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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第62話 防衛戦の被害

更新遅れてしまい、申し訳ありません……。

「お前は本当に弱いな。私ならこの程度片手で倒せるぞ」


 そう言って、その人は呆れたように笑う。

 それは少なからずプライドを刺激する態度ではあったが、僕はその言葉を黙って聞いていた。

 何せ、その人の言葉は間違いない真実なのだから。


 迷宮の床に転がりながら、僕は顔を歪める。

 顔を横に向ければ、すぐ近くに隻腕のホブゴブリンの死体があった。

 もちろん、僕が倒したものではない。

 それどころか、僕は一切手も足も出ずこのホブゴブリンに殴られていた。

 助けられなければ、死体になっていたのは僕の方だろう。

 ホブゴブリンがハンデとして、腕を切り落とされたことを考えれば、僕がどれだけ弱いか分かるものだ。


 だが、それでも。

 いや、だからこそ、僕には一つの不満があった。


「……比べないで下さいよ」


 黒いローブで隠された顔を見上げながら、僕は小さく不満を漏らした。

 僕が弱いなんて分かりきっているのに、この人は一々自分と比べようとする。


 ……素の身体能力で、オーガに力勝ちする自分と僕を。


 勝てないことが分かりきっているのだから、と不満を露わにする僕を、その人は全く意にかいさなかった。


「何を甘いことを言っている、ラウスト? 私の身体能力程度、同族の中では一番弱いのだからな」


「だから何なんですか、その同族って? 僕は人族ですよ」


「いずれ分かる。お前にはまだ早い」


 そう言って、その人は僕に「同族」と呼ぶ意味を教えてくれなかった。

 意味ありげな言葉だけ繰り返す癖に、その人は決して肝心なことを教えてはくれない。

 それを知っている僕は、不満を覚えながらそれでも黙る。

 どれだけ頼んでも、これ以上教えてはくれないと知るからこそ。


 ただ、その時だけは少し違った。

 何時もなら、終わっていたはずのところで、その人は言葉を切らなかった。


「ただ、一つだけ言えるとすれば諦めるなよ、ラウスト」


 まるで未来の僕を見てきたかのような、力強い言葉でその人は言葉を続ける。


「弱くても折れるな。必死にあがき続けろ。そうすれば、いずれ全てが分かるたろう」


 そう言って、その人は顔を隠す僅かにローブを上げる。

 倒れていた僕からは、そのロープの下が顕になる。

 艶やかな黒い長髪に、誰もが絶世の美女というような整った顔。


 そして、額の部分に描かれた目のような刺青と、その中央から突き出た黒い硬質な突起物──角が。


「お前の成長を待っているぞ、最後の戦士よ」


 その言葉を最後に、僕の目の前に広がる光景が暗転した……。




◇◆◇




 目を開けると、目の前に広がっていたのは、灯りの魔道具によって照らされた天井だった。

 それがギルドの天井だと僕は気づく。

 その天井をぼんやりと見上げながら、僕が思い返していたのは先程まで見ていた夢の内容だった。


 角の生えた女性と、まだ少年だった頃の自分との会話。

 目を閉じれば、容易に思い出すことができるその光景に思いを馳せながら、僕は思う。

 あの夢は、既視感を感じる声の主は、一体なんだったのだろうかと。


 その夢は、眠っている間の空想だと断言するにはあまりにも鮮明だった。

 そう、実際に経験したことがあると言われても、信じてしまいそうな程に。

 だからこそ、僕は思わざるを得ない。


 関わりを持っていたわけがないのに、そんな記憶など存在しないのに。

 まるで、生き別れの家族にでも出会ったかのように、親しみを感じてしまうあの人は一体誰なのだろうかと。


「ああ、そうか」


 ふと、僕はその声に対する既視感の理由に気づく。


「あの時、聞こえた声なのか」


 ──私達の身体は無駄に頑丈なんだ。


 フェンリルとの戦闘中。

 捨て身の攻撃を決意し、死の淵に瀕した際思い出した言葉。

 それを教えてくれたのが、あの女性なのだ。


「……っ!」


 そのことに思い至ったのと、今の状況を僕が思い出したのは同時だった。


