目的
ベッドの上で、羽を生やすため背中に全神経を集中させてから1時間ばかし。一向に生えて来ない。
前は船から落ちてスクリューに巻き込まれかけた時に一気に生えたんだから、今回もそれくらい命の危機が迫らないと駄目なんだろうけど、今の俺は昇天レベルの怪我をしている状態だから、命の危険もクソもない。
窓から飛び降りてみたいけど部屋からは出られない術がかかってるし、そもそも地面に落ちる前にルシフェルかピヨが助けてくれるって安心感があるから無駄かも。
スクリューに巻き込まれる事を疑似体験してみるとか?
エドに思いっきりタオルを振り回してくれるよう頼んでみようかな?
まぁ…今は何を言っても無理っぽい。
「お前の目的はなんなんだ?」
エドは今、ドラクルの尋問で忙しそうだもん。
俺に向かってくると思っていた怒りの矛先が、奇跡的にドラクルへ移ってくれた結果だ。
初めのうちは何も答えようとしなかったドラクルだったけど、あまりの長時間にわたる尋問のせいで徐々にグッタリとしてきて、終に、
「魔物が…モノ扱いされてんだ。奪う者をモノ扱いして、何が悪いんだ…」
と、ちょっと虚ろな目をして、少々投げやりな口調でそう言った。
きっとこれは本音。なんだろうけど、ちょっと違和感がある。モノ扱いして何が悪いんだーっとか言う割りに俺への扱いが酷くないから。それ所か痛み止めまで飲ませてくれたし…いや、その薬の副作用で昇天レベルになった可能性はあるんだけど…でも、ドラクルは初めから副作用で苦しめてやるって思ってた訳じゃない。少しでも俺を楽にしてくれようとした。それがモノ扱いしてやろうとしている相手にする事かな?研究の実験材料にするとは本人から言われたけど、そんな感じもしないし…。
「で?」
腕を組んだまま威圧的に立っていたポチが、わざわざドラクルに顔を近付けて1文字。
凄いな…普段は全然そんな事ないのに、そうやってるとルシフェルよりも怖い。って、当のルシフェルは怒りを通り越してしまったのか、俺の隣でしょぼくれてしまってる。
ペペはいつまでも続く尋問に嫌気が差したのか、部屋の床に書かれた呪文を手でなぞっている。
ピヨは羽を生やそうとしている俺の横で、体が完治してからにしろとか、屋敷に戻ってからの方が良いとか言っては水を差してくる。
アンさんとタマとクロは、新天地の偵察をするからと飛んで行ってしまった。
クルリと部屋を見渡してから改めて背中に集中してみるが、特に何も感じない事に変わりなし。
これ、本当に生えてくるんだよね?何だか不安になってきた…あ、もしかしたら骨の位置を元に戻せばその反動でバサッって生えてくるかも?これは試してみないとね!でも、痛覚がないとは言っても酷く消耗している事には変わりないから、もう少し体力が戻ってからにしようかな。そうなるとピヨの言うように屋敷に戻ってからになるのかも?そこまで待つんならアンさんから龍の抜け殻を買うまで待とうってなりそうだから…数時間。明日には骨の位置を戻そう。
じゃあ少しでも体力を戻す為に大人しく寝るかな。
「頼みたい事があったんだ」
ベッドに横になった所で、かなり興味深い言葉が聞こえた。
カクンと首をドラクルの方に向けると俺を見ている。って事は、俺に頼みたい事が?
あ、実験材料になれって願い事なら聞いてたわ。
どうにかしてこの部屋から出ないと本当に実験材料になるのかも?ポチ達が一緒だからそんな恐ろしい目には遭わないとは思うけど、一生この部屋から出られないってなると流石に暇だし、サクリア達も心配するだろうし、恭治の矢だって抜いてあげられない。
あの窓から腕は放り投げられたから、肉片なら出られる事は実証済み。なら体を肉片にして少しづつ窓から投げていけば…意思のある頭部は無理かも?意思が保てないほど砕けば、あるいは…。
うん、恐ろしい目に自主的に遭ってどうするんだろうね。
今のなし、今のなし。
そうだ、どうせ粉々にするんなら俺の体じゃなく、この建物の方ならどうかな?呪文が書かれてあって、それが作用して部屋から出られないんだから、床だけ粉砕すれば良いのかも?あ、でも建物全体にバリア的なモノが張られてるんだっけ。だったらやっぱり建物ごとになるか。
ん?
