第63話 乱入者
「大丈夫なのラウスト? もう戦闘は終わったのだから無理しなくていいのよ」
ナルセーナが去ってからライラさんがやってきたのは、すぐ後の僕が魔道具に異常がないか確認を終えた時のことだった。
ライラさんは、先ほどまで意識を失っていたにも関わらず、何か作業をしている僕に対して心配を露わにしている。
そんなライラさんに何の問題もないと伝えるため、僕は笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。でも本当に大丈夫ですから」
だがその時であっても、僕の内心を支配するのはライラさんを呼ぶと告げたきり戻ってこないナルセーナについてだった。
なぜナルセーナの様子がおかしかったのか、理由がわからないことが、より僕の胸に不安を抱かせていた。
「……本当に大丈夫? なんだか様子がおかしいけど」
そんな僕の内心を知る由もないライラさんは、どこかぎこちない僕の表情に心配そうにしながら傷の診察を始める。
「嘘! ほとんど治ってる!?」
けれど、その表情はすぐに驚愕に塗り変わった。
信じられない様子でぺたぺたとほとんどふさがっている傷あたりを確認するライラさんへに、僕は苦笑いを浮かべながら告げる。
「実はライラさんがくる前に魔道具の確認をしていて、その際回復魔法を自分につかったんです」
そういいながら僕は、唖然とするライラさんの目の前で腕を動かしてみせる。
それも、ナルセーナにやって見せた時よりもはやく。
それだけ動かしても、もう僕が痛みを覚えることはなかった。
跡は残ってしまうかもしれないが、もうほとんど治ったといっていいだろう。
その効果を目の当たりにしたライラさんは呆然と呟く。
「……効果に関して聞いてはいたけども、時間がたった傷にこんなにも効果があるなんて」
「最低限、これだけ効果がないとあんな身体強化なんてつかえませんから」
驚きを隠せないライラさんに、僕は笑って告げる。
そう、本当なら僕の使う治癒魔法なら、瀕死の状態であれ意識を失う前の状態にまで治癒できたはずだった。
意識を取り戻した後は、何の問題もなく使うことができたからこそ僕の中で、《ヒール》が使えなかったあのときに対する違和感が膨れ上がっていく。
……その思考が実を結ばないなんて、もう百も承知なのに。
「どういう原理で、時間がたった傷まで治してるのかしら?」
一方のライラさんも、そんな僕の悩みに気づかないほどに思考に没頭していた。
思考が堂々巡りになる前に、考えるのをやめた僕は自然とライラさんの独り言に耳を向ける。
「そもそも、意識を失う前は看護しているナルセーナの方が倒れてしまいそうな状態だったのに、もう起きるとは思わなかったわ」
「え?」
……そして、何気なくライラさんが呟いた言葉に僕の顔は青ざめることになった。
僕の頭の中に、先ほどまで頭の中を完全に支配していたナルセーナの態度の不審さと、意識を取り戻した当初の慌てようが思い出され──つながる。
徐々に顔から血の気が引いていくのを感じながら、僕は理解する。
ナルセーナの不審な態度の理由、それは理解できた今からすれば、なぜ思いつけなかったと思ってしまうような単純な理由だったと。即ち。
「……ナルセーナは無理をした僕に怒っている?」
その言葉を口にした瞬間、額に冷たい汗が伝った。
フェンリルとの戦闘の際、僕が自分の回復を後にしたのは、決して無理をしようとしたからではなかった。
自分の《ヒール》なら、多少の傷ならば直せるという自信と、ここでフェンリルを倒しきれなかった方が後々危険だろうという、判断が元の行動だ。
意識を失ってしまったのは、《ヒール》の不調という予期せぬ事態が重なってしまったからにすぎない。
しかし、周囲にそれが分かるだろうか。
周りから、ナルセーナからすれば、僕はただ無茶をして倒れたようにしか見えないのではないか。
……そして、その僕に対する怒りが先ほどのナルセーナの態度として現れていたのだとすれば。
「すぐに謝って、説明しないと」
そこから、僕が自分のやらねばならぬことを導き出すのにようしたのは一瞬だった。
