第58話 第一次城壁防衛戦 Ⅸ
ナルセーナ視点となります。
後書きにお知らせを記載しておりますので、見ていただけますと幸いです。
「Fii────iiii!」
戦場を貫くような悲痛な悲鳴を、フェンリルが上げる。
その間に、距離をとることに成功した私は、密かに拳を握りしめた。
なんとか間に合った、そう思って。
「……よかった」
足に残る余韻を感じながら、私は確信する。
あの一撃は間違いなくフェンリルの芯に響いたと。
苦しみに悶えるフェンリルに、お兄さんを手にかける余裕がないことは明らかだった。
いくらフェンリルでも、私から注意を背けることなどできはしないだろう。
そう私は笑って……拳をフェンリルへと向けて構えた。
「今からが本番、ね」
ゆっくりと、痛みに悶えていたフェンリルが顔を上げる。
その目に浮かぶのは、炎のような憎悪だった。
「Fi─────i!」
咆哮と同時に、フェンリルが私へと牙を剥く。
瞬間、その巨体は私へと迫っていた。
その牙が肌に赤い線を刻む。
それでも、その牙が私の身体を貫く寸前、私は何とか横へと飛び退くことに成功する。
だが、牙を避けることに成功してもなお、私に安堵する暇が与えられることはなかった。
「Fi──i」
まるで私が避けることを想定していたかのように、フェンリルは爪を私に向けていたのだから。
牙を避けた直後、まるで想像していなかった攻撃を私は避けられない。
咄嗟に、手甲に守られた腕を前に出しながら、全力で後ろへと跳ぶ
「……っ!」
次の瞬間、オーガなど比にならない力を受けた私は、大きく後ろへと吹き飛ばされていた。
咄嗟に後ろに跳んだお陰か、傷は地面にぶつけたでの打棒程度で済んだが、それでも衝撃を無視はできなかった。
あえて地面を自ら転がり距離を取りながら、私はフェンリルという脅威に対する認識を改める。
「強すぎる……!」
筋力強化、単純すぎるフェンリルの能力。
それ故に、私の中で取りたたて脅威という認識はなかった。
しかし、オーガどころか、以前戦った変異したヒュドラさえ、優に超えるその力を目の当たりにして、思い知る。
圧倒的な力は、それだけで大きな脅威なのだと。
何とか距離を取って顔を上げると、フェンリルは私を攻撃したその場所から動いていなかった。
立ち上がった私を見て動き出すが、その動きも明らかに鈍い。
私の一撃は、間違いなくフェンリルに大きなダメージを与えている。
「手負いで、これ?」
なのにフェンリルは、まだあれだけの力を発揮できる。
お兄さんはこんなフェンリル、それも万全な状態の時に一人で、相手にしていたのか。
気づけば、私の顔は自然とひきつっていた。
「Fi─────i!」
そんな私へとフェンリルは、咆哮と共に動きだす。
フェンリルの巨大が迫ってくるのを目にしながら、私は理解せずにはいられなかった。
これは、今までの自分では相手にできない存在だと。
お兄さんと一緒なら、勝てる。
でも今は、お兄さんを守るための戦い。
大きな傷を負ったお兄さんを頼りにすることなど、できはしない。
私一人で、フェンリルを止めなくてはならないのだ。
そう理解した私は──笑いながら、拳を前に構えた。
「来なさい」
それを挑発と考えたのか、フェンリルの顔に浮かぶ憎悪がさらに激しくなる。
ただ、もう私がそんなものに気圧されることはなかった。
たしかに今までの私……数分前の私なら話は別だったかもしれない。
けれど、もう私は以前までの自分とは違う。
その確信しと共に、私は自分からフェンリルへと走り出す。
「Fi──i」
走り出した私に、フェンリルの目に驚愕が浮かぶ。
それは一瞬にも満たない間のことで、すぐにフェンリルその目に呆れが浮かべ、爪を向ける。
向かってくる私を見て、愚かな行為だと嘲るように。
だが、そのフェンリルの態度に私が一切心を揺らすことはなかった。
ただ、真っ直ぐにフェンリルへの距離を詰めていき、拳を握りしめる。
フェンリルの爪と真っ向から打ち合えば、自分の手は手甲諸共潰されるだろう。
だが、私は一切躊躇することなくフェンリルの爪へと、強く握りしめた拳を振りかぶり、私とフェンリルがぶつかった。
「Fiii─────i!!」
──その直後、悲痛な悲鳴を上げながら仰け反ることになったのは、私ではなくフェンリルの方だった。
