天使長
俺を見つめる天使の表情が徐々に怒りの表情に変わり、そして不意に無表情になった。
そんな百面相を見ているだけで、俺がいかに長から疎まれているのかを知る事が出来る。そりゃ、物凄く慕われていただろうルシファーを“黒き悪魔”にしてしまった張本人だもん。仕方ない。
「お前…何故ここに?」
恨みの対象である筈の俺にも何処となく優しげに話しかけてくる事から、きっとこの天使は物凄く優しいんだろう。
だったら、早く話を進めよう。
「俺に天使だった頃の記憶はないよ。だけど、今の俺にしか分からない事があるから、リセットせずに戻ってきたの」
部屋の入り口付近で立ったまま話し始めると、1人の天使がイスを持ってきてくれて、それを丁重に断っていると、少し遅れて長からの返事があった。
「なに?」
完全に無表情の仮面が外れ、物凄く嫌なモノを見るような、そんな顔を向けてくる長だが、それでも俺の話しに興味を持った筈だ。今はそうでもなくても、興味を持つ筈。
「蘇りのメカニズム、知りたいでしょ?」
ホラネ。
睨み付けて来る視線は一層激しさを増したものの、少しだけ身を乗り出すような姿勢。
天使が手を焼いている蘇り。それが生まれるメカニズムは、何としても知りたい事なんでしょ?
「分かったというのか?それは、一体なんなのだ?」
うんうん、長として気にならない訳ないもんね。
ここからが勝負だ。冷静に交渉しなくちゃここまで来た意味がない…そう、サクリアのように優雅にしつつ、強気な姿勢!
「その前に、俺の願いも聞いてくれる?」
さっき丁重に断ったイスに自分から座り、ゆっくりと足を組みながら笑顔で言ってみると、長は腕を組んでからイスの背凭れに体を預け、薄目で俺を見下すような表情をした。
「…なに?」
声まで怖いよ。
落ち着け、ここで闇の気配を出したら追い出される。大丈夫、絶対に交渉は上手くいくんだ。だから落ち着け。
「そんな睨まないでよ。天使長なら簡単な事だと思うよ?」
フゥ、と息を吐いてから立ち上がり、ゆっくりと長に向かって歩き出す。すると武器を持ったままの天使達が長を守るように俺の前に立ちはだかるもんだから、武器を納めた側の天使まで武器を構え、俺を守るようにして前に立った。
俺と長の仲って、とんでもなく悪かったんだなぁ…。
「言ってみろ…」
お互いの顔さえ確認出来なくなった視界の中、長からの言葉が耳に届いた。
姿が見えなくなった事で話を聞く余裕が出来たのかな?いや、そうじゃなくて蘇りのメカニズムが知りたいだけか。
なんだって良いけど。
「俺の記憶を残したまま、100年程時間を戻して欲しい」
時間を戻す方法はあるんでしょ?あるんだよね?
あれ?俺はそんな事も知らずにここまで来たの?
これは生前の記憶かな?天使の頃の記憶は魂の記憶になる訳だから、思い出せる筈ないんだけど…魂も、体も俺だから、絶対に思い出せないって訳ではない…のかな?
「そんな事をする位なら、聞かなくても良い。今でも聖水があれば導けているのだ」
落ち着いた声が聞こえて来る。
時間なんか戻せない、じゃなくて、戻す位なら。って事は、時間を戻す方法はあるんだな。だったらもう一押し!
聖水でもどうにも出来ない事を条件に出せば良い。
「もし、俺がこのまま過去をやり直せたら、ルシファーは“黒き悪魔”にはならないと思うけど、それでも?天界にとってルシファーは必要な天使じゃないの?」
これはきっと、エンゼルンが心から願っているだろう想い。そして、俺自身の願いでもある。
立派な天使だっただろうルシファーを巻き込んで人間になった俺は“奪う者”になって蘇りになって。結局背中から羽が生えて天使に戻った。ルシファーは“黒き悪魔”から変わる事が出来ないと言うのに、巻き込んだ俺だけが天使に戻ったんだ。
こんな酷い話ないよ。
「そ、それは…」
長は口篭っている。
何を考える事があるんだよ。
時間が戻れば、俺は人間には絶対にならない。そうすればポチ達だって天使のままだし、ルシファーも“黒き悪魔”にならない。その上蘇りのメカニズムまで知れるんだよ?良い事しかないじゃないか。
時間を戻す術が難しいから?
「戻してくれる?」
最終確認するように尋ねて、断られた後の事を考える。
かなりギリギリな俺では、断られると言う衝撃に耐える事なんか出来ずに闇の気配が出てしまうだろう。
最終手段だと思ってここまで来て、切り札を全て出し切った後だ、闇が少し漏れ出すとか言う可愛らしいものでは済まない。
次を考えて少しでも余裕を持っていないと、一瞬にして落ちてしまう。
「…ルシファーは、本当に堕ちずに済むのか?」
長を巻き込んで落ちるしかない。そう考えがまとまろうとした時、悔しそうな表情を浮かべている長の顔が見えた。
俺達の間には何人もの天使がいるというのに、目がバッチリと合う。
なんとかなりそうで良かったんだけど、そんな苦虫を噛み潰したような顔しなくても良いんじゃない?
心底俺が嫌いなのかな?その想いよりもルシファーを助けたい気持ちが勝ったんだよね。
「俺が天使のままなら、堕ちる理由ってないんじゃない?」
軽く言いながら笑顔を作ろうと思ったのに、上手く笑えない。
闇に落ちそうになっているこんな弱い俺に託された夢が壮大過ぎるから、今になって緊張してきたんだ。
俺のせいで傷付いてしまった皆の願いは、絶対に俺が叶えなきゃならないし、俺には皆を守る義務と責任がある!
「分かった、100年戻そう…」
深い溜息と、落胆した様子の長は、周囲にいる天使の反対意見を押し切ると俺に向かって何か長々とした呪文を唱え始めた。




