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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第1章:野蛮人達のゲーム

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19/25

19:ポチです(美声)

 繰り返し述べてきたが、文明喪失圏(ヴォイド・エリア)で生きるスカベンジャーはいくつかに類別できる。


 土着コミュニティ所属して廃墟から物資や資源物を持ち帰る、紐付きスカベンジャー。


 独自の拠点を持ち、使えそうな物資を探して回って自給自足したり、各コミュニティに行商するフリーランスなスカベンジャー。


 廃墟漁りに加えて群盗山賊稼業も生活(たっき)にしているレイダー崩れなスカベンジャー。


 ノーヴェンダー・インファタスは主に2番目、時に3番目を兼ねた。

 独自の拠点――セーフハウスを持ち、廃墟や戦場跡を巡って使えそうな物資を回収したり、時にはレイダーを潰し、他所のスカベンジャーやコミュニティ間を巡る隊商を襲い、奪取した物資や入手した情報を民兵組織『サムライ・オブ・ブラックアーマー』に流していた。


 当然ながら、ノーヴェンダーは恨みを買っていた。

 まあ、元より化外の地で荒事商売をしているのだ。恨みは買って然るべきものと言えよう。


 そして、ノーヴェンダーに恨みを持つ連中の中には、サムライ・オブ・ブラックアーマーが壊滅したことで、ノーヴェンダーが後ろ盾を失くしたと見做し、復讐や報復に動く者の現れる。場合によってはノーヴェンダーのチームも壊滅した情報を掴み、彼女の『遺産』を奪おうとする者もいるだろう。


 かつて、ユダヤ人はパレスチナ人へ『もしも私が貴方の家を奪わなくとも、他の者が貴方の家を奪うだろう』と言ったが、文明喪失地域でも同じような格言がある。


 他の奴に奪われる前に、奪え。


      ○


 雲の間に身を潜めるように碧空を泳ぐキラーホエール。隠密航行しながら搭載された強力な各種索敵系で2万メートル下の地上をねっとりじっとりと探っている。


 戦術級反応兵器で殴り合った痕跡――エイト・ブラザーズの泥沼湿地帯。そこから進んでサムライ・オブ・ブラックアーマーが支配していた盆地があり、その盆地を取り囲む山稜密林が広がり、濃密な樹海を数キロほど高地へ進めば、分厚い多層林冠の隙間に腐葉土塗れの建物が覗く。


 オルキナスの船倉で降下ポッド内に身を収め、ユーヒチはヘルメット内のHMDに投影された画像を見つめて呟く。

「グレイグー・カタストロフィ以前からあったようだが……どういう建物だ?」


山荘(コテージ)って奴だよ」

 隣に座るレーラが刺々しく言った。長いウサミミを畳むようにして可変色偽装ポンチョのフードを被っている。

「何かやたら建物がガンジョーだったから、あたし達の拠点にしたんだ」


『目標拠点から西に2キロの辺りに熱源と動体反応が8以上。動きからしてレイダーかスカベンジャーね』

 索敵系を操作して地上の様子をユーヒチ達のディスプレイへ届けながら、トリシャがレーラに問う。

『拠点に防御システムは?』


「周囲400メートルに哨戒と罠の網。拠点自体にアンドロイドの電脳を改造した自作の自立型セントリーガンが3門と独立型UGVが2機。あたしらが“狩り”に出てる間はそれが拠点を護ってる」

