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パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき  作者: 影茸
二章 迷宮都市

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第57話 第一次城壁防衛戦 Ⅷ

ナルセーナ視点です。

 遥か先、武器も持たずたたずむお兄さんは、立っているのがやっとの状態だった。

 その身体を囲うのは、変異したフェンリルと、 オーガ二体。

 それは、絶望的な光景だった。

 誰であろうと、それを見ればもう手遅れと言うような。


 私は身体強化を全開で走る。

 だが、お兄さんのいる場所は遠かった。

 フェンリル達でさえ、勝負が決まったと考えているのか、攻撃の手を止めている。


 それでも、私は迷うことはなかった。


 不安は皆無だなんて言うつもりはない。

 ただ、この状況においても私はま、だ捨てていなかった。

 お兄さんは、この状況においても何かを狙っているという確信を。


 そして、その私の考えに応えるかのように、お兄さんが笑ったのが分かった。

 声が聞こえる距離でもないのに、お兄さんが何か言ったのか理解できる。


『ありがとう』


 お兄さんは怪我をしているのが信じられない機敏な動きで、オーガ二体の頭を鷲掴みにしたのは、その直後だった。


 お兄さんが狙っていたのは、この捨て身の攻撃だと私は理解する。

 攻撃を受けたその瞬間から、お兄さんは確実にオーガを倒せる瞬間を狙っていたのだと。


 勝負はまだ終わっていなかった、そのことにようやくフェンリルとオーガ達も気づく。

 しかし、時すでに遅い。

 必死にオーガ達はお兄さんを引き離そうと暴れるが、お兄さんを離すことはできない。


 ……その光景には、反撃を予想していたはずの私も、驚きを隠せなかった。


 お兄さんまでの距離が近づいてくる内に、オーガを抑え込むその姿が鮮明に見えるようになってくる。

 お兄さん致命傷を負っているのが信じられないような動きで、オーガ達を封じ込めていた。

 回復する手段を前もって用意していた、そうでなければ考えられないほど機敏な動きで。


 けれど、一番私が驚愕しているのは、その動きではなかった。


 オーガに身体を切られる寸前、私を見ていたお兄さんが言おうとしていた言葉。

 それをお兄さんが口にすることはなかった。

 でも、今の私にはその時お兄さんがどんな意図を持っていたのか、想像することができた。


「フェンリルの隙をつけ、ということ?」


 フェンリルは、オーガ二体の頭を鷲掴みにするお兄さんに対して、未だ立ち尽くしていた。

 フェンリルは、今までにない大きな隙を晒している。

 その光景を目の当たりにしながら、私は思わずにはいられない。


 どれだけ戦闘経験をつめば、自分が追い詰められたと思ったその瞬間。

 即座にその状況を切り抜ける方法を考えられるのかと。


 魔獣や、迷宮に対する知識に、人間相手の交渉や心を掴む術。

 諸々の経験に関して、お兄さんは私に冒険者として生きる術を教えてくれたロナウドさんと比べ、明らかに劣っている。


 ただ戦闘経験からくる、戦闘時の咄嗟の判断というくくりで見れば、お兄さんはロナウドさんと同等以上の能力を持っていた。

 規格外の力で、強引にオーガ二体の頭を地面に叩きつけるお兄さんの姿を見ながら、自分との経験の違いを目の当たりに見せられたように感じる。


 ……だけど、そんなお兄さんの判断も決して万能ではなかった。


 我に返り動き出したフェンリルの姿を見て、私はお兄さんの誤算に気づくこととなった。

 お兄さんがオーガと戦っている間も、私は必死にフェンリルまでの距離を詰めていた。

 しかし、その僅かな間では、まだフェンリルに辿り着くことができてない。

 だが、フェンリルはそんな事情など知らず、動き出す。


 未だお兄さんがなぜ動けるのか分かない、そう混乱しているのがありありとわかる。

 しかし、二体のオーガが倒された今、それ以上フェンリルは混乱で動きを鈍らせなかった。


「お兄さん……!」


 その光景を見て、咄嗟に私は声を上げる。

 けれど、回復しようとしているお兄さんに、走りながら上げたその声は届かない。


「Fi─────i!」


 決定的な隙を晒すお兄さんへと、フェンリルが爪を向ける。


 お兄さんが全力で転がったのは、その爪がお兄さんが立っていた地面を削る寸前だった。

 なんとか、お兄さんが爪を避けたことを確認し、私は安堵を覚える。


 同時に、もう次がないことを私は悟らざるを得なかった。


 お兄さんの動きは、致命傷を受けたとは思えないものだったが、決してダメージがない訳ではない。

 そのことを、先ほどのお兄さんの動きを見て、私は理解する。

 《ヒール》を唱えることができれば別かもしれないが、先程の動きを見ている限り、もうお兄さんにフェンリルの攻撃を避けられるだけの余力が残っているとは思えない。


 ……それでも私はまだ、フェンリルの元につかなかった。


 必死に走り続けていたお陰で、私とフェンリルまでの距離はかなり縮まっていた。

 けれど、走りながら私は悟る。

 このままでは、私が辿り着く前にフェンリルの爪がお兄さんの身体を引き裂くと。


 フェンリルまでの、数十メートルが遠い。


 ──だからといって、諦められるわけがなかった。


 酸欠か疲労か、それとも焦りか狭まっていく視野の中、フェンリルの動きがなぜかゆっくりに見える。

