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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第60話 第一次城壁防衛戦 ⅩⅠ

更新遅れてしまい申し訳ありません。

今回はナルセーナ視点だけとなります。

 今まで、私はフェンリルとの戦いで全力を出していなかった。

 正しく言うならば、できるかぎり体力の消費を少なく攻撃を避けること専念していた。

 今の状況での短期決戦が私に不利なのは明らか。

 そう分かっていたが故に、私はできるかぎり体力の消耗を抑えようとしていた。


 その制限を、今取り払う。


「はぁぁあああ!」


 声を張り上げ、私は自らフェンリルまで距離を詰め、殴りかかる。


 一瞬、急に好戦的になった私に対し、フェンリルが警戒を顔に浮かべる。

 だが、その困惑は僅かな間のことでしかなかった。


「Fi──i」


 私の行動を、やけになったものだと判断したのか、フェンリルはその顔に笑みを浮かべた。

 そして、ゆっくりと向かってくる私に向けて、血だらけの爪を振り上げる。

 そこには真正面から当たれば、私に負けることなどありえないという絶対の自信が浮かんでいた。


 ──それこそ、私が望んでいた行動だと気づかずに。


 変異した超難易度魔獣の攻撃は、いくら身体強化スキルがあろうが、拳だけで受けられるものがない。

 そんなこと、今までの経験から私は知っている。

 だから、最初から私はカウンター狙いで戦っていたのだ。

 なのになぜ、私が全力でフェンリルと殴りかかったのか。


 その全ては、フェンリルの攻撃を誘うためだった。


 フェンリルが大きく振り上げた爪を振り下ろそうとするのを確認し、私は走る速度を落とす。

 その時になって、フェンリルも私が何かを狙っていたことに気づく。

 しかし、もう遅かった。

 振り下ろされたフェンリルの爪は、もう止まりはしない。


 自分の目の前を通過していく爪をみながら、私は笑う。


「今からが、私のターンだから」


 今まで散々攻撃を受けていた私には、爪の軌跡を想像するのは容易なことだった。


 その爪の軌跡に合わせて回避することや──爪に合わせて攻撃することも、また。


「はぁぁあ!」


 フェンリルが爪を振り下ろした直後、そのタイミングに合わせに私は蹴りを繰り出していた。

 爪の側面に当たった蹴りは、衝撃を通過してフェンリルの前足をさらに破壊していく。


「Fiiii───i!!」


 フェンリルが悲痛な悲鳴を上げながら、爪を庇うように地面に転がる。

 そのフェンリルの姿に、私は小さく笑みを浮かべる。


「……っ!」


 けれど、私が笑みを浮かべていられたのは、フェンリルの目を見るまでのことだった。


 爪から多量の血を流し、痛みに悶えるフェンリルの姿は限界が近いのは容易に想像できる。

 そんな状態にあってなお、フェンリルの目には、弱まることのない憎悪の炎が燃えていた。

 そして、その憎悪の炎の中には私に対する嘲りが浮かんでいた。


 ……フェンリルの爪を、無力化することはできなかった。


 私がそのことを理解したのは、その時だった。

 できれば、フェイクで一度勢いを殺してからの一撃では、威力が足りなかったらしい。


「しぶとい!」


 思わず悪態をついた私と対照的に、フェンリルは嘲りの表情を深める。


 攻撃手段の一つを潰すという一番の目論見、それだけは回避したぞ。

 そう言いたげに。

 そのフェンリルの表情に、私は顔は苛立ちを隠せない。


 けれど、私の反応はそれだけだった。

 私は一切の動揺も見せず、フェンリルへと走り出す。


「Fii!?」


 そんな私の態度に、フェンリルの方が動揺を露わにすることとなった。

 爪の無力化という目論見を潰されたにもかかわらず、一切迷わず動きどした私に対し、混乱が隠せていない。

 その態度こそが、致命的な反応の遅れを招くことにも気づかずに。


 そんなフェンリルに、私は拳を向ける。


「だから、言ったでしょ」


 フェンリルの爪が無力化できているのが最善だったのは、たしかだ。

 けれど、フェンリルの爪の無力化は私の一番の目的ではなかった。

 ついでに、フェンリルの爪が無力化できれば、幸いというその程度のものでしかない。

 フェイクで威力が弱いことになっても、確実に攻撃を当てることを優先した理由は一つ。


 ──私が一転攻勢に出れるだけの隙を作るためなのだから。


「今からが、私のターン、だって」


 その瞬間、ようやく痛みに悶えている暇などないことにフェンリルが気づき、私から距離を取ろうとする。

 だが、もう間に合いはしなかった。

 逃げようと立ち上がった時点で、私はフェンリルの身体を攻撃範囲に捉えていたのだから。

 最後の抵抗とばかりに、フェンリルが先程私の蹴られた方の爪で身体を庇う。


 そして、私の猛攻が始まった。


「はぁぁあああああ!」


「Fi────i!」


 猛攻から一秒経過。

 私は後など考えず、全力でフェンリルに攻撃を叩き込んでいた。


 拳、蹴り、膝、肘。


 ロナウドさんから教えてもらった攻撃を、ここぞとばかりにフェンリルの身体に叩き込む。

 一方のフェンリルは、傷ついた前足を必死に動かし、私の攻撃から身を守っていた。

 激痛が身体を蝕んでいる様子だが、それを気にする余力さえないのだろう。

