第65話 冒険者達の希望
更新遅れてしまい、申し訳ありません。
告知も遅れておりましたが、ニコニコ静画の方でもコミカライズの連載が始まりましたので、よろしくお願いいたします!
「たしかに今の見た目はボロボロだが、これは正真正銘の魔剣だ。しかも、ギルド職員からは王都の鍛冶師に鍛え直してもらえば、再度使えるようになると聞いたものだ!」
自慢げに、そう語る冒険者達のリーダー。
それを目にしながら、僕は確信する。
……目の前の冒険者達は、ギルド職員に騙されたなど、一切気づいていないことを。
僕は取るに足らない存在だったこともあり、被害にあったことはなかったが、一部の馬鹿な冒険者をギルド職員が食い物にしていたことは有名だった。
おそらく、この冒険者達こそが、その一部の冒険者達だったに違いない。
「といっても、そのレベルの鍛冶師に依頼するならば、入金してから数年単位で時間がかかるとわれたがな」
普通、そんな腕のいい鍛冶師は国の専属で、ただの冒険者が頼めることも知らず、そんなことを言っている冒険者達。
……ギルド職員達が、この冒険者達を騙せると判断したのも、当然のことかもしれない。
そう考えて僕は、顔を手で覆いたくなる。
「嘘でしょ……」
震える声に横を見ると、そこではライラさんが、もう見てられないといいたげな表情を浮かべていた。
どうやら、魔剣を使うジークさんと親しい付き合いをするライラさんにも、冒険者達がギルド職員に騙されたことが分かったらしい。
いや、おそらく大半の冒険者は、気づくのだろうが。
……何せ、ドワーフが鍛えた魔剣は生半可なことがなければ、錆びたり壊れたりすることはないんだから。
ドワーフの作った魔剣をまねて人間が作った、準魔剣でさえ、ほとんど壊れることはない。
その準魔剣が、魔剣よりも数段劣る武器だと言えば、魔剣の頑丈さが分かるだろう。
もちろん、破壊されないと言うわけではないが、準魔剣は剣と言うより魔道具に近い。
故に剣を頑丈にしている機能を潰さない限り剣本体が壊れることはほとんどないのだ。
そして、その機能が潰れてしまえば、準魔剣でさえ機能を取り戻すことはなくなる。
魔剣に関しても、おそらくどうようだ。
「はぁ……」
その知識があったからこそ、僕はこんな錆びた大剣でまんまと騙された目の前の冒険者に対し、呆れを隠せない。
たしかに、詳細な知識を持っている冒険者は少ないが、魔剣が錆びない位の知識を持っている冒険者仲間がいなかったのかと。
「俺達が使おうと思って、この魔剣のことはずっと黙ってきたが、是非受け取ってくれ!」
「ギルド職員が、ほかの冒険者に知られれば奪いにこられても仕方ない、そう言っていたほどの一品だ!」
……暗にギルド職員に体良く言いくるめられたと示すその言葉に、もはや僕は何も言うことができなかった。
満面の笑みで、冒険者達のリーダーが魔剣を差し出してくるが、僕は曖昧な笑みを浮かべたまま受け取れない。
その気力がどうしてもわかなかった。
「これは詫びだ。気にせず受け取ってくれ!」
その僕の反応をどう勘違いしたのか、ぐいぐいとリーダーの男は錆びた大剣、がらくたを突き出してくる。
「ちょっといいかしら」
見ていられない、そう言いたげな様子でライラさんが声を上げたのは、そんな時だった。
「どうかしたか?」
突然ライラさんが声を上げたことに対し、ただただ不思議そうにしている冒険者達。
その態度が、何より雄弁に自分達が渡しているものが魔剣だと信じていることを示している。
そんな冒険者達の姿に、ライラさんは一瞬迷いを浮かべるが、すぐに意を決して口を開く。
「信じられないかもしれないけど……」
「な、なんてありがたいんだ!」
……僕が咄嗟に声を上げたのは、その時だった。
「え?」
想像もしていなかったのか、呆然としているライラさんに軽く頭を下げて謝りながら、それでも僕は笑顔を何とか維持しつつ、話し続ける。
「こんな立派な魔剣を手に入れられるなんて、本当に嬉しいなぁ。思わず、受け取れなかったよ」
「いや、これはあくまで詫びなので、気にしないでくれ!」
「そうそう!」
必死に口角を吊り上げながら、僕は誇らしげな冒険者達にそう言い募る。
もちろん、決してこんなガラクタが欲しい訳ではない。
せめて錆びてさえいなければ使いどころがあったかもしれないが、この大剣は飾れさえしないガラクタでしかない。
「こんなものを貰ったら、もう怒れないよ。今までのことは水に流そうじゃないか!」