 やはり反感を隠さぬ堅い声で答えるレーラ。もっとも、トリシャはレーラの敵意に付き合わない。

『戦闘痕跡は窺えない。賊はまだ拠点自体に到達していないようね』


「先手を取ろう」

 ユーヒチは言った。

「トリシャ。俺達を拠点直近にダイレクトデリバリー。ストーカーは奴らの背後に投下してくれ」


『前戯無しで、前から後ろから? 今日はハードプレイがしたいのかしら?』音楽的美声で淫靡な冗談を口にするエキゾチックな美女。

『前戯はエチケットだぞ』オルキナスの手綱を握る白エルフな美人パイロットも乗ってくる。

『乱暴なのは良くないっス』艇上輸送係(ロードマスター)を兼ねるドワーフ乙女な小娘も参加。


「ログに残るんだぞ。下ネタはやめろ」

 やりとりを見ていたレーラは呆れ顔で毒づく。

「毎回こんなやりとりしてるの?」

「……たまに、だ」

 ユーヒチは無情動に返した。感情調整が効いていなかったら、特大の苦虫を嚙み潰したような顔だっただろう。


『楽しいおしゃべりはここまで。イントルード・ポッド。投下用意』

『コピー』シドニーが後部ハッチを開き『イントルード・ポッド投下用意、良し。いつでもどうぞ』

『いってらっしゃい』

 トリシャの言葉と共に二基のイントルード・ポットが艇外へ滑走射出された。


 高度二万メートルから樹海へ向かって莢が滑空。各部に設けられた舵翼が細かく蠢き、さながら誘導爆弾のように目標座標へ向かって軌道修正しながら落ちていく。


『到着まで40秒』トリシャはイントルード・ポッドを制御しつつ『シンハ、隠密航行解除。砲戦体勢へ移行』

 シャチのように優雅な船体の上部ハッチが開き、40ミリ60口径電磁砲が姿を現す。

『砲戦体勢、移行良し。コイルガン、バーストファイア。HE、ロード』


 電磁砲に電子励起爆薬が詰め込まれたペレットが装填される。射手を担うダフネが砲撃準備を手早く済ませ、戦意を滲ませながら応じる。

『ターゲット、マーク。レーザーヒューズ、データセット』


『オールグリーン、ファイア、ファイア、ファイア』

『アイ、マムッ! ファイアッ!』

 トリシャは砲撃許可を発令。ダフネは嬉々として電磁砲をぶっ放した。


 極超音速の砲弾が滑空中のイントルード・ポッドを一瞬で追い越し、樹海へ一直線に飛び込む。分厚い三層樹冠(トリプルキャノピー)を貫き、密林の中で強力な電子励起爆薬を炸裂させた。


 濃密な緑の海の中で生じる青緑色の爆炎。密林を揺さぶる衝撃波。突然の轟音と衝撃に恐慌状態へ陥って一斉に飛び立つ鳥達や羽虫。高熱圧衝撃で蒸発した湿気が焼かれて乾いた土砂の粉塵と混ざり合い、林冠の狭間から爆煙を昇らせていく。


 そして、インタールード・ポッドが爆煙に満ちた緑の海へ落着した。


     ○


 そのスカベンジャー・グループはノーヴェンダー・インファタス達と似たようなグループだった。

 つまり廃墟や戦場跡のガラクタ漁り半分、略奪半分。


 頭数は半個小隊十数人。装備は雑多で西暦時代のポストアポカリプス物によく登場するような恰好――小汚い継ぎ接ぎ着衣に統一性のない装具と武器、稼動していることが不思議な索敵系や銃器を持つ、清潔さと無縁の姿だ。


