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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第1章:野蛮人達のゲーム

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20/25

20:私達の家へようこそ。歓迎はしない。

 インタールード・ポッドは目的の拠点から2キロほど離れたところへ、着地。

 ポッドは自動で化学処理が行われ、外殻が熱分解し、電子装備が焼かれる。残るのは腐食しきったフレームの残骸だけだ。


 偽装ポンチョのフードを目深に被った姿で密林内を進むユーヒチとレーラに女性型ウォーロイドは、まるでジャングルに巣くう幽鬼のようだった。


 ツーバイスリー隊形で緑が深い山稜を一言も一音も発さず静かに進み、亡き女スカベンジャーの拠点へ近づいていく。


 密林内にひっそりと佇む建物は確かに山荘と呼ぶべきものだった。

 斜面に築かれた、分厚く頑健そうなコンクリ製の基部の上にずんぐりとした建物が乗っている。傷んだ外壁や屋根は随分と補修されているけれど、偽装の為か外壁に伝う蔓や蔦はそのま間にされている。

 窓は鋼板や土嚢で塞がれているか、鉄格子で塞がれて進入できないようになっていることが分かる。まあ、無法地帯では妥当な防備だろう。


『お金持ちの別荘だったにしては、悪趣味な建物ね』

 ユーヒチ達から映像を受け取ったトリシャが語る。

「安全に接近するルートは一つだけよ」とレーラ。


 山荘の周囲400メートル(中口径小銃弾の平均的有効射程)にセンサーが仕込んであり、周囲200メートルからトラップが潜んでいる。木々の幹や枝に散弾地雷(クレイモア)や迫撃砲弾が仕込まれ、ベトナム戦争チックなアナログな罠が幾重にも隠されていた。

 もちろん、センサーの反応に合わせてセントリーガンとUGVが起動する。


 レーラは偽装ポンチョのフードを降ろし、ウサミミを解すようにぴこぴこと動かしながら、多機能ゴーグルの通信機能を操作した。

「今、セントリーガンと無人機を停止させた。付いてきて」


 山荘の裏手へ大きく回り込むように藪の中を進んでいく。

「斜面側はUGVのキルゾーンよ。万が一、停止されてなかったら8ミリ小銃弾と40ミリグレネードの斉射を浴びる」

「殺意が高い」

 レーラの説明にユーヒチは呆れ気味。


 唯一の安全ルートを進みながら、レーラは説明を続ける。

「こっちのルートはセントリーガンに狙われる。メインタレットに8ミリ水冷機関銃。サブユニットに50口径セミオート」

「殺す気満々だな」


 なるほど。よくよく見れば、建物から斉射を浴びせ易いよう、巧妙に遮蔽物や起伏を潰してあった。やはり殺意が高い。

 当然ながら、建物の玄関扉は固く閉ざされていた。


「壊して」レーラは言った。

「鍵は無いのか」ヘルメットの中で眉をひそめるユーヒチ。

「鍵を持っていた姐さんはあんた達が殺した。私は受け取ってない」

「……3、マスターキーだ。開けろ」

 レーラの恨み言を聞かされつつ、ユーヒチはウォーロイドの3番機に命じた。


 3番機は2番機の大型バックパックの脇に装着していた装弾数の少ない小型散弾銃を取り出し、裏口扉の鍵穴にスラッグ弾を二発ぶち込む。

 裏口扉の鍵を壊し、3番機がウォーロイドらしい人間離れした膂力で扉を無理矢理開ける。


 我先と屋内に入り、レーラはユーヒチへ向き直り、冷淡に告げた。

「あたし達の家へようこそ。歓迎はしないわ」


 ユーヒチは「お邪魔します」と礼儀正しく告げ、敷居をまたぐ。主の礼節に習ったのか、ウォーロイド達まで『お邪魔します』と告げて屋内へ入っていく。


 屋内は経年劣化による汚れや破損はあれど、清掃そのものは行き届いている。日々の生活に規律と秩序があり、統制が取れていた証拠だ。

 低次元のレイダーやスカベンジャーの巣は、それこそ動物の巣穴より汚かったりすることを考えれば、ネコミミ美女ノーヴェンダー・インファタスはそれ相応に立派な頭目だったらしい。