──だが、こんなガラクタを貰うだけでこの場が収まるなら、何本でも貰う覚悟が僕にはあった。
「……ああ、そういう」
ぽつりと、横から聞こえたライラさんの同情のこもった声。
それに、少し心を救われながらも、僕は嬉しそうな演技を続ける。
「あー、でもこれほどのものをほかの冒険者に知られれば、奪われたりしないか心配だなー!」
「安心してくれ。絶対に俺達は誰にも口を割らない!」
「ああ! 今まで誰にも言ってこなかったんだ。これからも言わないさ!」
……よし、これで魔剣ががらくただと冒険者達が知る機会は潰した。
勘違いを知った冒険者達が再度押し掛けてくることはもうないそう確信した僕は、部屋の窓を指した。
「こんないいものをもらったところ悪いんだけど、他の人に見られないよう、窓から出てもらって良いかい?」
「任せてくれ。誰にも見つからず、ここから去ってみせるさ!」
早く帰って欲しいゆえの口実だと気づかず、得意げに窓に向かって歩いていく冒険者達。
「……ふぅ」
その姿に、ようやくナルセーナを探しにいけると、僕は小さく息を吐いた。
さすがに少し罪悪感を感じないでもないが、いつか奢ることで埋め合わせにさせてもらおう。
そう僕は心の中で決める。
……窓に向かって歩く冒険者達の足が止まっていることに僕が気づいたのは、そんなことを考えていたときだった。
まだ何かあるのか、内心不安を抱きながら僕は咄嗟に、笑顔を浮かべて口を開く。
「ど、どうかしたのか?」
その僕の声に反応し冒険者達は振り返るが──その様子はどこか今までと違っていた。
振り返ってから数瞬、冒険者達は迷うように目を合わせていたが、意を決したように僕の方へと向き直る。
「……今まで悪かった。お前は別に、欠陥でも無能でもなかった。俺が間違っていた」
そして、冒険者が告げたのは、小さくけれどはっきりとした言葉だった。
今までにない、真剣な様子で冒険者達が告げたその言葉に、僕は目を瞠る。
そんな僕に、さらに冒険者達は何か言おうとして、けれども一礼だけして次々と窓から、出ていってしまう。
「何だったんだ……?」
そして僕がそう呟いたときには、もう冒険者の姿はなかった。
ただただ、悪いところを自供して、望んでもないのに彼らの持つであろう最高級の武器……実際は使い物にならなかったが、をおいて去っていった冒険者達。
彼らの目的がどうしても分からず、僕は首を傾げる。
その問いに答えをくれたのは、思いもしない人物だった。
「……もしかしたら、ただ今までの自分の思いこみを、謝りたかっただけなのかも」
その声に反応し、横を向くとそこにいたのはどこか気を使うように、ライラさんがいた。
「どういうことですか?」
「ラウストにとっては、不快な話かもしれないけど」
そう前置きして教えてくれたのは、ライラさんが見た、冒険者達の僕に対する認識の変化だった。
「ジークが冒険者達の管理をしているのは知っているとは思うんだけど、実は私も少し手伝っていたの」
その時、ライラさんが見ていた冒険者達は、不安や恐怖が拭えないといった様子だったらしい。
「超難易度魔獣が二体あられたときの騒ぎようは、本当に酷いものだったしね。でも、ある時から変わったの。……いつか分かる?」
ライラさんの雰囲気が変わったのは、そのときだった。
その変化に内心驚きながら首を横に振ると、ライラさんはすぐに教えてくれた。
「ラウスト。あなたとナルセーナが、ロナウドさんより早くフェンリルを倒したときからよ」
「……え?」
想像してもいなかった理由に僕は目をみはる。
たしかに僕たちは、ロナウドさんより早くフェンリルを倒したが、それはあくまで限定的な状況下にすぎない。
それ故に驚きを隠せない僕に対し、呆れたようにライラさんは告げた。
「単純な話よ。彼らからすればラウストとロナウドさんの力に差を察する能力なんて持ってない。だから見たままに、ラウスト達が超一流冒険者に匹敵する存在に思えたんだと思うわ。分かりやすい言葉で言えば、この状況を打開しうる英雄にね。──つまりあなたは達今、冒険者達にとって超一流冒険者に次ぐ、希望なのよ」
……まるで想像もしていなかったことを告げるライラさんに、僕はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
そんな僕に、さらにライラさんは続ける。
「だから、今までの勘違いを謝りたかったんじゃないかしら。下手な言い訳までして」
……冒険者達が、僕を希望だと思っている?
