第68話 価値
先週更新休んでしまい、申し訳ありません……。
コミカライズも更新されておりますので、よろしくお願いいたします!
僅かな魔道灯の灯りを反射したのか、赤く見えるロナウドさんの目に見据えられながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
ロナウドさんの言葉は想像もしていなったもので、だが、その言葉に対する心当たりがあることに、僕は気づいていた。
思い出すのは、今まで僕が体験した覚えのない記憶。
フェンリルとの戦いの時、突然思い出した言葉。
そして、あったこともないのにもかかわらず、既視感が拭いされない角を持った女性。
……その体験は、全て何かがおかしいことを仄めかしていなかったか。
「まあ、正直ラウストが人間かどうか疑わしいことについては、僕も前から知っていたよ」
そうして僕が無言となっている間にも、ロナウドさんの言葉は続く。
「気と魔力、プラーナとマナを両方扱える人間なんて、生まれてこの方僕は見たことないからね。それこそ、亜人と呼ばれる存在以外は」
その言葉に、僕の頭に浮かんだのは、かつて滅びたエルフという種族のミスト。
「だけど、人間しか持たないスキルを持つ上、亜人だと判断するには君はあまりにも弱すぎた。亜人でありながら、魔術でさえ初級しか使えないのは、納得がいかない。だから、君は選ばれなかっただけの人間だと思っていた」
その存在を知っていたからこそ、ロナウドさんはその判断を下したのだろう。
そう僕は悟る。
ミストは師匠の師であり、ロナウドさんでさえ戦いたくないと告げた相手だ。
ミストがいくらエルフとして特殊だということを考慮してもなお、僕は亜人として信じられない程弱かったのだろう。
……何せ、僕は命の限り考え、努力を積み重ねてもなお、手にしたのは限定的な状況にしか使えない技術だったのだから。
だからこそ、自分を含めて誰も僕が亜人である可能性など考えていなかった。
特殊だが、使えないスキルを得た不幸な人間だと思い込んでいた。
そう、フェンリルとの戦いが始まる前までは。
「オーガを圧倒し、その攻撃を受けても動ける君の姿を見るまではね。……ラウスト、君にだって自覚はあるんだろう?」
何時もと変わらぬ笑顔に戻って問いかけてくるロナウドさん。
しかし、その纏う雰囲気が変わっていなかった。
ここで頷けば、ロナウドさんの考えを肯定することになる。
僕が人間ではないと認めることになる。
「……はい」
そう理解しながらも、僕は頷くしかなかった。
今さらどれだけ否定しようが、無駄なくらい自分の身体強化は異常なのだと、理解してしまっていたから。
厳密には、最初から自覚があったわけではなかった。
フェンリルと戦う直前までは、僕はまるで自分の身体強化が異常だと考えもしていなかった。
ただ、ようやく自分の努力が身を結んだとしか考えていなかった。
けれど、フェンリルとの戦った後の経験が、もう僕が現実から目を逸らすのを良しとはしなかった。
──あの時の身体強化は、それ程に異常だったと僕は認識せずにはいられなかった。
「そう。もう誤魔化すことはできない。隠しごとの時間はもう終わりだ、ラウスト」
そんな僕に、ロナウドさんはそう頷く。
僕の内心を見破ろうとするかのような、そんな態度で。
「聞かせてくれ、ラウスト。君は何者なのか。そもそも、その身体強化は一体どこで身につけたのか」
「これは……!」
咄嗟に、この身体強化は自分で見つけたものだと言おうとして、僕は言い淀んだ。
……本当にそうなのか、僕は迷いを覚える。
ロナウドさんが、僕の短剣を指さしたのは、その時だった。
「異常だと思った原因はもう一つあるんだ。その短剣はどこで手にいれたんだい、ラウスト?」
「……え?」
その言葉を聞いた時、どういった意図の質問なのか、僕には理解できなかった。
そんな僕に対し、ロナウドさんは淡々と告げる。
「まさか、フェンリルの身体に易々と傷をつけていたそれ、がただの短剣なんて言わないよね? それは準魔剣以上の性能だ」
そのロナウドさんの言葉を、僕はまるで違和感を感じず受け入れていた。
普通なら、信じられない話だと判断すべきロナウドさんの言葉。
けれど、その話を僕は一切の迷いもなく受け入れていた。
そう、自分の持っている短剣が準魔剣だと。
……今まで、そんなことを一切意識したことのないどころか、いつ入手したかさえ覚えていないのに。
「っ!」
今まで、予測でしかなかった考えが繋がっていたのは、その時だった。
僕はようやくはっきりと認識する。
──自分には記憶は、穴だらけなのだと。
はっきりと理解してもなお、どこがおかしいのか分からない記憶の齟齬。
そのことに、不快感を覚えながらも、僕はロナウドさんに告げる。
「……分かり、ません」
「分からない?」
怪訝そうにこちらを見てくるロナウドさんへと、僕は必死に言葉を紡ぐ。
「所々、おかしいのは分かるんです。何か、覚えているはずなのに、思い出せない記憶もある。でも、全然記憶の全体が思い出せなくて……!」
僕は必死に、ロナウドさんへとそう言葉を重ねる。
嘘偽りではないと、必死に訴える。
……今の自分の言葉が、一体どれだけ怪しいのか、理解しながら。
ロナウドさんは、すでに僕が明らかにおかしいという証拠に気づき、それを突きつけている。
そんな状況で、覚えていないなど言っても、苦しい言い逃れにしか見えないだろう。
