春の健康診断
寒い時期が終わったらしい。
皆がサムイと言う単語をあまり使わなくなって、町には彼方此方に立っている木が綺麗な薄いピンク色した花を咲かせ始めた。
桜、って言う木らしい。なんでも見ごろが酷く短い期間しかないとかで、そう言ってる間にもチラチラと花が散っていく。
「折角だし、お花見をしようか」
そんなハクシャクンの言葉に、恒例の“花見って何”とか言う質問をして、皆はその準備に取り掛かろうとしたんだけど、ハクシャクンはその後、再び聞き慣れない言葉を告げたんだ。
「春の健康診断を先にしちゃおうか」
聞き慣れないものの、健康診断って言うんだから、きっといつもの回復度合いのチェックなんだろう。
部屋に戻るか。
コッソリと広間を出ようとした腕を捕まれる、どうやら部屋に戻ると先読みされていたらしい。
皆の回復を見せられ、何を思えば良いと言うんだろう?
特に何も意図がないなら席を外させてくれたら良いのに。
もしかして新手の拷問?!
「ちょっとゴメンね」
俺を掴んでいたハクシャクンは、両手でゆっくりとアフラのカツラに触れてくるとスポッと取り外し、メジャーを当てて俺の頭を計り始めた。
そうか、ハクシャクンは時々俺の頭を計るんだっけ…なにも変わってないだろう筈なのにね。
「ん~…1ミリ…いや、2ミリかな。うん、ありがとう」
笑顔でアフロのかつらを渡されても困るんだけど?なに、2ミリって、なんなの?2ミリって?!
「なんの話だよっ?!」
「あれ?気付いてなかった?1週間前に比べると2ミリ小さくなってるよ」
な…今、なんと?
1週間前に比べて小さくって、もしかして頭の陥没の事…なんだよね?今そこ計ってたし。じゃあ俺も回復してるって事?
「初めの頃と比べると~~~。うん、凡そ1センチ」
1センチも?!
慌てて陥没部分に触れてみたんだけど、そこはやっぱりものすごい陥没っぷりで、とてもじゃないけど回復しているようには感じられない。
「触った感じ、何も変わってないんだけど…」
アフロのカツラを被りながら、率直な意見を述べてみる俺に、ハクシャクンは少し笑ってから、
「1週間で2ミリの変化を触っただけで感じられるのかな?後、少しだけ地毛もあるんだよ。赤毛だったんだねガイコツン」
と、被ったばかりのアフロのカツラをスポンと取った。
赤毛って言うのは俺の友から聞いた情報通りなんだけど、骨から髪の毛が生えては来ないでしょ~。
「陥没したところの、ちょっと横にね、数本あるよ」
え?
「どこどこ~?あ、本当だ。すげ~綺麗な赤色だ~」
俺の頭に向かって右目を伸ばしてきたゾンビンが少々興奮気味に言っている。
ゾンビンはその…素直なタイプなので嘘とかは苦手で…って事は、髪の毛があるって本当に?サラサラの…フサフサで…毛先なんかをワックス辺りで遊ばせるイマドキヘヤースタイルが出来るかもしれない!!
