してもらっているんだけど、そこで冒険者達に協力して貰っているみたいなんだ」
そのロナウドさんの言葉を聞きながら、僕は咄嗟に宿屋の場所を脳裏に思い描く。
「ありがとうございます!」
そこは一度はナルセーナがいるかもしれないと考えた場所だった。
これならば、その時に迷わず行っておくんだったと思いながら、僕はその場所に向かおうとして。
……ふと、あることを思い出したのはその時だった。
今まで広場を回った中、師匠がいなかったことを思い返しながら、僕はロナウドさんに尋ねる。
「ロナウドさん、師匠は何時もの場所ですよね?」
「ん? ああ、ラウストが思い描いている場所にいると思うよ」
そのロナウドさんの言葉に、僕は自分の思った通りの場所に、師匠がいることを確信する。
見た目に反して下戸な師匠は、その場所でゆっくり休んでいるだろうと。
それ故に、僕は顔を曇らせることになった。
師匠のいると思われる場所、そこは今から行く宿屋からかなり離れた場所だった。
ナルセーナを探していたりすれば、今日師匠の元に行けるかどうか分からない。
しかし、僕には今日中にたしかめたいことがあって。
ロナウドさんが怪訝そうに声をかけてきたのは、その時だった。
「どうしたんだい、ラウスト?」
余程僕が不思議な動きをしていたのか、本気で何かあったのかと問いかけてくるロナウドさんに、一瞬僕は何もないと言おうとする。
自分の目的は、別に僕が果たさないとならないわけではないのに気づいたのは、その時だった。
「あ! すいません、少し師匠についてお話したいことがあるんですが、大丈夫ですか」
「……ラルマに関して? 何の話か教えて貰っていいかい?」
「はい」
そうして、僕が話し始めたのは、城壁を超えて魔獣と戦う前にミストに聞かされた忠告。
即ち、師匠の命を救いたいならば、師匠から目を話すな、という言葉だった。
「……意味は分からないのですが、ミストにそう言われて」
無言で話を聞くロナウドさんに、僕はさらに続ける。
本来ならば、自分で師匠に確かめに行くつもりだったが、もしかしたら明日になるかもしれないこと。
できれば、ロナウドさんの方で師匠の様子を見守っていて欲しいということ。
「……そうか、ありがとう。ラウスト」
ロナウドさんが声を発したのは、僕が全てを話した後のことだった。
その際のロナウドさんの態度が、どこかおかしく感じる。
だが、その違和感はほんの一瞬のことだった。
「分かった、ラルマに関しては僕に任せてくれ。ラウストはナルセーナの方に行ってきて大丈夫だから」
改めて僕にそう告げたロナウドさんからは、一切の異常を見つけられず、僕は自分の見間違いだったことを悟る。
……いや、今は何よりもナルセーナを見つけるべきだった。
改めてそう考えた僕は、ロナウドさんに頭を下げて立ち去ろうとする。
「最後に一ついいかい?」
ロナウドさんが、今までと違う真剣な声を僕にかけてきたのは、その時だった。
一体どうしたのか、不安を滲ませながら振り向き戻ろうとするが、その僕の動作をロナウドさんが止めた。
「いや、戻らないでいい。ただ、少し言いたいだけだから」
一体どうしたのか、怪訝そうな顔を隠せない僕をまるで気にせず、ロナウドさんは言葉を続ける。
「僕の経験上、これだけ大きな迷宮暴走は、大体二周期目から魔獣が極端に増えることはなくなる。つまり、五日後に迷宮暴走を耐え抜けるかどうかの判断ができるようになる」
その言葉に、僕は思わず息を呑む。
今までだって、自分の行動が迷宮都市を守れるか左右するのは知っていた。
だが、五日後は他の誰よりも自分達の行動が全てを左右する。
そのことを認識し、無意識の内に僕の表情は硬くなる。
そんな僕と対照的に、ロナウドさんは自然体で笑っていた。
「だけど僕は、君なら。いや、君達なら問題ないと思っている。君達は間違いなく、僕の見てきた限り最高のパーティーだ。──誇りを持っていい」
その言葉に、僕は笑みを浮かべていた。
ただ、どうしようもなくナルセーナとロナウドさんの言葉を共有したかった。
そんな僕の内心を見抜いたように、ロナウドさんは笑う。
「それだけの話さ。時間をとって悪いね。ナルセーナにも伝えてくれると嬉しい」
「はい。ありがとうございます!」
それだけお礼を告げると、次の瞬間僕はナルセーナのいるだろう宿屋に向けて、走り出した。
コミカライズもよろしくお願いいたします!