 フェンリルとの死闘。

 フェンリルを倒した後、ロナウドさんがグリフォンを倒したのを見届けて、意識を失ったこと。

 その全てを思い出した僕は、身体の痛みを無視し強引に上半身を起こす。


「ナル、セーナ?」


 僕のベッドの端、うつ伏せにもたれかかっている青い髪に気づいたのは、その時だった。


「……ん、あ」


 僕が動いた衝撃か、ナルセーナは寝心地悪そうに身動ぎをし、薄く目を開く。


「おにぃさんっ!」


 そして、上半身を起こした僕の姿を目にした瞬間、飛び起きた。


「いつの間に起きて……。ちがっ、それよりも傷の具合は……!」


 驚きと安堵、そして心配でころころと表情を変えながら、ナルセーナが椅子から勢いよく立ち上がる。

 そんなナルセーナに気圧されながらも、僕は咄嗟に口を開いた。


「お、落ち着いてナルセーナ。僕は大丈夫。ほら」


 そのことを示すように、僕は斬られた方の腕を回してみせる。

 ……瞬間、まだ治りきっていなかったのか痛みが走るが、顔には出さない。


「嘘、あれだけの怪我をしていたのに?」


 そのかいあり、ナルセーナが少し落ち着き、椅子に力なく座る。

 それを確認して、僕は口を開いた。


「まあ、これくらいの傷は日常茶飯事だったから。……それよりも、今どういう状況なのか教えて貰っていい?」


 ロナウドさんがグリフォンを倒したところを見ている僕は、最悪の事態にはなっていないと思っている。

 しかし、あの時点でまだ戦いは終わっていなかったし、ナルセーナと戦っていたリッチ達がどうなったのかも分かっていない。

 もし、街の人達に被害が出ていたりなんてすれば、僕は悔やんでも悔やみきれない。


 そんな僕の内心を、察知したのかナルセーナは慌てたように口を開く。


「あ、はい。そうですよね、お兄さんは今まで寝てましたもんね」


 そうしてナルセーナは、僕が気絶したところ、つまりロナウドさんがグリフォンを倒したところから、一体何があったのかを教えてくれた。


 僕が気を失ってから、戦闘はすぐに終わったらしい。

 というのも、僕達がフェンリルを倒した時点ですでにオーガ、リッチは倒されており、後は引き上げるだけだったらしい。


「そのお陰でお兄さんをすぐにライラさんに見せることができたんですが……ライラさん曰く、あの状態で攻撃されていれば、命が危険だったと」


 ナルセーナの心配の理由を悟った僕は、気まずげに目をそらす。

 たしかに無理をしたとは思っていたが、そこまで酷いことになっているとは思わなかった。


 そう考える僕の頭に浮かぶのは、気を失う前に直面した異常、《ヒール》についてだった。


 あの時、想定より遥かな治癒効果しか得られなかったことを思い出しながら、僕は思案する。

 あれは本当のことだったのかと。

 今まで、《ヒール》の効果が極端に下回るなんてこと、僕は体験したことはなかった。

 僕の扱う《ヒール》は、魔道具を使って効果を発揮している。

 魔道具に問題があったならば話は別だが、それ以外の要因で《ヒール》の効果が落ちるなどありえない。


「……きちんと、魔道具も手入れしていたよな」


 ベッドの脇に置かれた魔道具を確認しながら、異常がないことを確認した僕は、《ヒール》の効果が落ちたのは魔道具のせいではないことを確信する。

 だとすれば、あのできごとは極限状態であった自分の妄想にしか思えない。


 僕に対する心配を露わに、ナルセーナが口を開いたのはそう考えていた時だった。


「《ヒール》が普段のように使えない程消耗していたのなら、お兄さんの方を先に治療して良かったんですよ」


 その言葉に、僕は思わずナルセーナの顔を見返していた。


「……ナルセーナにかけた《ヒール》の効果も低かった?」


「え? はい。何時ものよりは効果が薄かった気がしたんですが……」


 僕だけではなく、ナルセーナも《ヒール》の効果の低さを感じていた。

 そのことを知った僕は、自分の思い違いではなかったと理解した。


 フェンリルとの戦いの際、むず痒さを感じた額に手をやる。

 《ヒール》の効果の低下の理由として、僕が唯一思いつけたのはあの時の異常な感覚だけだった。

 あの時何があったのかは知らないが、あの時の感覚と何か関係があるのだろうか。