「屋内にトラップはないわ。ただし皆の私室までは分からない。用心深かった姐さんやディノなんかは引き出しに爆弾を仕掛けていても驚かないね」

 レーラの悪態に小さく頭を振りつつ、ユーヒチは言った。

「件の情報端末がある部屋まで案内しろ。その後は私物を取ってくるなり、仲間の遺品を回収するなり、自由にして構わない。そのまま逃げても良いし、俺達へ復讐を挑んでも良い」


「……あたしが歯向かってもどうってことないって言いたいの?」

 多機能ゴーグル越しに睨みつけてくるレーラへ、ユーヒチは無機質な声で答える。

「君の自由意思を尊重すると言ってるのさ」


「……付いてきて」

 レーラは両手で抱えた中口径バトルライフルを抱え直し、階段へ向かって歩き始めた。


 先に述べた通り、建材の経年劣化こそあるけれど、建物の天井や壁、床は素人仕事ながら手厚く補修されており、元からあっただろう調度品なども修理したり修復したりした後が見て取れる。

 なるほど、確かにここはレーラ達の『家』だ。


 二階に上がり、レーラは部屋の一つを示す。

「ここが姐さんの部屋よ。本当にトラップを仕掛けてるかどうかは知らない」


 ユーヒチはドアの周りを慎重に見回してから、ドアから離れて告げる。

「3、開けろ」


 3番機がドアノブを回す。爆発、はしない。ドアの向こうから仕込銃の弾が飛んでくることも無かった。ドアが普通に開く。

 

『ポチ。現着しました』

 と、そこへAI合成の美声が届いた。ユーヒチはハイテク製のモンスターへ新たな命令を与える。

「壁伝いに屋上へ上がり、周辺警戒に当たれ」

『了解しました』


「あたしは自分の部屋に行くわ」レーラは廊下の奥へ向かっていく。

 ユーヒチは白兎の後ろ姿をちらりと窺い、

「4。部屋の前で待機」

『了解』

 4番機をドアの前に残し、2番機と3番機を連れて入室。


 部屋は広めで大きなベッドにサイドボード。ドレッサー。ウォークインクローゼットらしい引き戸。『夫婦の寝室』をそのまま使っていた印象を受ける。例外は自作らしい棚くらい。

 ドレッサーの机上に目的のノート型情報端末。電源は生きているようだ。


 ユーヒチは担いでいた大型バックパックを下ろし、セーフティ付通信モジュールを取り出してノートPCと接続。ノート型端末を起動させた。起動画面のメーカーマークは皇国企業のものだった。続いてパスワードの入力画面。

 ユーヒチは端末やドレッサーを見回す。ノータリンな奴だと近くにパスワードを書いた付箋があったりするが……見当たらない。

「シンハ1よりアクチュアル。端末に接続したが、パスワードが分からない」

『こちらで対処するわ。少し時間をちょうだい』


「分かった。捜索を続ける」

『レディの部屋を家探しなんて楽しそう』

 魔女の軽口を聞きつつ、首狩り人はドレッサーの引き出しを開けてみる。


 わずかなコスメグッズと化粧品。他は文房具に拳銃と弾倉。数冊の手帳――中身は覚書きや日記のようだ。めぼしい情報があるとも思えないが、一応ノートPCと共に持ち帰ると決める。


 自作らしい棚には書物と雑貨。

 拾い集めたらしき書物は統一性がない。絵本や児童向け学習本から小説に実用書など様々。レーラは満足な教育を受けていないという話だったが、少なくともノーヴェンダー・インファタスは独学で学ぶ意欲はあったようだ。組織のリーダーとして皆を率いられるよう努めていたのだろう。

 雑貨はスカベンジャー仕事で集めた物や戦利品らしい。指輪やネックレスなどの貴金属類もあったが、これらは換金物として貯め込んでいたようで、小箱へ一まとめにしてあった。他は立体写真(ホロ)スタンド。


 引き戸を開けた先はウォークインクローゼット。日用使いされていた下着や着衣、以前の持ち主が遺したらしい衣服や靴に混じり、皇国軍や惑星再生機構軍の旧式軍服やタクティカルベストなどが保管されている。