「育毛剤買って来る!」
依頼報酬の潤い残る財布を握り締め、改めてアフロのカツラを被ると、ゾンビンの右目が纏わり着いてきながら、一緒に行きたいと言い始めた。
ゾンビンはこれから春の健康診断があるのに、なにを子供みたいな事を…育毛剤買いに行くって俺はオッサンみたいな事を言ってる訳なんだけど…。
「じゃあお花見序に、後から皆で行こうか」
パンと手を叩いたハクシャクンが話をまとめてくれて、俺は皆の健康診断が終わるまで部屋で待機する事にした訳なんだけど…やっぱり頭の陥没が1センチも回復したって話は信じがたい。なにか証拠みたいな物があれば…あ、そうだ。1センチとはいかないかもしれないけど、証拠があるじゃん。
足早に部屋に戻り、ベッドの下に置いていた人骨模型を引っ張り出す。
これは節分の時に俺で型を取って作られた物だから確実に、寸分の狂いもなく俺。町の人が陥没部分まで綺麗に作ってくれたバージョンのをくれたんだ~♪
どれ位回復しているのかと触り比べてみたんだけど…分からない。そりゃ2ミリ以上1センチ以下の違いしかない訳だし、ハクシャクンが言っていたように、触っただけでは感じ取れない変化なんだろう。
大人しく定規を持って来るか。
定規を持って部屋に戻っていると、何か騒がしい声が聞こえて来る。しかもそれは俺の部屋からで…なんとなく想像がついたので急いで戻ると、部屋の中にはゾンビンとオチムシャンがいて、模型相手に、しっかりしろと声をかけていた。
「ど、どう…したの?」
吹き出しそうになるのを我慢しながら、何でもなさそうに声をかけるってのは、かなり難しい。
「あのガイコツなんなんだよ!女を部屋に連れ込むとかなにやってんだよ!バカッ!!」
駆け寄ってきたゾンビンの怒鳴るような台詞は、突っ込み所が満載過ぎて、どう返事をして良いのかが分からない。
えっと…。
「女性じゃなくて、あれは俺で型を取った模型。後頭部にはちゃんと陥没があるんだけど、2ミリ治ってるって言われたからさ、比べてみようと思って」
俺で作った模型だってのに女性に見えたんか~い。ってツッコミを忘れた。
「~~~悪趣味!!!」
なにか色々と言いたそうにしていたゾンビンだったが、最終的にはそんな子供みたいな事を言いながら俺の足を蹴り、自分の部屋に篭ってしまった。
本人的には多分軽く蹴ったつもりなんだろうと思うけど、攻撃スタイルが武器を持たない格闘スタイルのゾンビンの蹴りは、俺の骨に結構なダメージを与えている。折れなかったのが不思議な位なんだから、手加減も何もなかったのかな?とか思えてしょうがないんだけど…しょうがないか。この模型を俺だと思ったんなら、相当ビックリしたんだろうし。
ともかく、このままじゃ駄目だ。
「ゾンビン」
謝ろうと部屋のドアをノックするも無反応。コレは相当怒ってしまったようだ…。なら、こっちから…。
「ここが何階か分かっておられるのか?!」
自分の部屋に戻り、窓から身を乗り出した所でオチムシャンが慌てて俺の腕を掴んだ。
「3階だよ。大丈夫だって、窓掃除の時とかこうして外に身を乗り出してやってるんだしさ」
それに、ゾンビンは閉じ篭ってるんだから、こうして窓伝いに隣の部屋に行く方が手っ取り早い。窓を開けてくれなくたってガラス越しに姿は見えるしね。カーテン閉められたら、そりゃ悲しいけどさ。
「それとは状況が違うでござろう?!」
「延長線だよ、延長線」
そんなやり取りが少しだけ続き、オチムシャンは心配性なんだな、なんて結論が自分の中で出て、大丈夫とオチムシャンの手を振り払った…までは良かったんだ。
振り払いまでは、本当になんて事もないやり取りだったんだ。
ただ、力いっぱい握ってくるオチムシャンの手を、これまた力いっぱい振り払ったもんだから爽快にバランスを崩したんだ。
窓から身を乗り出した格好のままで。
そりゃ、落ちるよね、うん…。
「ガイコツン!!」
見上げる視界の中、オチムシャンと、ゾンビンが窓から俺を覗き込んで来る姿が見えて、スグに消えて…多分もう少ししたらここにアホだのバカだのと言いにくるんだろうな。
「いや~落ちたねぇ」
2人が俺に駆け寄って来たので、先手をうって話しかけてみる。
出来るだけ笑顔を絶やさずに…。
「落ちたね じゃないだろ!!」
はい、ですね。
