ヤレヤレ
割れてしまったキリクのティーカップを買う序に、我とサクリアのティーカップも新調したのが昨日の事。
そして今朝、サクリアからちょっとした情報を得た。
キリクの友が人間の住む大陸に戻ってきた事と、何者か分からない気配も一緒にいる事と、肝心のキリクとエドの気配はない事。
何をどう用意すれば良いのか分からないまま時間が過ぎ、終に、
コンコン。
扉をノックする音が広間に響く。
広間には我だけではなく、サクリアも、恭治も、ディルクまでいるというのに、皆黙ったまま扉を開ける者はいない。
コンコン。
2度目のノック音の後、小さく深呼吸したサクリアが人の良さそうな…胡散臭そうな?不自然なほど穏やかな表情を作って1歩前に出たが、それを阻止するように立ったディルクと恭治。
あの2人に任せると、相手の素性も分からぬうちに攻撃に転じてしまいそうだな。
ここは我が出るとしよう。
ガチャリ。
扉を開けて目に入ったのは、キリクの友であるポチという半獣の男で、
「ただいま~、っと、こちらお客さん」
我らの反応も待たずして同行者を屋敷の中に案内した。
キリクとエドがいない説明よりも先にお客の紹介か…それ程までに大事な人物と言う事か?
「こ、こんにちは…」
突然紹介された事に戸惑っているのか、お客は俯いてしまい、小声で挨拶だけしてきた。
俯いた事で帽子と髪で隠れていた耳が露になる。その形は人間の物ではなく、だからといって誰かの友という訳でもなさそうで…。
魔物が屋敷に何の用事だ?それも蘇った“奪う者”が集うこの屋敷に。
依頼と考えるのが1番納得出来るが、その依頼箱を設置したのはキリクとエド。2人が留守であると知っているのなら、ここに来る理由が見当たらない。
依頼をしにきたのではなく、ここに来る事が依頼の内容だったか?
いや、そもそも“奪う者”が集うこの屋敷に、誰の友でもない魔物が来る事自体が異常なのだ。
「魔物のお客人とは珍しい…して、なんの御用でござるか?」
声だけを聞けば穏やかな恭治だが、表情は硬い。
素性も分からぬ魔物では、例えお客だと言われても歓迎する気はないようだ。それがたとえキリクの友と現れようとも。
魔物というものは気配というものが察知出来るらしい。それ故に客が感じ取っている屋敷内の雰囲気は、我が感じているものよりもピリピリとしているのだろうな、一向に顔を上げようとはしない。
そろそろ、何が目的でここまで来たのか、本題にうつってもらいたいのだが…。
仕方ない。
「お客人。茶はいらぬか?」
スゥっと上がった頭と瞳は、声をかけた我のほうを一瞬捉えた後、屋敷の奥、ディルクや恭治のいる方へと流れて止まり、サクリアを右手で指しながら震え始めた。
「ん?」
サクリアはまた人の良さそうな穏やかな表情で首を傾げて見せているが…気配を察知出来る魔物が相手なのだから表面上の愛想の良さなど無意味ではないのか?
「ん?じゃねーよ!」
よせば良いものを、客はサクリアに怒鳴りながら近付いていくから、ディルクによって取り押さえられてしまった。
恭治は、サクリアの知り合いと察した時点で客に対しての警戒を解き、今は普段通り人の良さそうな…客を押さえ込んでいるディルクをヤレヤレといった風に見ている。
「先に説明がいるのかな?俺達はね、蘇った“奪う者”だよ」
話しながらディルクの肩を叩いたサクリア。ディルクはゆっくりと客から手を離すと、再びサクリアの前に立って客から少しの距離を開けた。
「それは…分かる。キリクと同じ感じだし」
やっと本題に入れそうだな。
「で…キリクとエドは何処にいるのかな?」
椅子に座り、足を組んだサクリアは、穏やかな表情を一瞬にして消し去ると皆の気持ちを代弁した。
「あいつらは俺の部屋にいる…と思う」
歯切れの悪い言い方だな。
ここにこうしてキリクの友がいて、客を屋敷に案内しているのだから可笑しな事にはなっていないと頭では理解出来ようとも、やはり無事な姿を確認しないと安心は出来ない。
「何故一緒じゃない?」
きっと、ディルクも我と同じ気持ちの筈だ。
いいや、恭治も、サクリアも同じであろう。だから、この客が何をどう言おうとも我らは素直に聞く事は出来ない。
ここはキリクの友である半獣の口からキリクとエドの状況を説明してもらおう。
「主らから説明してもらおうか」
ポチ、ピヨ、ぺぺの3人が言うには、キリクは依頼の最中に足を怪我して動けないらしく、エドはキリクが魔王島にしか生えていない薬草を探して回ろうとするのを見張る為一緒にこの客人の部屋に残ったらしく、エドは無傷であるらしい。
足を怪我したとしても、いつもならばここにいるピヨか“黒き悪魔”に連れて帰って来るだろうから、怪我は思うよりも酷いのだろうな…。
エドが一緒に残っているのなら安心か。それに“黒き悪魔”がここにいないという事は、キリクの見張りにはエドと“黒き悪魔”が交代でしていると考えられる。
それ程までにキリクの薬草に対しての情熱は凄まじいのか?あぁ…凄まじいな。
「話は、終わったか?」
大人しく話が途切れるのを待っていた客人は、誰も話さなくなるまでジッと待っていて、ピッタリ1分後に声をあげた。
「あぁ、ゴメンね。キミは俺の知り合いなのかな?」
サクリアは一旦立ち上がると客人をテーブルへと促し、我に茶を用意するようにと言って来た。
「主、茶はなにが良い?」
「え…じゃあ、珈琲…薄めで、ブラック」
うむ、良かろう。
キッチンに立ち珈琲をたてていると、シィンとしている広間からの声がハッキリと聞こえてくる。
「兄貴を解放しろ!」
これが客人の用件だったようだ。
魔物が“奪う者”に向かって開放しろ。それは“魔石”に封じた魔物を解放してほしいという願いだ。
「兄貴?」
しかし…我らは何匹もの魔物を“魔石”に封じてきたし、友にならなかった物は魔法石の素材として、または金策として道具屋に売っている。果たして、客人の言う兄貴がまだサクリアの手元にあるのかどうか…。
いや…客人は人間の住む大陸以外からやってきた魔物だ。だとすれば商人の島か、魔王島という事になる。サクリアは我が知る限り人間の住む大陸からは1度も出ていないから…。
「お前っ…兄貴を巻き込んでおいて、それすら忘れちまってんのかよ!」
やはり、サクリアが生きていた頃の話か。
「巻き込んだ?あぁ、そうか。ちょっと待ってね」
出て来て。と声がした時、丁度珈琲が入ったので広間に出てみると、思った通りサクリアは“魔石”の中から自身の友を呼び出していた。
「よっ」
リッチという名の魔物は、客人に向かって片手を挙げて本当に軽く挨拶をするが、客人の方はまだ頭が追いついていないのかパクパクと口を動かしているだけで大人しい。まぁ、スグに喧しくな…
「よっ、じゃねーだろ!?よっ、じゃ!」
やはり、思った通りであったか。




