第61話 第一次城壁防衛戦 Ⅹⅱ
ラウスト視点となります。
コミカライズも更新されておりますので是非。
ようやく、この時が来た。
そう僕、ラウストが確信したのは、ナルセーナがフェンリルとの激しい戦いを繰り広げているその時だった。
フェンリルまでの距離をつめながらも、僕は笑っていた。
一歩歩くだけで、身体は激しい痛みを訴えてくる。
この状態では、フェンリルの無造作な一撃さえ、避けることはできないだろう。
今フェンリルに気づかれれれば、僕はろくな抵抗もできず、あっさりと死ぬだろう。
それを理解しながら、僕はまるで気負うことなくフェンリルへと歩いていく。
フェンリルが自分の方を見るなんてありえない、僕はそう知っていた。
まるでこちらに注意を払わないフェンリルの態度は、僕が動けるなんて夢にも思っていないことを物語っている。
今まで《ヒール》も使わず、動けないように振舞っていたのが功を奏したか、と僕は笑みをさらに深くする。
あの時点で《ヒール》を使えば、ナルセーナの負担になる上、フェンリルを倒せる機を逃す。
そう考えた自分の判断は正しかったらしい。
だが、フェンリルが自分から意識を逸らす一番の理由が、その判断でないことを僕は知っていた。
──僕からフェンリルが意識を逸らしたのは、頼りになる相棒が完全に注意を引いてくれるからだと。
彼女がこうして動いてくれなければ、僕の企みが成功することはなかっただろう。
血を失いすぎたせいか、僕の手からは青白く血の気が引いていた。
捨て身の攻撃が応えたのか、フェンリルはナルセーナと戦っている中、僕から注意を逸らすことはなかった。
あのままの状況が続いていれば、僕は意識を失っていたか、フェンリルが攻撃しないことを祈りながら、《ヒール》を行うしか選択肢がなかっただろう。
だからこそ、全ての盤面を整えてくれたナルセーナに、感謝を抱かずにはいられなかった。
今もなお、彼女とフェンリルの激しい戦いは続いている。
状況だけ見れば、フェンリルの方が押されているように見える。
しかし、息を荒らげる武闘家の姿を見れば、本当に優勢なのはフェンリルだと分かるだろう。
それを知っているからか、フェンリルの姿には余裕があった。
猛攻に対し、冷静さを失わずに対応している。
あと数秒で勝利。
その確信が、フェンリルの目に浮かんでいた。
──勝利を匂わせ、自分だけに注目させることがナルセーナの狙いだと気づかずに。
フェンリルは知らないだろう。
ナルセーナが猛攻をはじめたのは、僕と目が合った直後。
僕の狙いを悟ってからなことを。
ナルセーナはどれだけ上手くことが進んでも、短期決戦でフェンリルに勝てるなんて思っていない。
それでもナルセーナが攻撃の手を止めないのは、他に目的があるからだ。
ナルセーナに勝てようが関係ない。
なぜなら、猛攻に応えてしまった時点で、フェンリルはナルセーナの手のひらの上なのだから。
「はっ、はっ、はっ」
とうとう限界を超えたナルセーナが地面へと崩れ落ち、勝利を確信したフェンリルが笑う。
──ナルセーナが、もう目的を達したことに気づきもせずに。
その時、既に僕はフェンリルのすぐ後ろ。
短剣の間合いに、フェンリルの巨体を捉えていた。
「ごめん、そしてありがとう。ナルセーナ」
「Fii──i!?」
今さら背後の存在に気づき、身体を震わせるフェンリルを見ながら、僕は思う。
ナルセーナは、どれだけ有言実行すれば気が済むのだろうと。
僕のパーティーに入ってくれたこと、それだけで充分な位、僕は救われている。
それだけで飽き足らず、宣言通り頼りになる相棒として、ここまで状況を整えてくれた。
だったら、僕だって少しぐらい期待に応えなければしまらない。
一時は収まっていたはずの額の疼きを感じながら、僕は振り返ったフェンリルへと、短剣を振り上げる。
僕に残された余力はたった一撃。
しかし、それで十分だと僕は知っていた。
「はぁぁああああああ!」
「Fii───────iiii!!」
自分が絶望的な状況にある。
短剣が迫る状況下、ようやく気づいたフェンリルが、必死に唯一動ける方の前足……僕が折った爪を捩じ込んでくる。
しかし、もはやその抵抗も無意味だった。
僕の振り下ろした短剣は、簡単にフェンリルの爪を砕き、勢いを失うことなくフェンリルの身体へと届く。
そして、その短剣は深々とフェンリルの身体を引き裂いた。
「Fiii」
身体から、おびただしい血を流しながらフェンリルが、憎悪の炎に燃える双眼で僕を睨む。