 ……だが、いくら考えようが答えが出ることはなかった。


 今ここでどれだけ考えても、時間の無駄だろう。

 そのことを悟った僕は、心配そうにこちらを見るナルセーナへと口を開く。


「ごめん、大丈夫。話の続きをお願いしていい? 冒険者達は…….」


 わぁ、という大人数の歓声。


 それが響いてきたのは、僕がその言葉を告げようとしたその時だった。

 その騒ぎが、祝杯であると理解した僕は苦笑混じりでナルセーナに告げる。


「……うん。祝杯をあげられる程度には、元気そうだね」


「はい。被害がなかった訳じゃないんですが、ロナウドさん曰く、かなり少ないそうです」


 そう言って、ナルセーナが教えてくれた冒険者の死者は三十人程だった。

 決して少ない人数ではないし、負傷者がその何倍もいることを考えれば、通常では被害が少ないとは言えないだろう。


「たしかに、かなり少ないね」


 しかし、フェンリルとの戦いの際、迷宮暴走によって強化されているだろうワーム達に、 翻弄される冒険者の姿を見ていた僕は、思わずそう呟いていた。

 はっきりと確認したわけではないが、あの時冒険者達は混乱状態にあったはずだ。

 そんな状況で、死者が十数人というのはたしかに被害が少ないと言わざるをえなかった。

 そもそも、強化されたホブゴブリンやオーク達を相手にするだけで、下手すれば百人、いや二百人を超える死者が出てもおかしくないのだから。


 それがこんな被害で抑えられた要因として僕が思いついたのは、二人の人間だった。


「アーミアと、ライラさんのお陰?」


 魔法に関する才能は間違いなくトップレベルのアーミアと、王都で一流と呼ばれるパーティーに入っていたライラさん。

 あの状況を打開できたのは、この二人以外考えられない。


「違います」


 だが、その僕の判断をナルセーナは否定した。


「あの二人が目覚しい活躍をしたのは間違いないのですが、冒険者を守った最大の功労者は別の人間です」


「え?」


 まるで想像もしていなかった言葉に言葉を失う僕を真っ直ぐ見すえながら、ナルセーナは告げる。


「ミストとハンザム、あの二人がいなければ、もっと被害は大きくなっていた、とロナウドさんが」


 そしてナルセーナが告げた言葉は、まるで想像していなかった二人の名前だった。


「……ミスト達が?」


「はい」


 驚きを隠せない僕に、ナルセーナはミスト達の功績を教えてくれる。


 ミストは、ワームが現れた際の冒険者の混乱を抑え、城壁に戻るまでの殿を務め。

 ハンザムに至っては僕と共にフェンリルとたたかっていたナルセーナの代わりにオーガとリッチを抑えていたらしい。


「あの時ハンザムが加勢してくれなければ、間違いなく大きな被害が出ていたと思います。……認めるのは癪ですが」


 ハンザムに手助けされたことを、複雑な表情を浮かべながら語るナルセーナに対し、僕は思わず考え込んでいた。

 あの二人が大きな戦力を持つことは分かっている。

 しかし、その戦力を宛にできるとは一切考えていなかった。


 ミスト達とは、一応協力体制にある。

 とはいえ、あくまでそれは僕達と敵対しないため。

 迷宮暴走の中、生き残るために僕達に擦り寄っているだけなのだろう、僕はそう考えていた。


 だからこそ、自分の身を危険に晒しながら迷宮都市を守ろうとするミスト達に対し、驚きを隠せなかった。

 生き残るために僕達と協力したのならば、自身に被害が及びかねないよう動けばいい。

 なのにそう動かないミスト達に対する疑問が僕の中で膨れ上がっていく。


 ──ふと、僕の中である考えが浮かんだのは、その時だった。


「……そうか。ミストも迷宮都市を守らないといけない理由があるのか」


 僕に協力を求めるミストの姿が思い浮かぶ。

 あの時からミストは、やけに協力を求めるような素振りを取っていた。

 それは、ミスト達も何らかの要因で迷宮都市を守ろうとしているからではないのか。

 そう考えて、僕は小さく笑みを浮かべる。

 そんな僕に、不信を露わにするナルセーナが口を開く。


「でも、ミスト達はこの状況を作ったと言ってもいいような人間なんですよ。どれだけ協力してくれるかも分からないし……迷宮暴走が収まった途端、襲いかかってきてもおかしくないと思います」


