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ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星。  作者: 白煙モクスケ
第1章:野蛮人達のゲーム

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14/25

14:朝日の注ぐ湿原で。

 世の中には本当にどうしようもないクズが、人の皮を被った腐れ外道が存在する。

 FBI捜査官が『この世には邪悪としか表現できない人間が実際に存在し、彼らの対処は殺してしまうか、死ぬまで監獄に閉じ込めておくしかない』と語ったように。


 ノーヴェンダー・インファタスはそうした“邪悪”の犠牲者だった。

 彼女はララーリング半島の土着コミュニティに生まれ、レイダーによって攫われた子供達の1人だった。

 レイダー達は子供達を人身売買組織に売り飛ばし、ノーヴェンダーは売春組織に買われ、”商品”として強制的にケモライズされた。

 似たような境遇のケモ児童達と共に組織の“牧場(ファーム)”で客を取らされ、少しでも逆らえば足の裏など目立たないところを酷く鞭打たれ、調教と称して犯され。


 ある日、売春組織と対立する組織がファームを襲撃し、大混乱の中でノーヴェンダーは仲間達と共に逃亡した。

 そして、この地獄の如き世界で、ノーヴェンダーと仲間達は生き抜いてきた。

 あらゆる艱難辛苦を堪え、どんな屈辱や恥辱にも耐え抜いて。


 どれほど涙を流してきただろう。何度血反吐を味わったことか。

 廃墟の中でスカベンジャーや乱暴者に輪姦されたことは一度や二度じゃない。残飯を得るために何度体を売ってきたか。蔑みや嘲りの言葉を浴びせられたことは、もはや数えきれない。


 だが、ノーヴェンダーはもう犠牲者じゃない。被害者じゃない。弱者じゃない。

 蛮地で逞しく生きる立派なスカベンジャーだ。化外の地を自在に駆け、殺しと戦いの技に長けた廃墟の戦士。性技を駆使して男達を騙し、篭絡し、手玉に取る強かな女。


 民兵組織サムライ・オブ・ブラックアーマーの頭目トシオもまた、ノーヴェンダーの性技で見事に誑し込まれている。

 しかし、この無法の地獄で生き抜いてきた女は希望的観測なんか抱かない。

 曰く――

「あのおっさんを誑し込んだところで、組織の乗っ取りなんか出来やしないよ。皇国人がケモのあたしらに従う訳がないんだ」


「奴らを利用してあたしらの敵を潰すんだ。邪魔なレイダー、鬱陶しいスカベンジャー、目障りなコミュニティ。そういう奴らの情報をあのおっさんに囁くんだよ。ねえ、旦那。ちょっとお願いがあるの。ねえ、旦那。良い獲物が居るわ、てな」


「クズ共がせいぜい殺し合えば良いんだ。アハハハハ」

 この蛮地の地獄で生き抜いてきた彼女は、魂を無慈悲な世界に対する怒りと憎しみと恨みで鍛え上げていた。


 彼女の目論見はある程度上手く回っていた。

 言葉巧みなおねだりに得意のおしゃぶりとスパイダー腰振りとスパンキングで上手く取引を交わし、トシオから皇国製の装備や物資を入手し、SOBを利用して目障りなスカベンジャーやレイダー、コミューンを潰してきた。

 上手く回っていた。少なくとも、この夜までは。

 ・・・

 ・・

 ・

 その時、ノーヴェンダーと仲間のスカベンジャー達は探索帰りの休息を取っていた。巨大変異樹の大きな洞に身を寄せ合うように潜め、密やかに眠っている。


 皆、ケモライズされているが、その具合はそれぞれだ。

 たとえば、ノーヴェンダーはネコミミと尻尾、頬に猫毛が生えているくらい。一方、隣で寝息を立てている青年は伝承の狼男(ワーウルフ)の如しだ。顔は人間より犬に近く、全身を深い体毛が覆っている。

 そんなケモ・スカベンジャー達は皇国軍の突撃銃や狙撃銃などで武装し、野戦装備の上に手作りの偽装布やギアをまとっている。武器も装具も非常によく手入れされており、歴戦(ベテラン)の風格を漂わせていた。