だが、それがフェンリルにできる最後の抵抗だった。
短剣を引き裂くと、ぐったりと力を無くしたフェンリルの身体が地面に横たわる。
それが、フェンリルの最後だった。
◇◆◇
憎しみの炎に燃えていたその目から、光が消えていく。
フェンリルの死を、僕が認識したのはその時だった。
快勝何て、口が裂けてもいえないけれども、フェンリルを倒すことができた。
僕が限界を迎えたのは、そう認識した時だった。
フェンリルを倒せたという安堵か、それとも身体の限界が来たからか、突然身体に襲いかかって痛みと倦怠感に、僕は思わず膝をつく。
「お兄さん……!」
自分も、フェンリルとの戦いの疲労で、立ち上がれないにもかかわらず、ナルセーナが声を上げるのが聞こえる。
そのナルセーナの声に反応する余裕さえ僕にはなかった。
「……まだ意識を失うなよ」
周囲から聞こえてくる怒号に、僕は血が滲むほど拳を握りしめ、意識を保とうとする。
たしかに、フェンリルは倒せた。
それが大きく戦況を左右することは間違いない。
それでも、まだ戦いが終わっていない。
ここで戦線離脱するのは、早すぎる。
そもそも、このまま意識を失えば僕でも死にかねない。
そう判断した僕は、身体に未だ突き刺さっていたオーガの短剣を、強引に引き抜いた。
「……っ!」
痛みになれている僕でさえ、叫んてしまいそうな痛みが頭を貫き、一瞬眠気が吹き飛ぶ。
その一瞬の内に、動きの鈍い身体に鞭を打って、僕は何とか魔石具を複数取り出す。
その際、掴み損ねた魔石具が地面にばらけるが、それに気を回す余裕は僕にはなかった。
「《ヒール》、《ヒール》」
必死に意識を保ちながら、僕はナルセーナ、それから自分へと《ヒール》を唱える。
「間に、あったか」
短剣で切りされた傷が治癒されていく感覚、それを感じて僕は息をついた。
さすがに傷つきすぎた今の状況では、すぐに戦闘ができはしない。
だが、少しすれば問題なく動けるはずだ。
そう考えながら立ち上がろうとして──目の前に地面が広がったのは、次の瞬間だった。
「あ、れ?」
一瞬、僕は何が起きたのか分からなかった。
一拍の後、自分が前のめりに倒れたことを僕は悟る。
バランスでも崩したのか、そう考えながら僕は地面に手をつこうとして……その時になってようやく気づく。
なぜか、自分の身体が動かないことに。
「───! ────!」
何とか顔を上げると、顔を歪めたナルセーナが何かを叫んでいた。
にもかかわらず、何を言っているのかさえ認識できなくて。
「どう、いうことだ?」
……自分の身体が、まるで回復していないことを僕はようやく理解した。
なぜ、こんなことが起きたのか僕には理解できなかった。
たしかに、今回の僕の負った傷は、今まで負った傷と比べても重い。
だが、いつも通り《ヒール》が発動していれば、動けるようにならないとおかしい。
今まで、《ヒール》を何千回と扱ってきた僕の経験が、そう告げる。
そこまで理解できたからこそ、余計何が起きたのか僕には理解できなかった。
そんな思考さえも、眠気に飲み込まれていく。
「くそ……」
そんな状況でも、僕は必死に抗おうとしていた。
動かない身体に鞭を打ち、地面に散らばる魔道具へと手を伸ばす。
まだ、戦いは終わっていない。
ここで意識を失ってたまるか、そう必死に魔道具を掴む。
しかし、そう自分を奮い立たせてられたのも、少しの間だけだった。
何とか魔石具を掴むも、もう僕には《ヒール》を唱えるだけの余裕はなかった。
突如、地面が大きく震えたのは、そんな時だった。
「……っ!」
もう半分も開かない目をその振動の方へと、僕は向ける。
そこにいたのは、地面に横たわるグリフォンの巨大だった。
その近くには片方の羽が切り落とされており、身体中傷だらけの状態だ。
そして、その巨体の上には光る魔剣を手にしたロナウドさんが立っていた。
──そうか、ロナウドさんもグリフォンを片付けたのか。
そう悟った瞬間、必死に意識を保っていた力が抜ける。
そして、僕の目の前は暗転した。
長くなってしまいましたが、第一次城壁防衛戦に関しては、これで終了になります。
本当に間延びしてしまい、申し訳ありません。もっとスリムにする予定だったのになぁ……。
そして、前書きでも記させて頂きましたが、3月27日に治癒師コミカライズ二話が更新されておりました!
コミカライズ二話も本当に素敵に書いて頂いており、特にライラの登場シーンや、ナルセーナ回想シーンなど、本当に素敵に書いて頂いておりますので、読まれていない方は是非!