爪を血に染め、何が起きたか分からないと言いたげに狼狽えるフェンリルに、無事な手を見せつけながら私は笑う。
私のやったことは、以前ヒュドラと戦った時とほとんど同じ、カウンターだった。
相手の攻撃に合わせて攻撃し、ダメージを上げる。
とはいえ、今回は以前ヒュドラと戦った時とは違い、フェンリルとまともに打ち合えば、私の腕も持たない。
だから、私はフェンリルの爪を真っ向から向かい打つのではなく、横から叩いたのだ。
武闘家の打撃透過の能力を使って。
結果、フェンリルは爪ではなく、それを支える指を大きく破損することになっていた。
爪をつたって地面に零れ落ちていく出血量から考えるに、フェンリルの指はまともに動かすのさえ辛いだろう。
それを見ながら、私は小さくつぶやく。
「ロナウドさんの言ってたとおり、か」
──スキルを介さずに身体強化できるようになれば、その身体能力がスキルで強化される。新たに身体強化のスキルを得たかのように動ける、そう言っても過言ではないよ。
今私は、教えてくれた時に言っていたロナウドさんの言葉を自分の身によって実感していた。
まるでさらにスキルを重ねがけけしたしたように動く自分の身体。
そして、それによって爪を破壊されたフェンリルの姿を見ながら、改めて私は確信する。
自分の判断は間違っていなかったと。
「今の私は、数分前の私と別物だから」
そう言って、私は憎しみを湛えたフェンリルの目を真っ向から見つめ返す。
「Fi──i」
その瞬間、怒りからかフェンリルの身体を覆う威圧感が増す。
しかし、もう私にはその態度も虚勢にしか見えなかった。
私だって、決して万全なわけではない。
ここまで走ってきたせいで呼吸もまだ整ってない上、守らねばならない人がいる。
ダメージが多いのか、未だお兄さんは先程の場所から動けてすらいない。
しかし、それ以上にフェンリルの方が状態が遥かに悪かった。
私の一撃で大きく傷ついており、二つの爪も両方とももう使えない。
あと残る攻撃は牙だけで、一つの攻撃だけなら私は容易に避けられるはずだ。
「お兄さんから気をそらさない限り、私の方が有利」
お兄さんにやられたと思わしき、折れた爪を見ながら私はそう確信する。
故に私は、フェンリルが飛びかかってきた時、反応が遅れた。
……自分へと向けられた爪を目にして。
「Fii──────ii!!」
「嘘!」
一瞬私は動揺するが、それでも何とか転がってフェンリルの爪を避ける。
そして顔を上げると、地面を強く抉ったフェンリルの爪からは、さらに強く血が吹き出ていた。
爪からどんどんと流れ落ちていく血は、地面に水たまりを作っていく。
「Fiii─i」
にもかかわらず、フェンリルは一切爪に気を払っていなかった。
決してダメージがない訳ではない。
魔獣だって痛みを感じることは知られているし、フェンリルが痛みを感じていないわけはない。
なのにフェンリルは、まるで傷ついた爪をいたわることなく、振り上げる。
一直線に自分を見つめるその目を見て、思い違いをしていたことに私が気づいたのは、その時だった。
「……っ!」
状況的に間違いなく自分の方が有利だと、今まで私はそう思っていた。
その考えをフェンリルも抱いていると思っていた。
……しかし、違った。
ぎらぎらと輝くフェンリルの目を見て、私はようやく悟る。
──フェンリルもまた、自分の方が有利だと思い込んでいることを。
そして、フェンリルの猛攻が始まった。
この度なのですが、何と本作「パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき」がコミカライズ決定&開始いたしました!
これも全て、応援して下さいました読者様のお陰です。本当にありがとうございます!
そして、コミカライズ開始日になのですが、実は二日前の2月28日となっております。完全に更新が遅れてしまい申し訳ありません……。
活動報告では既に紹介させて頂いているのですが、鳴海みわ先生によってモンスターコミックによって連載中です!
凄く分かりやすく丁寧に仕上げて頂いていますので、興味がある方は是非!
活動報告にリンクを貼っておりますので、よろしくお願いします!