 8人の獣人達は不意にバチッと目を覚ます。

 この蛮地で生きてきた彼らは後天的習性として、セーフハウス以外で絶対に熟睡しない。ノーヴェンダーと仲間達はフードやマスクを下ろし、ケモミミを露わにする。


「聞こえたか?」

 ノーヴェンダーの問いに仲間達は肯定と否定を返す。

「連続する爆発音。銃声。SOBの拠点がある方角からだ」「山稜線が邪魔で視認は難しい」


 遺伝子改造によってケモライズされた彼らの肉体は、決して愛玩用の見掛け倒しではない。嗅覚や聴覚は常人より優れており、常人には知覚できない遠方の音や臭いを捉えられる。

 狼男染みた青年が問う。

「どうする、姐さん」


「動くよ。支度しな」

 ノーヴェンダーはネコミミを蠢かせながら、忌々しげに美貌を歪める。

「この辺りでSOBの拠点へ殴り込みを掛けるような奴はいなかった。何か不味いことが起きてる。場合によっちゃあ身の振り方を考え直さなきゃあならない。そのためにも現場を探っておく必要がある」


 仲間達が移動の支度を始める中、ノーヴェンダーは毒づく。

「どこのバカだか知らないが……余計な真似しやがって」


     ○


 ノーヴェンダー達がSOBの拠点を見渡せる山稜線に到着した時、民兵組織サムライ・オブ・ブラックアーマーは完全に壊滅していた。


 その事実を突きつけるように、拠点の頭上を皇国軍の小型飛翔艇が空中監視し、その援護の下、もう一艇の小型飛翔艇が拠点内に着陸し、ノーヴェンダー達が見たこともないハイテク装備で身を固めた兵士達がいくつかのボディバッグを艇内へ運んでいる。

 無警戒に死体袋を運ぶ様から、拠点が制圧されたことは間違いない。だが、捕虜になった民兵の姿がまったく見られない。


「まさか、皆殺しにしたってのかい」

 ノーヴェンダーと仲間達は思わず息を飲む。


 民兵組織サムライ・オブ・ブラックアーマーはアシュタロス皇国の紐付き組織であり、中枢人員は全員が皇国人だ。実体はともかくスタンスは『皇国に利するための先遣的入植者』。


 そんなSOBを、皇国軍は捕虜すら取らず皆殺しにした?

 なぜ。どうして。眼前の冷酷な光景にノーヴェンダー達は言葉もない。


「奴らがSOBに代わってここらを支配するのかな?」

 ウサミミの若い女性スカベンジャーが問う。

 ノーヴェンダーは首を横に振る。

「そこは分からないね……あの部隊は頭数が少なすぎるし、後続を送り込んでくるにしちゃあ、村の顔役達を呼び集めてないことが気になる」


 あそこにいる皇国軍がSOBに代わってこの村を支配するなら、死体掃除なり支配統治者が変わるための段取りなりで、村の顔役を呼び出してあれこれ命じるはず。そうした動きが見られない以上、皇国軍は留まる気がないのでは? とノーヴェンダーは当たりを付ける。


 ノーヴェンダーも仲間達もその特異で過酷な生まれ育ちから学がない。第三次ララーリング半島戦争後にアシュタロス皇国と惑星再生機構が交わしたビュブロス条約――同条約により、皇国と惑星再生機構はララーリング半島の文明喪失圏に正規軍の進駐・地域占領が禁じられていることを知らなかった。


 それに、両陣営が特殊部隊や不正規戦部隊を投じて小競り合いをしたり、紐付きの民兵組織やらなんやらを使って頻繁に代理抗争させたり、有利な地形や有益な地域を実効支配したりしているから、政治的事情を知らないノーヴェンダーのような立場だと色々誤解する。


 こうした背景を考慮すれば、状況を読み取り、経験と持ち前の知恵だけで正解率の高い推論を組み立てられるノーヴェンダーが如何に有能か分かろう。


 むしろ、ノーヴェンダーより、拠点周辺の村の方が“暢気”だ。

 拠点周辺の村落では住民達が物陰から怯えた目で、同時に仄暗い愉悦を湛えた目で、拠点の様子を注意深く窺っている。突然襲来した軍隊に怯えつつも、自分達を搾取していた乱暴者達の壊滅を悦んでいる。


