グルグル
魔石から呼び出されたサクリア殿の友は、片手をあげつつ笑顔で訪問者に挨拶をした。
その笑顔が眩しければ眩しいほど、サクリア殿の表情が曇ってゆく事にも気が付かずに。
ドラクルと名乗った訪問者はリッチの弟のようで、サクリア殿に「兄貴を解放しろ」とまくし立てている。
この場をどう納めるつもりであろうか?
「見ない間に随分大きくなって~って言いたかったんだけど…あんま変わんねぇな」
魔石から出てきたリッチは、自身よりも下にあるドラクルの頭をポンポンと撫ぜながら優しい笑顔を向け、おどけた。
「うっさい!」
大きく腕を振ってリッチの手を払おうとするドラクルだが、その攻撃は空を切り、その先には天井近くまで飛んで交わしたリッチのニヤリとした笑顔があるだけ。
ドラクルはサクリア殿に対して攻撃的な雰囲気ではあったが、その振り上げた腕をサクリア殿に向ける事はなかった。
ならば関係のない拙者は立ち去った方が良いか…。ディルクとカフラはどうするつもりだろうか?
「親父と母さんは元気?」
「うん。兄貴は知らないだろうけど、妹が出来たから」
「えぇ!?」
兄弟の会話が始まってしまえば、サクリア殿ですら気まずそうにソワソワとし始めた。
攻撃の意思は無さそうとはいえ客人を放って買い物に出る訳にも行かぬし…しかし兄弟の込み入った話をこのまま聞く訳にも…。
「待たせたな」
台所から飲み物を持ったカフラが戻ってきて、飲み物をテーブルの上に置いた後椅子に座って腕を組み、目を閉じた。
立ち去る気はないと見える。
そして珈琲を口に運ぶディルクも椅子から立ち上がる気配はない。
「気を引き締めておけ、用心に越した事はない」
確かに、ディルクの言う通りだ。
今は攻撃の意思はなくとも、サクリア殿にまくし立てていた人物には違いない。それが例えリッチの解放という理由があろうとも…それにだ、帰って来ないキリク殿とエドに何をしたのかも気になる。
余程の事がない限り、特にキリク殿は、なんて事はない。という顔をして帰ってくる筈なのだ。
ふむ、少し考えれば兄弟の会話をしているという理由だけで席を外せる状況ではないとの考えにいたる。
そんなつもりがなくとも、拙者は平和ボケをしていたらしい。
「なぁ、兄貴…俺と一緒に魔王島に帰ろ?兄貴は奪う者じゃないんだからいつだって帰って来れるんだ」
「まぁ、そうだろうな」
このように込み入った話をされると居心地は悪いが、それが狙いだという事もありえる。
「巻き込むだけ巻き込んで、何もかも忘れちまったコイツが今でも大事なのか?」
サクリア殿の事だ、巻き込みたくて巻き込んだ訳ではないのだろうし、忘れたくて忘れた訳ではない。故に、そんな風に言われる道理はない。
「…俺はいない方が良さそうだね。リッチ、好きにして良いよ…その子が言う通り、俺は全てを忘れてしまったのだから」
広間を立ち去るつもりなのだろう、サクリア殿はリッチの入っている魔石をテーブルの上に置いたが、その手をリッチが掴み、
「なに言ってんだよ。お前が忘れてても俺が覚えてんだ。今でも親友だろ?俺はそう思ってる」
そう笑った。
「親友と家族と、どっちが大事なんだよ!」
難しい質問だ。
拙者には家族がいないから想像する事も出来ないが…もし拙者がリッチの立場だったらどう思うのだろう?
家族…そもそもそれが分からない。
なにを馬鹿な事を。
拙者は蘇りだ。家族がいたとしても覚えている訳がない。覚えていない繋がりと、こうしてここにいる皆とを比べる事など出来る筈もない。
もしくは即決か?