何とか、そのことを伝えなければと思うものの、何と言えば信頼に足るのか分からず、僕はそれ以上何も言えない。
そんな僕に対して、ロナウドさんが向けてくるのはいつも通りの態度だった。
今までの問い詰めるような雰囲気は消え去り、だからこそこれから何を言おうとしているのか想像もつかない。
ただ、決して問い詰めることをやめたわけでないだろう、そう考え僕は内心焦燥を募らせていく。
そんな僕へと、ロナウドさんは一瞬思案するような素振りを見せた後、口を開いた。
「記憶喪失か……。それなら仕方ないか」
「え?」
信じられず、呆然と立ち尽くす僕を他所に、ロナウドさんは一人悩み始める。
「記憶がないなら、確認できないなぁ……。少しでも覚いだしてくれれば良かったんだけど」
その独り言に、僕は理解する。
本当にロナウドさんは、納得してしまったのだと。
その予想もしていなかった反応に、僕は思わずロナウドさんに尋ねていた。
「信じてくれるんですか?」
「ん、もしかして、嘘なのかい?」
「いえ、違います! ……ただ、ただの言い訳だとは思わなかったんですか」
「ああ、そんなことか。思うわけないじゃないか」
「……え?」
そうまるで悩みもせず、言い放ったロナウドさんに対し、僕は驚きを隠せなかった。
そんな僕へと、ロナウドさんは申し訳なさそうに続ける。
「いや、今までの僕の態度からでは、そう思われてもしかたないか。少し好奇心が先行して、問い詰めるような形となってしまった。悪かったね」
そのロナウドさんの謝罪に、一瞬僕は驚いた後、すぐに首を横に振る。
「そんなことないです。どれだけ言い訳じみているか、自分でも理解していますから」
そう、僕だって理解できていたのだ。
自分という存在がどれだけ異質で、記憶喪失なんて言葉で誤魔化せるようなものではないことを。
「……まいったね。別に僕はラウストの言葉を本当に疑ってないんだけど」
そんな僕に対し、ロナウドさんは悩むかのように、そう告げる。
その顔は、いつも通りでたしかに僕に対する敵意は見えない。
なのに、僕は自分が怪しすぎると理解しているが故に、警戒を解けない。
「いや、そもそも先に言っておくことがあったね」
ロナウドさんが何かを思い出したように、話し始めたのはその時だった。
一体何なのか、思わず気構えた僕を気にすることなく、ロナウドさんは言葉を続ける。
「たしかに今の状況が、非常時であることは確かで、君の話が色々と腑に落ちないのも事実だ。でも、その程度のことで君を疑ったりはしないさ」
「……どうして?」
「簡単な話だよ。君はもう今までの戦いで証明しているじゃないか。──どれだけラウストという人間が信用に足るかを」
その言葉になんの冗談かと、僕は思わず目を瞠るが、そんな僕を見返すロナウドさんの視線はふざけてなどいなかった。
そんな僕を見返し、ロナウドさんは口を開く。
「当たり前じゃないか。君は間違いなく、今回の戦い最大の功労者なんだから。それこそ、僕やミスト以上の」
そのロナウドさんの言葉に一瞬、僕は言葉を失う。
たしかに、他の冒険者達がフェンリルを倒した僕を英雄視していることを、僕は知っている。
だが、実際はロナウドさんの働きがどれほどのものなのか、僕は知っていた。
故に僕は、咄嗟に否定する。
「そんなことないです! ロナウドさんの方がもっと……」
「あれ、ラウスト。まさか、僕の見立てがおかしいと言いたいのかい?」
「……なっ!」
その言葉に、僕は再度なんと言っていいかわからず、言葉を失う。
そんな僕の反応に、ロナウドさんは楽しげに笑う。
「はは、ごめん。からかい過ぎたね」
「……やめて下さい。師匠に向かってならともかく、ロナウドさんにそんなこと言われると、本気かどうか判断できないんですよ」
そう思わずボヤいた僕に、ロナウドさんはさらに楽しげに笑う。
それを見た僕は、今までの会話が冗談だと理解して、苦笑する。
おそらく、ロナウドさんなりに僕のことを評価したと告げるためのやり取りだったのだろうが、少しやりすぎだと思いながら。
「でも、僕の言ったことは全部本気だよ」
……だからこそ、次の瞬間さらりと告げたロナウドさんの言葉に、僕は固まることとなった。
しかし、そんな僕の反応など無視し、ロナウドさんは言葉を続ける。
「いいかい、ラウスト。君がどう思つていようが関係ない。君は紛れもなく今回の戦いの最大の功労者で、君がいてくれたお陰でここまで被害を減らせた」
「……そんな、大袈裟な」
「いや、大袈裟でもなんでもないよ」
まるで想像もしない方向へと飛び始めた話に、僕は咄嗟に反論するが、それをロナウドさんは一瞬で否定する。
「君は間違いなく、今回の戦いで大きな活躍をした。……責めらるとしたら、その実力を過小評価していた僕の方だろう」
「そんなことないです! ……あの時点では、僕でさえフェンリルを足止めできる自信はありませんでしたから」
そう咄嗟に告げた僕に、ロナウドさんは頷く。
「……ああ、そうだね。今さら過ぎたことで、謝っている状況ではない。でもね、ラウスト。君にはきちんと自分達の価値を理解して置いてほしい」
「価値、ですか?」
どういう意味なのか分からず、そう問い返した僕に対し、ロナウドさんは頷く。
「そうだよ。一つだけ、これだけはラウストも頭に入れて置いて欲しい。──ラウストとナルセーナ、君達が今後迷宮暴走を生きぬく鍵であることを」
……そして、ロナウドさんが告げたのはまるで僕の想像していなかった言葉だった。