 バカ共め、ノーヴェンダーは村民達を無言で侮蔑する。SOBの庇護を失ったお前らは身動きの取れぬ芋虫と同じだ。食われるだけの存在。半月も持てば奇蹟だ。


「どうする?」

 仲間達がノーヴェンダーに判断と決定を求める。この群れのアルファはノーヴェンダーだから。


「手出しはしない。あそこにある物資は惜しいが……手を出したらどうなるか分かりゃしない。命あっての物種だ」

 数多くの艱難辛苦と屈辱と恥辱を味わいながら、今もノーヴェンダーが五体無事に生きている理由は、一線を見極められるからだった。

「それよりエイト・ブラザーズの採集キャンプに向かう」


 ノーヴェンダーは仲間達へ言った。蛮地で生き抜いてきた女らしい強かさと獰猛さを浮かべて。

「皇国軍が手出ししないようなら、キャンプを襲って物資をいただいちまおう」


      ○


 空が明るみを宿し始めた払暁。

 皇国軍は戦死したチーム7の亡骸とユーヒチが遺棄したウォーロイド3番機の残骸を小型飛翔艇に収め、撤収していった。


 曙光を照らし始めた蠢く碧空に消えていく二艇の小型飛翔艇を見送り、ユーヒチは四眼式多機能フルフェイスヘルメットの非透過型バイザーを開け、静かに深呼吸した。

 払暁時の密林の空気はむせ返りそうなほど青臭く粘っこく、爽快感など欠片も無い。手早くエナジーバーとビタミン剤を食べ、生ぬるい水で胃に流し込む。


 ――皇国軍を無事にやり過ごせたか……

 身体に燃料を補充し、ユーヒチはヘルメットのバイザーを閉じた。


 ウォーロイドの三番機を失ったため、荷物と弾薬の再配分を行っていると、

『シンハ1。ターゲットが現れたわ。エイト・ブラザースの資源採集キャンプを襲う気みたいね』

 HMDに映像が表示された。


 円形の沼が8つ散在する泥沼湿地帯。その一角に造られたみすぼらしいキャンプでは、二個小隊ほどの民兵達と数十人の人夫達がいる。そのキャンプから数百メートルほど離れた藪の中を半円状にツーマンセル・ラインで動くスカベンジャー達が見えた。

 どうやらキャンプへ襲撃を掛けるつもりらしい。狙いは物資の強奪か。


 民兵達はスカベンジャー達の接近に全く気付く様子がない。それどころか通信機周辺に集まってあーだこーだと答えのない善後策や窮余策を話し合っている。

『拠点が襲撃されたことは把握しているようだけれど、身の振り方が定まらないようね』


「こいつら、拠点へ偵察を出してないのか?」

 ユーヒチの疑問にトリシャは肩を竦めたような雰囲気を返す。

『当然、夜のうちに出しているわ。でも、そこのケモ・スカベンジャーの皆さんがこっそり仕留めた。それもあって、キャンプの民兵達は混乱してるの』

「なるほど」

 このケモ・スカベンジャー達は相当に場数を踏んでいるらしい。

「すぐに出る。まだ連中が物資を奪って逃走するまで間に合うだろ」

『いえ』トリシャはさらりと『空爆で仕留めるわ』


「皇国軍の過敏な反応を招かないか?」

 特殊部隊を1チーム亡くしたばかりのところへ、惑星再生機構の強行偵察飛翔艇が砲撃と言うのは……。特殊部隊を潰した下手人がこちらだと誤認していたら、怖いことになるかも。


