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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第67話 疑い

「ロナウドさん?」


 まさか、そんなところにロナウドさんがいると思っていなかった僕は、そう呆然と呟いていた。

 そんな僕に対し、ロナウドさんは変わらぬ笑顔のまま告げる。


「一応僕は、ラウストが来る前からここにいたんだけどね」


 そう告げたロナウドさんは、何時もの鎧姿ではなく、手には酒と思わしきものを持っていた。

 それを見て僕は、ロナウドさんの言葉が本当にであることを悟る。


 ……どうやら、僕が周囲の人影に気を取られて、ロナウドさんに気づいていなかっただけらしい。


「すいません、少し他のことに気を取られていて」


「いや、気にしてないさ。ラウストが今まで気を失っていたことは知っているしね」


 咄嗟に謝罪した僕に対し、ロナウドさんは変わらぬ笑顔で許してくれる。


「ただ、少しだけ話を聞かせて欲しいんだけど、いいかい?」


 そう言って、ロナウドさんが指さしたのは、人気がまばらな建物の場所だった。

 ロナウドさんのことだから、何かあったのだろうか。


「……少し、待って貰っていいですか?」


 そう思いながらも、ロナウドさんの言葉を僕はすぐには了承できなかった。

 別に、ロナウドさんの話も聞かず、ナルセーナ探しを続行しようと考えているわけじゃない。

 ナルセーナを探すのは、ロナウドさんとの会話の後でも充分間に合う。


 ……ギルドの部屋にいた時のように、大勢の冒険者が押し寄せてくる訳でもないのだから。


 そして、ロナウドさんが気を使って、わざわざ人気の少ない場所で話そうと言ってくれているのも分かる。

 冒険者に見つかって、騒ぎにならないようあえて離れた場所を指定してくれているのだと。


 だが、いち早くマーネル達を止めて、冒険者達が押しかけることを止めたいという思いが、ロナウドさんの言葉の了承を阻んでいた。


 そんな僕と、マーネル達を見てロナウドさんは、不思議そうに問いかけてくる。


「……そんなにマーネル達を止めたいのか。ラウストは人に押しかけられるのは嫌かい?」


「僕はロナウドさんや師匠みたいに、人に押しかけられることなんてないですから」


 ……あんな話の通じない状態の人に追いかけられて、苦手意識を持たない人間などいない。


「はは。そんなに嫌なのか。悪いね、僕が止めるべきだったのに」


 そんな内心が、ありありと出ていたのか、ロナウドさんは楽しそうに笑う。


「でも、できれば許してやってくれないかい? これは、マーネル達が自分の報酬として望んだことだから」


「……自分の報酬の代わり?」


 頑としても断ろうとしていた僕が、思わず黙り込んだのはその時だった。


「そういえば、ラウスト達はいなかったか。実は、迷宮都市の障壁に引き上げて一段落した後、一回話し合ったんだよ。意欲を出すために、活躍した冒険者には迷宮暴走後、報奨金でも出そうかとね」


 僕達ならいくらでも都合がつくし、そう嘯くロナウドさんを見ながら、僕は思い出す。

 広場で、マーネル達が活躍したという話も耳に入れていたことを。


「それで、大体どの冒険者に、どれだくらいの報奨金を渡すかは決まったんだけど、彼らだけには断られてね。──自分達よりも、恩人のやったことを正しく広めたいとね」


 その言葉を耳にした時、僕は内心の驚愕を押し込めることができなかった。

 マーネル達が慕ってくれていることは知っていた。

 けれど、まさか自分の報奨金を投げ打ってまで、そんなことを言い出すなんて、考えてもいなかった。


 ロナウドさんは、変わらず笑ったまま、それでも僕に諭すように告げる。


「例え本人が気にしてなくても、恩人が不当な評価をされているのは、案外辛いことだからね」


 僕はもう一度、マーネル達の方を見て、小さく呟いた。


「……やり方が強引すぎるんだけどな」


 そもそも、広場で聞く評価も微妙におかしかった。

 あいかわらず、マーネル達はやることが微妙にずれている。


 そう思いながらも、僕にはもうマーネル達を止めようという気はなかった。


「じゃあ行こうか」


 それを察したように、ロナウドさんは歩きだした。

 特に何も言うことなく、その背について僕も歩き出す。

 その途中、ロナウドさんが告げる。


「悪いね、ラウスト。明日には、冒険者がラウストに押しかけないよう言含めるよ。でも、マーネル達を止めるのをやめてくれて助かったよ」


「……え?」


 思わず僕がその言葉を聞き返すと、マーネル達の方に目を向けたロナウドさんは告げる。


「君が英雄でいてくれるかどうか。それで冒険者の有り様は大きく変わるだろうからね」


「どういうことですか?」


「君が冒険者の支えになっているということさ。それこそ、報奨金なんか比にならない程にね」


 そういうロナウドさんの声には、感情がこもっていた。


「正直、ここまで冒険者が意欲的になるとは思っていなかったよ。ここにいる冒険者は普通の若者だったからね」


「……普通の若者、ですか?」


「ああ。逃がした冒険者よりも扱いやすいが、なぜ冒険者になったのか分からない普通の若者。それが僕の印象だね。彼らには野心を達成するために命をかける気が感じられない。……正直、どうモチベーションを保たせるか、悩みどころだったよ」