「どっちも大事。天秤にかける事じゃないだろ?でもな、俺はこの奪う者を守る。そう誓ったんだ」
あぁ、そうか。どちらも大事。その選択肢もあったか。
「戻って来る気がないって事か?」
少し俯いたドラクルは、鋭い視線をリッチにではなくサクリア殿に向けた。その瞬間、カタンと椅子を少し引いたディルクの指は剣の鍔にかかり、スグにでも攻撃出来る体制を整えた。
カフラは腕を組んで目を閉じている姿勢は崩さない。
「妹は見たいけどな☆」
ピリピリとする空気の中、またしてもリッチはおどけた風な声をあげた。
「だったら!」
そしてドラクルはサクリア殿から視線を外し、リッチを睨む。しかし先程のような鋭さがない。
兄想いの良い弟、そう言ってしまえばドラクルは良い魔物のように思えるが、サクリア殿に向けられるあの目を見れば、ただの危険人物だ。
リッチの弟ではあるが、サクリア殿を攻撃するならば敵。
拙者も構えておくとしようか…。
「主ら、少しは落ち着かぬか。キリクとエドが魔王島にいる事、忘れるでないぞ?」
腕を組んだ姿勢のまま、目だけを開けたカフラはドラクルにではなく拙者とディルクに向けて鞭を振るい、それによって椅子に縛り付けられてしまった。
「何をする」
「よいか?あの客人が暴れたとて、サクリアの相手ではなかろう?主らが出ると怪我人が出るわ。大人しくしておれ」
口で大人しくしろと注意をする割に、鞭での拘束とは…拙者らはそんなにも血の気が多いと認識されているらしい…。
「うぬ、承知した。して、拘束は解いてくれぬのか?」
「うむ。ひと段落着くまではそのままゆっくりしておれ」
ゆっくり…。
こうもグルグル巻きにされたのでは、茶も飲めぬのだが…仕方ない。このまま事を見守るしか無さそうだ。
「俺が魔王島に戻る時は、サクリアも一緒だ」
ほんの少し目を離した空きに、話は進んでいたようだ。
「はぁ!?こいつは追放処分受けた身だぞ!?どうやって戻るんだよ」
魔物が“奪う者”になる事は異例だろう。だからサクリア殿は人間の住む大陸へと渡ってきた。そう思っていたが、追放処分を受けていたとは…。
「そこをなんとかすんのが俺の弟としての役目じゃねーか」
なんとか、とは?
追放処分を受けたとなればご近所問題だけではなく、魔王島全体で決められた事なのだろう。それは当然魔王の決定という事。それを、家族に会いたいとの理由だけで覆る筈もない。
いや、ただ会いたいだけなのなら人間の住む大陸と、魔欧島の中間にある商人の島で待ち合わせれば良いだけ。それを“魔王島に戻る”と明言した…。
「随分難しい事を頼むんだね。それで、具体的なプロセスは?」
具体的な話を望んでいるサクリア殿は、魔王島に帰りたいのだろうか?
当時猛威を振るっていた“黒き悪魔”がいる人間の島へ追放した王が統べる場所に?
冗談ではない。そのような所への帰宅など…。
「それはホラ、頭の良い弟が考えてくれるさ」
ふむ、プランは特にないのだな。
「…えぇ!?」
ドラクルの方にも良い考えは無さそうだ。
安心した。
「って事で、頼んだぞードラクル」
とは言うものの…自分から提案しておいて弟に丸投げとは。
「え…えぇ~…」
しかし、もし良い案が出て、それを魔王が承諾した場合、魔王島に戻らない訳にはいかなくなるのだろうな。そうならない為、もしくは、そうなった場合の良い案を拙者も考えておく必要がありそうだ。
一緒に着いて行く他ない。
人間の住む大陸で魔物が好き勝手に人間を襲っているこの状況、魔王島で好き勝手に魔物に襲い掛かる“奪う者”がいても不公平ではないのではないか?そしてあわよくば魔王を…
「主らよ、体だけではなく、思考回路まで拘束せねば落ち着けぬのか?」
上げた視線の先では、カフラが呆れた風に溜息を吐きながら拙者とディルクの顔を交互に見ていた。
どうやら拙者とディルクの考え方は似ているようだ。