『連中はこのフネに気付いてなかった』トリシャは典雅な美貌に妖しい微笑みを浮かべ『要らぬ疑いが掛からぬよう見逃してあげた、と教えてあげるのよ』

 それはまた御親切なことで。

「了解。ともかくキャンプへ向かう。目標の死亡確認をする必要は変わらないからな」


『ええ。帰ったらベッドで甘えさせてあげるから、もうひと頑張りしてね』

「ベッドで甘えたことなんてないし、そもそも寝たことがないだろ。任務中の通信は記録に残るんだ、勘弁してくれ。シンハ1、アウト」

 くすくすと上品に笑うトリシャから逃げるように通信を切り、ユーヒチは一機減った女体型戦争人形達へ命じる。

「残業だ。行くぞ」


      ○


 惑星再生機構のオルキナスⅣ級強襲偵察艇には40ミリ60口径電磁砲が搭載されており、極超音速で射出される弾体(ペレット)は大抵の目標を仕留められる。


 空飛びシャチの操縦桿を握る火星エルフ美女のダフネ・ミリガンは、久しぶりに訓練以外で大砲を撃てることにニヤニヤが止まらない。多目的表示ディスプレイのタッチパネル上を躍る指がうきうきと弾んでいる。

「シンハ、隠密滞空を解除。砲戦体勢へ移行開始」

『砲戦体勢へ移行完了。コイルガン・バーストファイア、スタンバイ。フレシェット・ロード』

 トリシャの官能的な美声がダフネのヘルメットに届く。


 名の由来となった大型海洋生物を思わせる優雅な船体、その上部に据えられた火砲ハッチが開く。砲身の根元にある厳つい電磁加速機へ自動装填機構が弾体を詰め込まれた。


「ターゲット、マーク。レーザーヒューズ・データセット」

 火器管制が目標の資源採集キャンプをターゲットボックスで囲み、膨大な弾道計算を一瞬で完了して電磁砲の射角を調整、弾着レティクルを重ね、弾体の信管に起爆諸元を入力。


『オールグリーン。ファイア・ファイア・ファイア』

 ユニット・コマンドが発砲コードを告げた。


 金髪碧眼白肌のエルフ美女にしか見えないダフネは、これ以上ないほど楽しそうに口端を大きく歪め、電磁砲のトリガーを引く。

「アイ、マム。ファイアッ!」


 電磁砲は伝統的な火砲のように装薬の燃焼爆轟音を奏でず、アニメみたく弾体が砲身を駆け抜ける際にマヌケな環境音を歌わない。

 しかし、メガワット級のエネルギーで投射された3発の弾体が即座に極超音速に達し、音の壁をぶち抜く音色は轟く――が、これもオルキナスⅣ級が備える音響ジャマーが掻き消してしまうから、実質的に砲声が地上へ届くことはまずあり得ない。

 ただ現象として、砲口の前に蒸散した水分が輪を残す。煙草飲みがスモークリングを吹いたように。


 射出された3発の弾体は大気摩擦の高熱で外殻の電磁被膜を青緑色に焦がしながら、極超音速で飛翔し、採集キャンプ上空の頭上でレーザー信管が起動。外殻がパージされ、弾体内から数十発の短針弾(フレシェット)が放散。赤熱色の雨となって降り注ぐ。


 さながら大量の砂利を水面へ叩きつけたように、キャンプ一帯が泡立った。

 極超音速を有する子弾は容易く生身の人体を引き千切り、義体を裂き砕く。武装車輛の貧相な鋼板を容易く穿ち、オイルや燃料を引火させて爆散炎上。子弾の発する熱量が移って燃え上がる天幕や物資。飛び散る大量の泥土や水辺植物。

 子弾が持っていた熱量と着弾時に生じた熱エネルギーで、キャンプ一帯の湿地が熱々の蒸気に包まれた。運悪く即死し損ねた兵士や人夫が煮立った泥水に塗れ、ゆっくりと死んでいく。


「命中」

 ダフネは碧眼を獰猛に細めながらセンサーボールの拾うデータを窺う。オルキナスの強力な捜索追跡系を持ってしても、砲撃直後は熱と動体の捜索効率が落ちており、明確な戦果は即座に分からない。