 そのナルセーナの言葉に、僕は頷く。

 何か目的があってミスト達が協力していたとしても、目的を達成した途端敵に回るかもしれない。


「うん、分かっている。──それでも、迷宮暴走の間ミスト達を当てにできるのは大きい」


 そのことを理解した上で、僕は笑った。

 ミスト達を敵に回してはならない、ミスト達はそれだけ厄介だと師匠は告げた。

 それは裏を返せば、味方とすればこれ以上ない有用な存在となるということなのだ。


 例え期間が限定されていたとしても、その二人を戦力として数えられるのは大きい。

 そう考えた僕は、小さく笑みを浮かべる。


 あの二人ならば、リッチやオーガの対処を任せても問題ないだろう。

 そして、そうなれば超難易度魔獣を僕とナルセーナの二人で相手にすることができる。

 そうなれば、今回のように超難易度魔獣に苦戦することはなくなる、その自信が僕にはあった。


「なんとかなるかもしれない」


 絶望的だと思われていた迷宮暴走を生き抜く見込み。

 それを見つけたと判断した僕の声には、抑えきれない興奮が込められていた。

 部屋の中にいても聞こえる外の騒ぎを聞きながら、思う。

 あの騒ぎようも、今ならば理解できると。


 その興奮を共有しようと僕はナルセーナへと微笑みかける。


「そう、ですね」


 しかし、僕と違いナルセーナの顔に浮かぶ笑みはどこかぎこちなかった。


「……ナルセーナ?」


 その想像もしていなかった反応に、僕は動揺する。

 もしかして、自分が何かおかしなことをしてしまったのだろうか。

 そう考えた僕は、咄嗟に今までのことを思い返す。


 ──そして僕が気づいたのは、今までのナルセーナの態度のおかしさだった。


 僕にナルセーナが教えてくれたのは、かなり明るい話だ。

 被害は最小限で済み、迷宮暴走を耐える見込みが出てきて、冒険者達は祝杯を上げている。

 それは、間違いなく嬉しい報告でだろう。


 ……にもかかわらず、それを話すナルセーナの態度はそれにそぐわないものだった。

 思い返す限り、ナルセーナが喜びを露わにしていた所はなかった。

 それどころか、何か気落ちしているかのような態度だった。


 一体何かあったのか、僕はそう聞こうとして……その前にナルセーナは立ち上がった。


「では、私はそろそろライラさんを呼んで来ますね。他の人達にも、一番の功労者が起きたと伝えないと行けませんし」


 そう言いながらナルセーナは、早足で歩き出す。

 まるで、僕からの会話を避けるような態度で。


「……っ!」


 その背中に、僕は声をかけることができなかった。

 その間に、ナルセーナの足音は通さがっていく。

 もう、自分の声が届かないだろう所までナルセーナが言ってしまったことを悟って、僕は小さく呟く。


「またこの部屋に来てくれるのかな……」


 部屋の中には、ナルセーナが座っていた椅子がぽつんと残っていた。

コミカライズ二話まで更新されておりますので、是非よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
「……そうか。ミストも迷宮都市を守らないといけない理由があるのか」 →今更遅くないですか? 最初から迷宮都市を守る為に協力しようと話しているのでは? 具体的に役割分担の話とかしないからわけわからないっ…
そんな状況で、死者が『十数人』というのはたしかに被害が少ないと言わざるをえなかった。 →直前に30人程と言ってますが? この場合『数十人』になるのでは?
[一言] 誤字か脱字か悩みどころの報告です。 二章 迷宮都市 第62話 防衛戦の被害  そう考える僕の頭に浮かぶのは、気を失う前に直面した異常、《ヒール》についてだった。  あの時、想定より(遥…
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