第55話 第一次城壁防衛戦 Ⅵ
この度、1月29日にパーティーから追放されたその治癒師、最強につき、3巻発売となります!
活動報告に表紙公開してありますので、是非見て頂かますと幸いです!
痛みは感じない。
ただ、左肩にかけて尋常ではなく熱かった。
かなり深くまで、短剣がくい込んでいるらしい。
大切な何かが、自分の身体から漏れだしているのに僕は気づいていた。
回復しなければ、僕は遠からず死ぬだろう。
刻一刻とその時間が縮まっているのを感じる。
「Fi───i」
そんな僕を見て、フェンリルは笑っていた。
死が迫る僕を嘲るかのように。
そしてそのフェンリルに従うかのように、並んだ二匹のオーガが、僕に追撃を加えようとする様子はない。
……僕を見つめるフェンリルの目に浮かぶのは、背筋が凍るような悪意だった。
それは、以前戦った変異したヒュドラさえ比にならない濃密な悪意。
圧倒的な敵から注がれる悪意に、心臓が凍りついたような錯覚さえ覚える。
今、フェンリルが何を考えているのか、僕には容易に想像できた。
どう嬲り殺しにしてやろうか、そう考えているのだと。
──自分の賭けは最高の形で成功した、僕が確信したのはその瞬間だった。
「くはっ」
口から、血を流しながら僕は笑う。
強い悪意は、今もなお感じているし、恐怖がない訳ではない。
ただ、それ以上におかしくて仕方がなかった。
僕の願いに答えるかのように、決定的な隙を晒してくれているフェンリル達が。
僕の様子に、ようやくオーガ達が異常に気づくが、その時既に僕はもう動き出していた。
動きの鈍い身体を、身体強化で強引に動かし地面を蹴った僕は、両手を広げオーガの頭へと掴みかかる。
無理に身体を動かしたせいで、短剣がさらに深く突き刺さり、傷が悪化するのが分かる。
それでも、僕はオーガ二体の顔を鷲掴みにすることに成功した。
「ッ!」
「ナニ、ヲ!」
嫌な予感を覚えたのか、オーガ達はそれぞれ武器を捨て、僕の手を振り払いにかかる。
しかし、捨て身で身体強化した僕の腕を振り払うことはできない。
ふと、少し先の地面に自分の短剣が落ちているのが目に入った。
短剣を弾かれた時、正直賭けは失敗したかと考えた。
傷ついた身体では、機敏に動けるかどうか分からない。
そんな中武器を失えば、オーガ一体さえ無事に倒せるかどうか。
……もう少しで、捨て身の攻撃を決断した意味がなくなるところだった。
「ありがとう」
だからこそ、僕はフェンリルの悪意に感謝する。
僕を嬲ろうとしたために、フェンリルは決定的な隙を晒してくれた。
そのお陰で僕は、オーガ二体を封じ込めることに成功したのだ。
片手でオーガを強引に封じ込める僕を、フェンリルは呆然と見つめていた。
かつて見たこともないその態度こそが、フェンリルの驚愕を何より雄弁に物語っている。
フェンリルは僕がまだ動けるなど、微塵も考えていなかったのだろう。
僕の身体に刺さる短剣は、明らかに致命傷だ。
どれだけ強力なスキルを持っていようが、動けるような状態ではない。
──そう思い込んでくれたからこそ、僕はフェンリルに隙を晒させることに成功した。
極限下、ふとこの捨て身の攻撃を教えてくれた人の言葉が、脳裏によぎる。
「身体強化した状態で攻撃できないならば、できるような隙を作れ。何、簡単な話だ。相手の攻撃を避けずに受ければいい。そうすれば、相手から決着がついたと思って動きを止めてくれる。魔獣相手なら特にな」
無茶苦茶なことばかりを、強いてくる人だと思っていた。
だけど、あの人から教えられたことがなければ、今の僕はいなかっただろう。
「魔獣の攻撃を受けてただで済むわけがない? ああ、そんなこと気にするな。なにせ…………」
オーガを掴む手に力を込めながら、僕は驚愕の目を向けてくる魔獣達へと、あの人から告げられた言葉を告げる。
「残念だけど、この程度で僕は死なないよ。なにせ──私達の身体は無駄に頑丈なんだ、から」
そう告げた瞬間、オーガ達の抵抗がほんの一瞬和らぐ。
僕に対する畏怖、または恐怖か?