「お嬢。トドメにもう一連射いくか?」


『目的はキャンプの殲滅ではなく目標人物の殺害よ。やり過ぎると目標の死亡確認が難しくなっちゃうわ』

 前のめりなダフネをなだめるようにくすくすと微笑み、真顔に戻って告げた。

『それより、速やかに隠密滞空体勢へ戻すわよ。高度2300まで下げ、西へ10キロ移動』


「コピー。砲戦体勢を解除。隠密滞空モードへ移行します」

 美人オルカ・ドライバーはどこか口惜しそうに了承し、愛艇を翻らせた。


       ○


 夜明けが進み、蠢く碧空から疑似陽光が燦々と降り注ぎ、反応兵器の使用跡地に出来た泥沼湿地帯を照らしている。

 光を浴び、夜露に濡れた水辺植物の草花や低木の枝葉がキラキラと輝く。土色の水面や水気の多い泥濘も疑似陽光の光を反射して煌めいている。目を覚ました虫や小動物達が朝食を求めて動き始めていた。

 色彩豊かで光溢れる美しい自然情景。


 しかし、この地の草も土も水も空気も、反応兵器の残留放射能に汚染されており、有機生命体に極めて有害で、事実としてこの地の動物はライフサイクルが早く、遺伝子異常を持つ個体が多い。


 自然の美しさと人間の愚かさが入り混じったエイト・ブラザーズの湿地帯。

 その一角が乳白色の蒸気と何かが燃える黒煙に包まれていた。極超音速の砲撃を受けた資源採集キャンプだ。

 破壊された人体がそこかしこに散らばり、泥土を血を広げている。燃える天幕や物資。黒煙を立ち昇らせる車輛。死神の手が届かぬ負傷者達が汚染された泥土に倒れ、悲鳴や苦悶を上げていた。

 そして、戦いも始まっていた。


 砲撃に蹂躙された採集キャンプ地。38式系突撃銃の銃声が幾度も湿原に響き渡り、怒号と罵声と悲鳴の合唱が繰り返される。


「殺せっ! 奴らを殺せ! 一人残らずぶっ殺せっ!!」

 強制徴募された人夫達が採集用のスコップやらなんやらで民兵達へ襲い掛かり、死体から銃や刃物を奪って戦っている。

 彼らの多くはSOBによって狩り捕えられたレイダーや他コミュニティの者で、奴隷として酷使され、虐待されてきた。その憤怒と怨恨に塗れた殺意は、もう止められない。


「来るなっ! こっちに来るなぁっ!!」

 戦える民兵は少ない。砲撃は彼らを狙って行われたため、二個小隊いた民兵の大半は既に死ぬか重傷を負っていた。

 かといって降伏という選択肢は無い。無学無教養な民兵達だって分かる。怒れる復讐者達は決して捕虜を取らない。それどころか楽に殺して貰えるかすらも怪しい。生き延びるには、戦って、勝つしかないのだ。


 怨恨と憤怒の狂奔。恐怖と怯懦の狂乱。曙光の下で繰り広げられる血みどろの宴。

 その陰で極超音速のフレシェット弾幕に巻き込まれたスカベンジャー達が必死に撤退していく。


 8人の人造獣人達は今や5人しかいない。3人は即死しており、生き残った5人も全員が大なり小なり負傷している。


 そして、頭目であるノーヴェンダーの負傷は『大』だった。

 フレシェットの至近擦過により左腕が千切られ、左脇腹を深々と切り裂かれて左腎臓付近が酷く損傷していた。皇国軍の応急キットで一応の止血処理をしているけれど、少なくとも1時間以内に高度医療施設へ搬送しなければ、助からない。


 野営用毛布を担架代わりにしてノーヴェンダーを運ぶ狼男と牛角男。どちらも血塗れだが、歯を食いしばって女ボスを運んでいく。

 負傷した身にとって、ぬかるむ湿原の踏破は苦行以外の何ものでもない。それでも、彼女を置き去りにする選択肢は存在しない。


 邪悪な者達の手から逃げ延び、この蛮地で助け合って生き抜いてきた彼らは、紐帯で結ばれた“家族”。長姉にして母たるノーヴェンダーを見捨てることは絶対に出来なかった。


 美貌を土気色にしたノーヴェンダーが、真っ青になった唇を蠢かして告げる。

「あたしはもう……助からない……置いていきな」


「そんなこと言わないで、姐さんっ!」

 ウサミミ娘が泣きべそ顔で、ノーヴェンダーを叱咤した。

「絶対に助かるから……っ!」


 刹那。

 突撃銃の掃射が草葉を引き裂き、彼らを捉えた。

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