「まぁ、痛くないし大丈夫なんだけど…も~ちょっとこのまま放っといてくれると嬉しいかな」
起き上がれないから、とは口が裂けても言えません。
俺は骸骨で、骨がバラバラになっても気合を入れるとガチャガチャって組み上がって元通りになる。だから、大丈夫だと思っていたんだけど、どうやら今の事態は、そう簡単には治まらないようで…。
「大丈夫でござるか?」
心配性のオチムシャンが、何故か泣きそうな顔で俺の顔を覗き込んで来る。
3階の窓から落ちて動けない状況は、やっぱりその…重症に見えてしまっているんだろう。けど、そこまでの重症ではない…と思う。腕とかは普通に動く訳だし。
「うん。大丈夫・・・あ、ゾンビン、ごめんね」
大丈夫と必要以上に大きく振った腕が、オチムシャンの隣にいたゾンビンの頭を見事にチョップして、だから謝ったんだけど…
「なに謝ってんだよ!」
なんか、怒られてしまった。
チョップした直後なんだからその事について謝ってるに決まってんのに、怒ってるって事は…やっぱり模型の事…だよな。
「模型、怖かった?」
試しに尋ねてみると、大人しく頷くゾンビン。
「怖くないように色塗っとくよ。ピンクとか」
「黄色でも良いよ」
「じゃあピンクと黄色のシマシマで」
「塗る時は声かけろよ?手伝うから」
こんなやり取りの間に何故か機嫌の良くなったゾンビンとの仲直りは成功した。
折角精巧に作ってもらった模型をとんでもない色で塗る事になってしまった訳なんだけど…まぁ、いっか。またいつこんな事が起きるかも分からないし、俺がシマシマに塗られる訳でもないんだから。
「じゃあ2人共先に行ってて。俺、も~ちょっとしたら行くからさ」
腕の力で上半身を起こし、今から部屋に戻って出かける準備をするよ~みたいな態度で手を振ると、2人は先に行ってるから~と広間に行ってくれて、その後姿が見えなくなった所で寝転んだ。
さて、問題はここからなんだよ。
広間に皆が集まってしまう前に何とかして立って歩く事が出来なきゃいけない。
やっぱり、可笑しい。
気合を込めているのに足に力が入らないのはどうしてだろう?
ちゃんと骨が組みあがってない?でもそんな感じはしない。関節が外れていると言う感覚もない。だったらどうしてだろう?
何度気合を込めても、一向に立ち上がる事が出来ないまま時間が過ぎ、こうなれば這って広間に行ってやろう。そう思ってうつ伏せになって初めて俺はこっちを見ているハクシャクンの存在に気が付いた。
「あれ…ハクシャクンどうしたの?」
どうしたの、はなかったか…俺の様子を見ていたのなら普通でない事はバレてる…かな?
「落ちたって聞いてね…どうしたの?何処が可笑しいのかな?」
あ、バレてた。
なら誤魔化さないでちゃんと話そう。だって、今日は春の健康診断な訳だし…。
「落ちた拍子に足からポキって音がして…一生懸命治そうとしてるんだけど、ウマク行かなくてさ」
なんでもないように笑いながら頭などを掻いてみると、その拍子にアフロのカツラが指に絡まる。それを外しているとハクシャクンが近付いてきて一言。
「足、折れちゃってるよ」
折れたのか?!あ、でもポキって音がしたんだから折れたのか…色んな魔物に叩かれても平気だった俺が、まさか3階から落ちただけで骨折とは…あ、待てよ…確か今日は足、攻撃を受けてたっけ。3階から落ちる前に。
それはそれはもう物凄いダメージを食らったんだ、折れないのが不思議だって位の強烈な蹴りを、ゾンビンから…。
ならこれは3階から落ちてってよりも、疲労骨折に近い感じ?
「外れてもズレても平気なのに、折れると駄目なんだなぁ~」
少々形の崩れたアフロのカツラを被り直し、試しにもう1回だけ気合を入れてみても、やっぱり足は動かない。
「そんな暢気に感想なんて言ってないで、ほら、部屋まで飛ぶからね」
ハクシャクンは俺を肩に担ぐと飛び出し、窓から部屋の中に入ると模型を少し端に寄せたベッドに寝かせてくれて、折れた足の処置までしてくれた。だから心を込めてお礼を言おうと思ったんだ。それはもう感謝を込めて。なのに、ハクシャクンは横にある模型を少しだけ眺めてからこう言ったんだ。
「こっちのお嬢さんは?」
だから俺はお礼よりも先に、
「模型だから!」
と、ツッコムしかなかったんだ…。