 そう告げるロナウドさんに、僕は内心納得を抱いていた。

 野心に命をかける気のない、それは当たり前の話だ。

 何せ迷宮孤児はただ、それ以外生きる道がなかったから、冒険者として生きているだけなのだから。

 富や名誉に興味がないわけじゃないだろうが、それ以上に迷宮孤児が望むのは、ただ生き延びることだけなのだ。


「だから、本当に助かったよ、ラウスト。君がいれば、それだけで彼らのメンタルは持ち治せる。──何より、彼らが君という存在を芯に、成長できる」


 そう告げたロナウドさんの言葉には、僅かな同情心が込められているように感じた。

 それを感じた僕は、ある疑問をロナウドさんに対して抱いた。

 一瞬迷った後、僕はその問いをロナウドさんに投げかける。


「冒険者が逃げ出したあの時、ロナウドさんはあえて迷宮孤児だけを、迷宮都市に残そうとしましたか?」


 僕の記憶にある限り、この迷宮都市に残っている冒険者のほとんどは、歳若い迷宮孤児と思われる冒険者だった。

 もちろん、決して都市外から来た冒険者がいないわけじゃないだろうが、そのほとんどが迷宮都市にはいない気がする。


「いや、さすがにそんな暇はなかったさ。あの時の僕の優先度は、あくまで都市を率いるのに障害になる冒険者を、いかに上手く迷宮都市から追い出すか、だったからね」


「……え?」


「あの時は、本当に気づくのが遅れたんだよ。……気づいていれば、もっと上手く利用したんだけど」


 全く何時もと変わらず、そう言い放ったロナウドさんに対し、僕は動揺を隠すことはできなかった。

 邪魔者の排除という形で、十分に利用しておきながら、ロナウドさんはさらに何を望んでいるんだろうか。


 ……気のせいか、邪悪なオーラがロナウドさんから出ている気がして、僕は頬をひきつらせる。


 だが、すぐにロナウドさんの雰囲気は元に戻った。


「まあ、冒険者を逃がした時に関しては、対して何か目的はなかったけど、迷宮孤児に対しては純粋に同情はしているよ」


 遠く、もうほとんど見えないマーネル達の方を見ながら、ロナウドさんは告げる。


「彼らの周りの環境は、たしかに同情に足るものだからね」


 自身も迷宮孤児として生きてきた僕は、そのロナウドさんの言葉を認めざる得なかった。


 生まれてから、周囲を取り巻くのは仲間以外信用できない冒険者の社会。

 戦える能力がないだけで無能と虐げられ、有用なスキルがあっても迷宮都市で生き抜ける者は少ない。

 実の所僕は、以前いた孤児院の迷宮孤児がどうなったのか知らない。


 無能と反面し、追い出されることになったが、治癒師の養成所に入れたのは、僕にとって何よりの幸運だった。


 だから僕は思う。

 たしかに今は協力してくれているのだろうが、それでもこの先僕がミストを信用することはないだろうと。


 ……この地獄を作り出したミストなのだから。


 突然、ロナウドさんが立ち止まったのは、そんなことを考えていた時だった。


「ラウスト、そろそろいくつか聞きたいことがあるんだけど良いかい?」


「は、はい!」


 その言葉に返事をしながら周囲を見渡し、僕は気づく。

 ここが、ロナウドさんが指さしていた場所、目的地だと。


 ……少し、マーネル達から離れすぎている気もしたが。


 正直、ここまで人通りの少ない場所ではなく、手前の路地でも、冒険者に話が聞かれることはない気がする。

 そんなことを考えている間に、ロナウドさんは話し始める。


「オーガに切られた傷は、もう痛まないのか? 傷はどの程度だ? いつぐらい動けそうだ?」


 しかし、ロナウドさんの質問に僕は思わず眉を顰めることになった。

 ロナウドさんの質問はどれも、誰かが伝えているだろうと思っていたものだった。

 たしかに、報告をされていないのだとすれば、こうしてロナウドさんが改めて僕に声をかけてきたのも納得できるが、もしかして伝えられていないのだろうか?

 いや、それも仕方ないことかもしれない。


 ……今頃、冒険者に囲まれているだろうライラさんを僕が思い描いた僕は、そう納得する。


 あれだけ忙しければ、説明も後になってもしかたないのかもしれない。

 そう自分を整理した僕は、質問に答えていく。


「ああ、はい。もう大丈夫です。傷はほとんど塞がっていて、二日後には動けると思います」


「そうか。ライラの言っていた通り、いやそれよりも少し良い状態か」


 その僕の判断が間違っていたことを知ったのは、そのロナウドさんの言葉を聞いた時だった。

 なぜ、ライラさんから聞いた話を改めて聞き返すのか、理由が分からず僕はロナウドに対し、疑問を覚える。


「それじゃ、オーガに切られてから、一回でも《ヒール》を行ったかい? フェンリルに切りかかるまでの間にだ」


 だが、そんな僕の様子など気にすることなく、ロナウドさんは次々と質問を投げかけてくる。

 その質問に何とか答えながら、僕は思わずそう問いかける。


「い、いえ。そのヒールは行ってないです。どうしてそんなことを?」


「……うん、悪いかった。こんな回りくどい質問をしていても拉致があかなかったね」


 ──ロナウドさんの雰囲気が、変化したのはその時だった。


 ぞくりと、肌が粟立つ感覚に、僕は息を思わず息を呑む。

 こちらを見るロナウドさんの顔はまるで変わっていなかったにもかかわらず、僕はまるでそっくりな別人に入れ替わったような錯覚を覚える。

 人の少ない場所まで僕をロナウドさんが連れてきた理由、それが冒険者に話を聞かせないためだけでないことに僕が気づいたのはその時だった。


 ……誰にも聞かれないために、ロナウドさんはこんな場所を指定したのだと。


「それじゃ、端的に聞かせてもらう」


 そんな僕に対し、ロナウドさんはその薄目を小さ開き……瞳をそこから覗かせながら問いかける。


「──ラウスト、君は本当に人間かい?」

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