 必死に雄叫びを上げながら、私の猛攻を耐えようとしている。


 猛攻から三秒経過。

 その頃には、フェンリルの前足は血みどろという言葉さえ、追いつかない状態になっていた。

 そんな爪へと、私はとにかく攻撃を繰り出す。


 もはや私は、攻撃の威力など考えていない。

 にとにかく攻撃することだけに専念する。

 一つの攻撃ではフェンリルの身体に大きなダメージを与えることはできないが、反撃できない状況に追い込むために全力で攻撃を続ける。



 猛攻から五秒経過。


「Fiiii……!」


 一撃は弱いとはいえ、武闘家の透過スキルが合わさった攻撃を何度も受けるうち、フェンリルが苦痛の呻き声を漏らし始める。

 前足はさらに傷ついており、もう身体を庇える時間は限られているだろう。

 そしてフェンリルの身体に攻撃を当てられるようになれば、私の勝利は確定する。


 しかし、フェンリルはまだ諦めていなかった。

 フェンリルは苦痛に顔を歪めながらも、必死に私の攻撃を傷ついた爪で耐えようとする。

 そんな中、私とフェンリルの目が合う。

 そのフェンリルの目は、真っ直ぐ私を見抜いていた。


 お前も限界なんだろう、と言いたげに。


「はぁっ、はぁっ」


 ……少し前から、止まらない荒い息がフェンリルの言葉の何よりの証明だった。

 フェンリルと同じく、私に残された体力は多くなかっあ。

 肺が苦しく、酸欠のせいか視野が狭まる。


 身体強化を最大限使えるようになったことで、私の肺活量も持久力も上がっている。

 だが、もうそれも限界だった。


 腕が鉛のように重い。

 もはや、がむしゃらに殴ることしかできなくなっていた。


 それでも、あと少し。

 もう少しで、フェンリルの前足を突破することができる。

 ここで諦められる訳がなかった。


 本当に最後の最後。

 私は雄叫びを上げる。


「はぁぁ、ぁぁああああ!!」


「Fiii!!」


 私の拳が威力を増したことで、フェンリルがさらに悲痛な叫びを上げる。

 それでも、必死にフェンリルは食いついてくる。

 ここを耐えれば、私はもう動けない。

 そう知るからこそ、必死に足掻く。


「Fiiii──i!?」


 そして猛攻開始から七秒経過、とうとうフェンリルの前足が身体の前から離れた。

 ぐったりとした前足が、血を流しながら弾かれフェンリルの身体ががら空きとなる。


 ようやく訪れた、待ち望んでいた瞬間。

 フェンリルの腹部へと私は、重い拳を全力で叩きつける。


「Fii」


 その一撃に、フェンリルの口から血が一筋流れ──それが私の限界だった。


「ひゅぅ」


 フェンリルを殴った体勢のまま、私は膝から崩れ落ちる。


「はっ、はっ、はっ」


 空気を求め、必死に喘ぐことしかできない私に、もうできることはなかった

 もはや、腕一本さえ動かせる気がしない。


「Fi───i!」


 そんな私に勝ち誇るように、フェンリルは小さな咆哮を上げた。

 ゆっくりと口を開き、鋭い牙を顕にする。

 そのまましばらく、フェンリルは動かなかった。

 まるで私に憂さ晴らしをしようとするかのよう、ぎらついた目でこちらを見てくる。


 その時、確実にフェンリルは勝利を確信していた。

 間違いなく、もう自分が負けることはないとそう思い込んでいた。


 その思いをフェンリルが隠そうともしなかったからこそ──私は笑わずにはいられなかった。


「ふ、ふふ。ああ、おか、しい」


 まだ息が整っていないせいで、笑うだけで辛い。

 なのに、私は笑いを堪えられない。


 自分が圧倒的に不利だと気づかないフェンリルが、どうしてもおかしくて。


 笑う私に対し、フェンリルの目に不機嫌さが浮かぶ。

 その姿に、私はフェンリルがまだ分かっていないことを知る。


 今までの私の攻撃の全ては、ただの布石でしかなかったことに。


「ごめん、そしてありがとう。ナルセーナ」


 ──そのことにフェンリルが気づいたのは、フェンリルの背後から、その声が聞こえたその瞬間だった。


「Fii─i?」


 呆然とフェンリルが目を見開く。

 その目が何より雄弁に、フェンリルの困惑を物語っていた。


 なぜ、お前の声が聞こえるのか。

 あれだけ傷ついていたはずのお前が、どうして動けるのか、そう言いだけに。


 フェンリルの顔に浮かぶ悲痛な表情は、フェンリルが今になって自分の失態に気づいたことを示していた。

 そう、フェンリルは私だけに専念していてはいけなかったのだ。


 本当に注意せねばならなかった敵が誰なのか。

 ようやく気づいたフェンリルへと、私は笑う。


「残念。私は、囮なの」


 フェンリルの身体の隙間から、後ろに立つ人物が見える。


 そこにあったのは、血だらけの状態で──短剣をフェンリルへと振り上げたのお兄さんの姿だった。

次回はラウスト視点となります。

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― 新着の感想 ―
そのフェンリルの表情に、『私は顔は』苛立ちを隠せない。 →『私の顔は』ではなく? もっと言えば、一人称視点で自分の顔は見えないので『私は』になるのでは? フェンリルと同じく、私に残された体力は多く『…
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