 全員が男で女性はいない。年の頃は二十代頃から50過ぎまで様々。ただどいつもこいつも年齢以上に老け込んで見える。悪辣な生活環境と不良な食事、不衛生のせいだろう。


 ノーヴェンダーの生死までは把握していなかったけれど、彼らはサムライ・オブ・ブラックアーマーが壊滅したことを知っていた。


 ちなみに、彼の民兵組織が壊滅した後、彼らが支配していた盆地集落群はレイダーとスカベンジャーの争奪戦が繰り広げられており、無惨な状況にある。


「あのケモ女は皇国野郎のポコチンをしゃぶって稼いでやがったからな。しこたま溜め込んでたに違いねェ。いや、いっそ拠点を丸ごと奪っても良いな」

 リーダーの木星系ヒスパニック中年が言った。ドワーフ然とした短躯だけれど、筋肉量は凄まじい。


「本当に死んだのか? もしも生きてたら厄介だぞ」地球オセアニア系の男が心配そうに言う。

 日和ったことを抜かす部下にリーダーは苛立って怒鳴った。

「そん時ぁぶっ殺しゃあ良いだろうが。いや、とっ捕まえて俺らの肉便器にしてやるっ!!」

「あのケモはムカつくアマだが、ツラと身体は上等だもんなぁ」黒人の50男が嗤う。


 化外の地で生きるハイエナ共も同意するように嗤う。

 欲望の捌け口として”製作”されるだけあって、ケモナイズは性的ルッキズムに長けている。


「そういや、あの猫女ンとこにゃあ上玉の兎女が居たよな?」火星系中年男が思い出したように「あれだけ上玉なら、俺らでぶっ壊れるまで使い倒しても、高値が付くぜ」

 火星系中年男の提案に、欲望に正直なリーダーは野卑な顔を貪婪に歪めた。

「そりゃあいい。アンドロイドの穴はもう飽きたしな。たまにゃあ本物に突っ込ま











 気づけば地面に倒れ伏していた。

 何が起きたのか、分からない。記憶がない。思い出すこともできない。


 なぜ自分が地面に倒れ伏しているのか、オセアニア系のジョンジーが絞った雑巾みたいな有様で死んでいるのか、まるで理由が分からない。


「ひぎっ!?」

 頭蓋骨が割れそうなほど強烈な耳鳴りに思考が断ち切られる。同時に衝撃でオーバーフローを起こしていた各種感覚が再起動を始めた。


 息を整えようとしても、肺や横隔膜が痙攣して上手く息が吸えない。幾度か咳き込んでなんとか息を擦ると、嗅覚が暴虐的悪臭を捉えた。

 これまで腐り溶けた死体や発酵した汚物など様々な悪臭を嗅いできたが、それらの悪臭を上回る凶悪な臭いが()()()()()()鼻腔内に広がり、思わず嘔吐した。血混じりのどす黒いゲロが眼前にぶちまけられる。


 大きく歪みたわんだ視界は爆煙と粉塵に遮られてよく見えず。

 目元を拭ったら、両手は指が何本か足りなかったし、唇の右端から耳元まで大きく裂けて頬肉が垂れ下がっていることに気付く。

 指を失うという不可逆的欠損と破壊された顔面の感触に生理的恐怖が生じ、悲鳴となって喉から溢れ出た。

「ひぃああああああああああああああああああっ!?!?」


 リーダーは痛みと恐怖に喚き散らしながら這い始めた。化外の地で生きる者の本能的行動だった。攻撃された場所から一刻も早く安全な場所へ逃げなければ、待っている未来は死だけだから。


 立ち上がろうとするも脚が動かない。いや、両足の感覚が無いことに気付く。

 足まで失くしたのかと慄きながら見れば、両脚は確かにあった。だが、動かない。足の感覚もない。まさかと大事なポコチンを服越しに掴む。手にはポコチンを触った感覚がある。けれど、ポコチンに触られた感覚がない。


「いやぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 スカベンジャーのリーダーは男性的尊厳を根底から揺さぶられる恐怖に心を砕かれ、絶叫をあげた。



 ボスの悲鳴にビョウは目を醒ます。同時に全身から発せられる激痛に思わず苦悶を挙げた。特に左腕が酷い。二の腕の真ん中で折れ、肘の先でも折れていて尺骨が皮膚を突き破っている。


 何が起きたんだ。ビョウは歯を食いしばりながら周囲を見回す。

 霧のように立ち込める粉塵と煙にイオン臭が混じっている。密林の樹々に焦げ跡や折れた枝葉。高熱圧衝撃波が駆け抜けたらしい痕跡が窺えた。爆弾トラップにでも引っ掛かったのか?


 林床に仲間達が倒れている。リーダーは墓に入れずもがいていた。

 死んでいる奴はいずれも高熱圧衝撃波に肉を潰され、骨を砕かれ、内臓を破裂させられて死んだようだ。半数が死に、もう半数がリーダーのように死にかけ、残り4分の1が自分のように重傷。

 つい先ほどまでバカ話していたと思ったら、全滅していた。

 ビョウは激しい痛みと無慈悲な現実へ抗うように歯を食いしばった。歯の隙間から苦悶がこぼれるけれど、悲鳴は上げない。


 痛みと無慈悲な現実は、常にビョウと共にあった。

 ララーリング半島北部の皇国軍が苛烈な軍政を敷く街(というかその残骸に生まれた巨大貧民窟)で生まれ、腹いっぱい飯を食ったことなど一度もない少年時代を過ごし、皇国軍の奴隷人夫としての未来を拒否して文明喪失圏へ逃げ、レイダーとスカベンジャーを兼ねて生きてきた。痛みと現実の無慈悲を味わなかった日など一度もない。