 そして、バックパック。中身は非常時の脱出キットだ。着替えと携行ツール、最低限の武器弾薬と貴金属に交換用バッテリー。保存食。


「特にめぼしいものは無さそうだな」

 文明喪失圏ではお宝の山なのだろうが、宇宙時代技術文明が残る惑星再生機構ではどれもさして価値がない。精々が貴金属とアンティークに価値があるくらいだろう。


『終わったわ。端末を回収して』

 トリシャから連絡が入る。

『他の端末や情報機器の有無を確認し終えたら、撤収して良いわ』

「了解」

 通信を終え、ユーヒチはノート型端末と数冊の手帳を保護袋に収めて担ぎ持つ。

『4より1。レーラがやってきます』


 4番機が告げた通り、室内に入ってきたレーラは私物らしいハーフサイズのドラムバッグを抱えており、ユーヒチ達に目もくれず、無言で棚の雑貨や貴金属の箱になどバッグへ放り込んでいく。

 最後にホロスタンドを手に取って、バッグではなく後ろ腰の雑嚢に収めた。


「私物の回収は終わったわ」

 レーラはドラムバッグを袈裟に担ぐ。背中の大型バックパックと相まって大荷物を抱えているように見えるが、所作や姿勢に問題はなく、物が擦れたり動いたりする異音もしない。


「……他に情報機器の類は?」ユーヒチが問えば。

「後は監視用と電装系整備調整用があるけど、あんた達が期待するような機密情報とかそんなのはないわよ」素っ気なく答えるレーラ。


「一応確認する。どこにある?」

「地下」

 レーラは軍用スキンで包んだ人差し指を階下へ向けた。


 首狩り人と兎娘と戦闘人形の一行は二階から地下階へ足を運ぶ。

 コンクリ基部内の地下階は構造的に最も頑丈な関係から、いざという時の籠城戦の備えがしてあった。

 予備の武器弾薬に飲食物。この建物で必要な電力を生む発電機に燃料。毛布。それに排泄穴。

 作業場には方々から調達された機材や道具、搔き集められた資材が整理整頓されている。監視室には雑多なモニターやディスプレイが並べられ、センサー系を管理していた。クレイモアなどの有意起爆用コンソールにセントリーガンとUGVのマニュアルコントーローラー。広域用無線通信機。

 いずれもスクラッチビルドな代物ばかり。


 作業用端末は統一連合時代から続く民生用、カタストロフィ後に枝分かれした皇国系と惑星再生機構系がある。これは電子部品やフォーマットの規格に合わせて扱うためだろう。

 沈黙状態のUGVが出撃用防弾ドアの前で鎮座していた。何か不安なので、物理的にスイッチを切っておく。


「電脳まで扱っていたのか」ユーヒチは感心したように呟く。

 作業場には回収されたらしいウォーロイドや無人機の電脳やPCがそれなりに在った。


「ディノ……仲間の一人がこういうのに熱心だったの」

 今は亡き兄弟を想いながら、レーラは静々と言葉を編む。

「PCはともかく電脳はジャンクばかりだよ。第一次ララーリング半島戦争以前のものは劣化が激しくてゴミ同然。第二次、第三次の頃のものは電情戦で論理崩壊してたり、EMP兵器で熱損してたりで使い物にならないものばかり。かといって新しめのものはプロテクトが堅くて手出しできないし。これだけあっても使えたものはセントリーガンとUGVの分だけだったわ」


 まずもって文明喪失圏に残っているような民生用アンドロイドや無人機は、カタストロフィ時に遺棄放棄されたものだから経年劣化を避けられない。当然ながら、戦場跡に転がっているようなものや戦後に野良化したようなものの電脳や人工知能は無事なものが少ない。この手の難がある電脳や人工知能を扱うには専門の高等知見や技術、機材が必要で、文明喪失圏ではどうにもならない。


 トリシャはウォーロイド経由で作業用端末に接続し、中身を即座に調べ上げて。

『個人的にはそそられるログがいくつかあるけれど、私達や会社に有益なものは無いわね……待って』

「どうした」

『そこに大厄災遺産目録にヒットする電脳があるみたいね』


 天蓋膜のグレイグー化によって多くを失った結果、様々なものが稀少価値を持つようになった。特にアウター……この星で採取できない資源や他惑星産の文物と産業製品、七星連合や他惑星に依存していた技術や情報。次に惑星内の歴史的文物や高度専門技術などなど。


 こうした星外資源物や文物に製品、技術と情報、ノヴォ・アスターテの遺失した情報や技術、歴史的遺物や高稀少価値文物などを熱心に回収し、保護している組織が複数あり、彼らは共同で『大厄災遺産目録』を発表した。