 そんな私の頭の中、色んな考えがぐちゃぐちゃになって入り乱れていた。


 自分がリッチに狙われることを覚悟で、私にお兄さんを助けにいけと言ったジークさんの言葉が、頭の中で何度も重複している。


 あの時、ジークさんもお兄さんがオーガに切りされかれたところを見ていたのだろう。

 それでも、ジークさんは迷わずお兄さんを助けるための行動を取っていた。

 私のように、お兄さんが諦めていないことを気づいていたわけではないだろうに。


 お兄さんが生きていると信じて、自分の身を危険に晒しながら私の道を作ってくれた。


 そして、よく分からないがなぜかハンザムも助けてくれた。

 なぜ助けてくれたのかは、分からない。

 だとしてもお礼は言うべきだし、理由も聞きたい。


 その時に、お兄さんが居ないなんて、絶対に嫌だ。


 そして、何よりかつて自分がお兄さんへと告げた言葉が、諦めることを許さなかった。


 頼れる女、そういった言葉が慢心だなんて、もう散々思い知らされた。

 それでも、お兄さんがここまでお膳立てしてくれたなら、せめてそれには応えたかった。

 私は、お兄さんの相棒になると決めたのだから。


 間に合わないと知りながら、疲労を感じる身体を引きずりながら、私は全力で走る。


 ──ナルセーナ、君のスキルはたしかに強力だ。


 ふと、自分を鍛える時のロナウドさんの言葉が蘇ってきたのは、その時だった。

 極限状態だからか、漠然としか覚えていなかったその光景が、なぜか鮮明に思い出せる。


 ──だからこそ、君は素の肉体を鍛えた方がいい。スキルはたしかに強力な武器だが、それ自体が成長することはない。あくまで、スキルの扱い方を改善することでしか、人間は成長できない。


 ロナウドさんとの修行は、ひたすらに身体を鍛えたことを思い出す。

 かなりきつい鍛錬ではあったけど、私は身体を動かすことにも才があったらしく、ロナウドさんに褒められたこともあった。

 ただ、そんな私にもある一つだけ、教えて貰ってもできないことがあった。


 ──惜しいな。君なら、これもできてはおかしくないと思っていたが。いや、そう簡単にできることではないか。元々人間は、素養のある人間しか身体強化なんてできないものなのだだし。簡単にやってのけた、あの治癒師の少年がおかしかっただけだな。


 まるできっかけさえ分からず、困惑する私に告げたロナウドの言葉が、脳裏に響く。


 ──スキルなしで身体強化を扱えるようになれば、君なら超一流冒険者と同じ能力を発揮できるだろうに。


 それは過去はまるで、きっかけさえ分からなかった力。

 けれど、今はそんなこと関係なかった。


「……それしかないなら」


 やるだけ、の話だから。


 もう既に全力の上から、私はさらに身体強化する。

 いや、しようとしているだけで、本当にできているわけじゃない。

 それはあまりにも無茶苦茶な方法で、それでも私には身体強化を成功させる自信があった。


 ──なぜなら、迷宮都市に来てからのこれまで、私はずっとその手本を見ながら過ごしてきたのだから。


 いとも簡単に私のできなかったことを、成功させた治癒師の少年。

 以前は、まるで興味がないと頭から締め出していたが、今の私にはそれが誰だか容易に分かる。


 私との約束のため、必死に鍛えていたお兄さんだと。


 お兄さんがラルマさんに師事してもらったのは、たった四ヶ月だったはずだ。

 にもかかわらず、数年かけても私ができなかったことを成し遂げたお兄さんは、間違いなく凄い。

 それでも、お兄さんは欠陥治癒師のままだった。


 それだけ鍛えても、《ヒール》以外使えなくて。

 その上で、諦めなかったからこそ、お兄さんはこんなにも強いのだ。


 全てを注ぎ込んで強化する感覚で走る内、徐々に自分の身体がさらに加速していくのに私は気づく。

 明確に、自分が成長していることを私は自覚して、だからこそよりお兄さんの背中はあまりにも遠く感じて、苦笑する。


「……遠いなぁ」


 自分が一歩進むごとに、お兄さんとの差を見せられるような気がするのは、気のせいではないだろう。

 本当に、一体いつ追いつけるか想像もつかない。


 それでも、諦めないと決めたから、私は走る。

 いつか、絶対に隣に立つと決めたから。


「だから、死なせない」


 気づけば、私とお兄さんに爪を振り上げたフェンリルまでの距離は、あと僅かに迫っていた。

 その時になって私は気づく、いつの間にか自分の身体は今までとは比較にならない速度で走っていることを。


 その瞬間、私の身体は蹴りの準備に入っていた。

 寸前、フェンリルが私に気づくが、もう遅かった。


「お兄さんから、離れろ!」


 そして、私の渾身の蹴りがフェンリルの身体へと叩き込まれた……。

更新遅れてしまい、申し訳ありません!

思ったよりも文量が増えてしまいましたが、なんとかラウスト視点まで追いつくことができました。

ただ、次回もナルセーナ視点で話は進むと思います。

次回更新は、日曜日更新に戻せるように一週間以内を目指します!

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― 新着の感想 ―
ただ、この状況においても『私はま、だ』捨てていなかった。 →『私は、まだ』ではなく? 元々人間は、素養のある人間しか身体強化なんてできないものなの『だ』だし。 →『だ』いらなくないです?
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