まるで考えていなかったそのことに、僕は混乱せずにいられなかった。
だけど、納得できるのも事実だった。
何せ、最初謝りに来たと言った冒険者達の様子は、明らかにおかしかったのだから。
普通、謝りにたと言いつつ、陰口を暴露するような人間はいない。
けれどその謝罪が、この剣を渡すための口実だったとしたら。
──本当に言いたかったのは、最後の謝罪だったとしたら。
「……馬鹿だな」
そう理解し、僕は顔をうつむかせ本当に小さくそう呟いた。
別にどう思っていたとしても、今はもう責めたりなんてしない。
そんな事態じゃないのに、わざわざそれを告白にきた、冒険者達の馬鹿さに、笑ってしまいそうになる。
でも、あの冒険者達が僕は嫌いになれそうにはなかった。
……なぜか、その内心を一人以外、誰にも知られたくなかった僕は、うつむき必死にゆるみそうな口元をこらえる。
「やっぱり不快だった?」
それが、ライラさんを勘違いさせたことに気づいたのは、その言葉を耳にしたときだった。
焦りながらも、どう説明しようか迷う僕にライラさんは申し訳なさそうに、口を開く。
「ごめんなさい。虐めてきた人間の話なんて聞きたくないと思ったんだけど、あの冒険者達がなぜか親に必死に許してもらおうとする子供みたいに見えて。……そんな歳じゃないはずなんだけどね」
「……っ!」
──迷宮孤児、その言葉を聞いた時僕が思い浮かべたのは、その言葉だった。
そうか、あの冒険者達はマーネル達と……僕と同じなのか。
自分も同じであったがゆえに、僕はそのことを悟る。
そう理解したとき、僕は自然と笑って口を開いていた。
「いや、大丈夫ですよ」
「……本当に」
「ええ。何なら、ほかの冒険者達と話す機会を作ってくれても大丈夫ですよ」
その言葉に、心配そうにライラさんはこちらを見てくるが、少しして本心だと理解したのか、安堵したような表情が浮かんだ。
「無理はしないでよ」
「はい。ナルセーナを探したいので今は無理ですが、それ以外なら」
「……恋人がいない私に対する当てつけ?」
半目で見てくるライラさんに、僕は笑って誤魔化す。
今は無性にナルセーナに会って話したくて仕方なかった。
そんな僕にライラさんは、少ししてあきらめたように笑い、口を開こうとする。
「おら! 邪魔だお前ら!」
「お前らがどけよ!」
……だが、その直後部屋の外から響いてきた、多数の冒険者の声に、ライラさんの顔は凍りつくことになった。
鏡も見るまでもなく、自分も同じ顔をしているだろうと悟りながら、僕は部屋に続く唯一の扉へと目をやる。
僕があることに気づいたのは、その時だった。
……そう、迷宮都市にいる冒険者の数を考えれば、部屋に押しかけてくる冒険者が一組で終わるわけがないことに。
呆れきった様子のライラさんが、そう口を開いたのはそんな後悔をしていたときだった。
「はぁ。ラウスト、ここは私が対処するから、ナルセーナを探しに行ってきなさい」
「……え?」
「いいから。あなたは少し元気になったみたいだけど、ここまで押し掛けられたら休めないでしょ。それなら、外で気分転換してらっしゃい」
僕が何か言うを暇もなく、そう言いきったライラさんは外を指さし告げる。
「ナルセーナ慰めにいくんでしょう? なんか気に病んでいたみたいだし」
……その言葉に、僕は動きを止めた。
申し訳ない、という気持ちもある。
しかし、それ以上に僕はナルセーナが気になって仕方なかった。
「すいません、いつか埋め合わせします」
窓の方へと歩いていきながら、僕はそうライラさんへと頭を下げる。
「そう? 本当に気にしないでいいのよ」
ライラさんは、そんな僕に気にしていないと言いたげに手を振りながら、笑顔で告げる。
「それに、私もあの冒険者達にはようががあるから」
……そう告げるライラさんの様子がおかしいことに僕が気づいたのは、その言葉を聞いた瞬間だった。
「どんな理由があろうと、大人数で病人の部屋に押しかけるな。そんな常識も知らない人間がこんなに多いとは思わなかったわ。──少し、お話しないとね」
綺麗な笑顔を浮かべるライラさんの目、それが一切笑っていないことに気づいた僕は、無言で窓から部屋を出ることしかできなかった……。