「……て、助けて……すけて、助けてくれ、ビョウ」

 足元の方からリン・ハオの声が聞こえた。共に掃き溜め同然の故郷を脱し、助け合って弱肉強食の文明喪失圏を生きてきた親友。いや、家族だ。


 ビョウは左腕の激痛に耐えながら身を捩り、這ってリン・ハオの許へ向かう。

「シャオリン、今、行くぞ……っ!」

 ガキの時分から苦楽を分かち合い、命を預け合ってきた弟分の許へ、ビョウは痛みを堪えながら必死に這い進む。


 煤煙の先にリン・ハオの姿が見えた。どうやら飛散してきた木片を浴びたらしい。身体のあちこちに木片が矢弾のように突き刺さっていた。


「ああ、ビョウ……」

 リン・ハオは親友の姿を目にし、一瞬、苦痛を忘れて安堵の顔を浮かべた。


 刹那。リン・ハオが一瞬で煤煙の闇の中に引きずり込まれた。


「わぁあああああああああああああああああああっ!?」

「シャオリンッ!!」

 リン・ハオの叫喚とビョウの驚愕が重なり、煤煙の闇の奥から肉塊が引き裂かれる重たい音色が聞こえ、リン・ハオが消えた煤煙の中から何かが飛んできた。


 ビョウの傍らにごろりと転がったそれは、顔貌に壮絶な恐怖を貼り付けたリン・ハオの頭。首の断面は恐ろしい力で千切られたように荒々しく禍々しい。


 親友が惨殺された恐怖と家族を戮殺された憤怒。ビョウは反射的に右腰の9ミリピストルを抜いた、直後。

 視界を遮る濃密な煤煙の奥から怪物が現れた。


 カメレオンのように可変色のひょろ長い巨体を低く屈め、林床を四つん這いに進んでくる。非生物的な四角い頭部の真ん中で生体素子製センサーボールがぐりぐりと蠢いており、リン・ハオの首を千切り飛ばした長い尾をゆぅっくりと動かしていた。


 あまりにもおぞましい宇宙恐怖的異形を前に、ビョウは戦慄して凍りつく。

 ぐりぐりと不規則に蠢いていた生物的センサーボールが、ビョウを捉えてぴたりと止まり、瞳孔が絞られるように有機素子がぎゅっと収斂された。


 直感的に捕捉されたと頭で理解した瞬間、ビョウの恐怖が飽和する。

「あいやああああああああああああああっ!?」


 恐慌状態に陥ったビョウは苦痛を忘れ、親友を眼前で殺された怒りと悲しみを忘れ、小便を漏らしていることにも気づかず、反射的に右手の9ミリで狙いも定めずに撃つ。


 9ミリ弾は怪物の四角い頭に当たるも火花を散らして跳弾し、ひょろ長い体躯に命中した玉は皮膚を貫けず、潰れてその場に落ちた。

 四角頭の怪物はその巨躯から想像もつかぬほど俊敏に動き、悲鳴を上げながら拳銃を撃ち続けるビョウへ襲い掛かる。


 長い右腕が駆け、単分子クローがビョウの身体を乱雑に引き裂いた。裂かれる肉。砕かれる骨。抉り出される臓腑。林床に転がるビョウの上半身と下半身。掻き消される命。消散する魂。

 痛みと無慈悲さに満ちたビョウの人生はかくて終幕した。


 ビョウを殺し終えたウォーロイド・ストーカーはセンサーボールをぎょろりぎょろりと蠢かしながら死んでない者を見つけて殺害して回り、最後にリーダーの許へ近づいていく。


「なんなんだ……なんなんだおめぇはよぉっ!!」

 リーダーは叫んだ。自暴自棄としか表せない裏返った声で目一杯。

 両手の指が足りないため銃やナイフへ抵抗することも自決することも出来ず、半身麻痺で逃げることも叶わない。圧倒的恐怖と絶望的状況に打ちのめされ、かといって発狂することもできずにいる憐れな男の悲愴な叫び。


 怪物の四角い頭が傾げられた。センサーボールがリーダーを捉え、有機素子がぎゅっと絞られる。

『ポチです』

 宇宙ゴキブリモドキな姿からは想像もつかない淑女的美声で名乗られ、リーダーは一瞬呆け――

「キェエエエアアアアアッ?! シャベッタァアアアッ?!」


 瞬間、怪物の長い尾が振るわれ、先端の劣化ウラン製ニードルがマヌケ面を晒していたリーダーの頭蓋を西瓜のように砕き爆ぜさせた。脳ミソと頭蓋骨の欠片が飛び散り、潰れた眼球や汚い歯が林床に転がる。


 スカベンジャー・グループを完全に抹殺し終え、ウォーロイド・ストーカーはぎょろぎょろとセンサーボールを蠢かせながら、通信を入れた。

『ポチよりシンハ1。脅威の殲滅を完了しました』

 まるで貴婦人のような音楽的美声は地球時代の日本人声優のものをAI再現したものらしい。たしかに美声であるけれど、宇宙ゴキブリモドキな機体が発すると、ただただ怖い。


『シンハ1、了解。チームに合流しろ』

『了解しました』

 ポチと名付けられた怪物は最後に殺戮現場を見回し、音を立てることなく藪の中へ消えていく。その後ろ姿はまさしくホラー映画のモンスターそのものだった。

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他作品もよろしければどうぞ。

長編作品

 転生令嬢ヴィルミーナの場合(未完)

 彼は悪名高きロッフェロー(未完)

 ラブロード・フレンジー(完結)


おススメ短編。

 スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。

 1918年9月。イープルにて。

 モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。

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