血を失いすぎたのかふらつく身体を無視し、僕はベッドから降りようとする。
「ど、どうしたのラウスト?」
そんな僕の突然の奇行に目を白黒しながらも、ライラさんは僕を止めようとする。
だが、ナルセーナのことで頭が一杯の僕が止まらない。
「ライラさん、ナルセーナのいるところ知りませんか?」
「ええ!?」
逆に、かつてないほど焦りに背を押されるままライラさんを問いつめる。
混乱したライラさんが答えられる状況にないのも気づかずに。
コンコン、とまるで僕を諫めるかのようなタイミングで、部屋の扉がノックされたのはそのときだった。
「し、し、失礼します!」
部屋の外に誰かがやってきた。
そのことに僕が気づいたのは、やけに緊張した男性のものと思われるその言葉が、部屋に響いた後だった。
「ラウスト?」
突然のことで多少落ち着きを取り戻したライラさんが、知り合いなのかと問いかけるようにこっちを見てくるが、僕は首を横に振って否定する。
一瞬マーネル達かと思ったが、マーネル達街の冒険者の中にこんな声をしている人間はいなかったはずだ。
「……安静にさせるために、ロナウドさん達と、ナルセーナ以外の面会はやめてもらうように言ってたんだけど」
その僕の態度に少し悩んだ後、ライラさんは呟きながら扉の方へと歩き出す。
そして、威圧するように胸を張って扉を開け放ち、口を開く。
「だから、もう少し状態が落ち……え?」
だが、それからすぐにライラさんの勢いは失速することになった。
ライラさんのその反応に、一体誰がやってきたのか気になった僕は扉の方をのぞき込もうとするが……その前に扉の外にいた人間達は動き出していた。
「き、緊急事態なんです!」
「すいません!」
「え? え、ええ!?」
そんなやりとりの後、ライラさんを押しのけて部屋の中に入ってきたのは……男性五人からなる中級冒険者のパーティーだった。
部屋に入ってきてから、まっすぐにこちらに向かってくるその姿を目にしながら、僕は内心困惑していた。
確かに僕は、この冒険者達が中級パーティーだと分かる位には知っている。
とはいえ、それはこのパーティーと親しいつき合いをしていたからではない。
あくまでギルドで二、三度見かけた程度の、名前どころかパーティー名さえ知らない関係でしかないのだ。
ゆえに、彼らがまっすぐ自分の方へと向かってくる理由も心当たりもない、はずだった。
「あれ?」
緊張した面持ちでこちらにやってくる冒険者達。
その姿にふと既視感を覚えた僕は、わずかに眉をひそめた。
こんな異常な状況に立ち会った経験など、滅多にないはずなのに、少し前に同じようなことがあったように思えて仕方ないのだろうか。
理由の分からぬ感覚に僕は思わず首を傾げる。
マーネル達のことが突然頭に過ぎったのはそのときだった。
そういえば、マーネル達も最初は僕を馬鹿にしていた冒険者だった。
それが大きく変化したのは、変異したヒュドラとの戦いで……僕がようやく既視感の理由に気づいたのはその時だった。
「……あ」
──そう、今の冒険者達の様子は、ヒュドラとの戦いを見た後のマーネル達と、酷似しているのだと。
今さらながら僕は、変異したフェンリルを倒した今は、あの時と状況が同じことに気づく。
そこまで気づいたとき、もう僕はなぜ冒険者がここにやってきたのか、その目的を理解していた。
無意識のうちにひきつった口元のまま、僕は何か対処をしようと思うが思いつかない。
その間に、冒険者達は僕の前にそろっていた。
彼らは僕が声も出すまもなく一斉に膝を突き、そして地面に額をこすりつけて叫ぶ。
「「「「「申し訳ありませんでしたああ!!」」」」」
その冒険者達、以前……マーネル達に冒険者ギルドで土下座する態度を目にしながら、僕は無言で目元を覆う。
──折角、マーネル達の問題を片付けたのに。
僕の心の嘆きに気づくこともなく土下座する冒険者達と、想像もしていなかった事態に項垂れる僕。
「……なにこれ?」
その光景を目にして、ライラさんの心底気味悪そうに呟く。
しかし、僕にはもうしばらくは説明する気力を取り戻せそうになかった……。
久しく十二時投稿できていなかったですが、できる限り元に戻せるように頑張ります。