『大厄災遺産目録』はジャンルを問わずあらゆる『遺産』を網羅しているため、古物の相互参照調査によく使われる。古物調査専門の百科事典と言っても良いかもしれない。


『目録によると、当時最先端の生体プラスティネーション処理が施されたハイエンド電脳。水星限定の元素を必要とする関係から、現在のノヴォ・アスターテではロステク化しているのね。当時のノヴォ・アスターテにこの電脳は200強。うちサイボーグの置換脳核に利用されたものが50弱。その全てがカタストロフィで消息不明。いずれも例外なく統一連合政府や軍の要職高官だったそうよ』


 トリシャの解説に、レーラは経年劣化と汚れで変色した古い電脳をまじまじと見つめる。

「このガラクタ電脳がオタカラだっていうの?」


「ロステクの品で、脳の主が政府や軍の高官なら今でも通じる有益な重要情報を持っているかもしれない。二つの意味で価値があるようだ」

 ユーヒチはレーラの疑問に答えつつ、尋ねた。

「ちなみに、この電脳はどこで手に入れた?」


「え? どこだったかな……私は覚えてないよ」

 戸惑いがちに答えるレーラ。ユーヒチは少し考え込み、トリシャに提案する。

「つないでみるか?」


『やめておきましょう』トリシャは提案を否定する『無理に起動させたらどんなトラブルが生じるか分からないし、お持ち帰りしてプロに任せましょ』

「了解」ユーヒチが古い電脳を持ち帰る支度を進めているところへ、

『ポチより報告。建物の7時方向より500メートル、動体反応を捕捉しました』

 屋上で周辺警戒中のゼノモーフモドキなウォーロイドが美声で報告を寄越した。


「500?」随分と近い。ユーヒチはヘルメットの中で眉間に皺を刻み「アクチュアル、どうなってる?」

「500って……ここの哨戒網のすぐ前じゃない」レーラが鼻の頭に皺を刻む。


『こちらでは何も捉えてないわ。すぐ確認する』怪訝そうに言いながら、トリシャは瞬時にポチの索敵系データログへアクセス。

『――なるほど。視野視角の違いか。画像間偏差で捕捉したのね。熱光学迷彩を着こんだ集団が、空の目を避けるためにトリプルキャノピーの最も厚い所を選んで動いてる』


 熱光学迷彩で人間や機械の目を誤魔化せても、物質的に存在している事実は覆せない。藪の中を動けば音を出さなくても、身体が接触して藪が揺れることまでは防げない。足跡を残さないよう歩くことは出来ても、圧力を受けた地面に生じる痕跡を無にすることは不可能だ。


 高高度索敵系や歩兵用携行索敵系では捕捉できない微細な接触変化を解析し、ポチの索敵系と電脳は『動く物体がいる証拠』と認識、結論したわけだ。賢い。


 そして、オルキナスⅣ級強行偵察艇の強力な索敵系を掻い潜るほど隠密性に長けた装備など、地場のスカベンジャーやレイダーではあり得ない。

 列強の正規軍特殊部隊か、ユーヒチ達のような大手民間軍事会社の偵察特化部隊だ。


『捜索追跡範囲で飛翔艇や車両は無かったわ。事前に潜っていた手合いね。さっきの砲撃で引き寄せちゃったみたい』

 軍用偵察艇の索敵系を完全にかわすレベルの隠密性を持つ飛翔艇は限られる。車両はどうしたって移動痕跡が大きくなるから、移動中に姿を隠すことが不可能に近い。


「件の盆地絡みかもな。あそこを握ってたSOBは一応、皇国勢力だったから自分達の縄張りがどう転ぶか、確認に来ていたか」

 ユーヒチはヘルメットの中で思案顔を作り、推理を口にする。


 推理通りなら、皇国軍特殊部隊という線はない。先のSOB拠点で損害を出したばかりだ。部隊運用が慎重になっているはず。可能性として最も高いケースはブルーグリフォンのような正規軍に準じる大手民間軍事会社。

 ただし、アシュタロス皇国は国家方針として惑星社会主義連邦(ユニオン)同様、国家以外が戦力を保有することを認めないから、民間軍事会社は存在しない。

 正規軍並みに鍛え上げ、装備を与えている国外民兵集団(コロニアル・ドッグ)か。


『この(フネ)の目をかわすほどの装備と実力を備えてる。脅威度は低くないわね』

「追いかけっこしたい相手じゃないな」

 トリシャの評価に同意し、ユーヒチは無機質に告げた。

「ここで始末しよう」

感想評価登録その他を頂けると、元気になります。


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