その瞬間にオーガ達が、どんな感情を覚えたかは分からない。
そのことについて考えを巡らすことはなく、僕は全力でオーガ達の頭を地面へと叩きつけた。
鈍い骨が砕ける音と共に、オーガの頭が半壊する。
これで、残る魔獣はフェンリルだけ。
そう僕は笑みを浮かべかけて、直後喉元から熱い何かがせり挙がってくる感覚に、口元を手で覆った。
「ぅぐ」
次の瞬間手を離すと、手のひらを血が赤く染めていた。
……もう限界は、かなり近い。
そう悟り咄嗟に、《ヒール》を唱えるために魔道具を取り出そうとする。
「Fi──────i!」
……だが、フェンリルは回復を許してはくれなかった。
その咆哮が聞こえた瞬間、魔道具を取り出すことを諦めて僕は、全力で横へと飛ぶ。
無茶な動きに、傷が開き出血が酷くなるが、その判断は正解だった。
「Fi──i」
振り返ると、フェンリルがいたのは先程まで僕がいた場所だった。
その地面は、深く抉られている。
一瞬でも、反応が遅ければ地面を抉った攻撃は僕の身体を切り裂いていただろう。
何とかその攻撃は避けることができたが、未だ窮地から脱した訳ではなかった。
フェンリルは、僕の方を憎々しげに睨みつけている。
その視線に、《ヒール》を唱えることは不可能であると悟る。
魔道具を取り出すことは愚か、《ヒール》を唱えようとする暇さえ、フェンリルは僕には与えないだろう。
その目には、未だ驚愕が浮かんでおり、フェンリルがまだ混乱していることが伝わってくる。
しかし、その混乱でフェンリルが攻撃の手を鈍らせることはもうない。
混乱以上に、フェンリルの目に浮かぶ憤怒の感情に、僕はそのことを理解させられる。
フェンリルは確実に僕を殺しに来ている。
少しでも、隙を晒せばフェンリルは僕を確実に殺すだろうと。
……次の攻撃を避けられる自信は、もう僕にはなかった。
ぼろぼろの身体で限界が近い上、短剣もない状況。
そんな状況の中、フェンリルの攻撃を避けるとは思えない。
「こんな場所に来ていたのか……」
気づけば、弾かれた短剣が二、三歩先にある場所まできていた。
しかし、その幸運も今は喜べない。
短剣を拾う暇さえフェンリルは与えてくれないだろう。
そもそも、今は短剣があっても攻撃を避ける自信はないのだから。
先程の強引な回避もあり、僕に残されているのは一度攻撃できるかどうかの余力。
それだけで、どうやってこの状況を打開すればいいのか。
希望を求めて、僕は周囲に目を走らせる。
──視界の端、一直線にこちらへと向かってくる、青い人影に僕が気づいたのは、その時だった。
「……本当に頼りになりすぎだよ」
こんな状況なのに、気づけば僕は小さく笑っていた。
彼女なら、分かってくれるかもしれないそう思った。
けれど、こんな完璧なタイミングで来てくれるなんて、思う訳がない。
彼女は僕に想像など遥かに超える形で、応えてくれた。
ならば、僕も彼女に答える働きをすべきだろう。
そう判断した瞬間、僕は短剣の所へと向かっていた。
「Fi────i!」
僕につられ、彷徨を上げたフェンリルは爪を僕に向ける。
真に警戒すべき対象が近づいていることにも気づかずに。
僕に気を取られているその一瞬に、彼女との距離を縮めていく。
「Fii!?」
その時になって、ようやくフェンリルも何者かが近づいていることに気づくが、もう彼女は──ナルセーナはフェンリルを攻撃範囲内に捉えていた。
「お兄さんから、離れろ!」
次の瞬間、走ってきた勢いのまま繰り出されたナルセーナ蹴りが、フェンリルへと叩き込まれた……。
更新かなり遅れてしまい、申し訳ありません……。
そして、書籍化報告についても遅れてしまい、申し訳ありません。
ただ、今後は長く間の開かないように更新させて頂きたいと思っています!
次回更新に関しては、2週間以内には必ず……。
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