バリアがあって、そこから出られないのなら、俺はどうやってここまで来たんだろうか?入るだけの一方通行?いや、違った。首輪をつけられたせいだっけ。そしてこの首輪は自分で外す事は出来…。
待てよ?自分で外せないってどういう意味で?
確かめるように首輪をグッと掴むが、特にどうにもならない。だったら外してみようと金具に触れた瞬間、物凄い力で体がベッドに押し付けられ、手が自然と首輪から外れてしまった。
なるほどね、外そうとしたら重力系の魔法が発動する訳か。けど首輪に触る程度では発動しない。じゃあ首輪を外すんじゃなくて首を外せば安全に首輪を外せるじゃないか。
あ、まぁ…首を外すのに安全って事はないか…。
じゃあどうしたらここから出られるんだろう?
ドラクルの頼み事が“実験材料になれ”以外にあるとしたら、叶える事と引き換えに自由を手に入れられるかも?
うん、これが1番安全な対策だよね。まぁ、他に頼み事があればの話だけど。
「頼みたい事って?」
自由になれるんなら結構面倒臭い事でも、そこそこ大変な事でも、大体は引き受けるよ!物凄く困難な事だって!
「…俺は吸血一族のドラクル。兄貴が“奪う者”によって“魔石”に封じられた。それを助けて欲しかったんだ」
俯いてボツリとドラクルは過去形で願いを呟いた。
今は助けて欲しくない?だったらどうして願い事として口に出した?そもそも俺を誘拐した意味もないんじゃない?
きっと、今でも助けて欲しいんだ。けど、肝心のお兄さんが入った“魔石”が何処にあるのか…。
「助けて欲しいって言うんだから、魔法石にされてはいないって確証があるのでしょ?」
暇を持て余していたペペが、結構キツイ質問をサラリと言うと、ドラクルの顔が上がり、
「兄貴を封じたのは同じ吸血一族の魔物。今は人間の住む大陸にいる」
と、ハッキリとした口調で説明した。
吸血一族で、今は人間の住む大陸にいる“奪う者”の魔物?
あれ…可笑しい、該当人物の顔が頭に浮かんでくるんだけど、まさか?
「珍しいな。魔物で“奪う者”なんてそうそういねーだろ」
話を聞いていたエドはポヤァンとした事を言うから、始めはわざとかな?とか思ったのに、その表情は感心した風な、なんと言うか…えっと、少しも心当たりはないのだろうか?
「あの、ドラクル。その“奪う者”の名前って、もしかしてサクリア?」
少なくとも俺は魔物で“奪う者”と言えばサクリアしか知らないし、サクリア以外の魔物が人間の住む大陸に馴染めるとは思えない。
「じゃあ兄貴の名前はリッチ?」
たいして驚きもせずに俺の後にエドが続いた。
サクリアには友が2人いるけど、同じ吸血一族って事だからドラクルのお兄さんはリッチだとは思う。そう思って見てみたら髪と瞳の色が同じだ。
「なっ…。あ、兄貴は生きてんのか!?」
どうやら当たりの様子。
良かった、それなら話は物凄く早…どうやってリッチが生きてるって証明すれば良いんだろう?ドラクルを屋敷に招待すれば手っ取り早く解決するんだけど、それにはこの部屋から出なければならない。証明されないうちから俺を自由にしてくれるんなら良いんだけど…あ、そうだ。まだ自由になってもしょうがないじゃないか。
でも部屋からは自由に出入り出来るように…なっても駄目か。他の魔物に見付かって、またボコボコに殴られるのも嫌だし。
なら、そうだな…。
「もちろん生きてるよ。今頃は優雅にティータイムじゃないかな」
まずはドラクルを屋敷に招待するって所まで話しを進めようじゃないか。
「本当に…本当なんだろうな?」
長時間の尋問で少し脳が疲れちゃったのかな?確認のセリフが可愛らしい。
「本当だよ。一緒に住んでるんだもん」
だから、今頃は本当に優雅なティータイム中だと思う。
恭治の作ったお菓子と、カフラの淹れた紅茶…早く帰りたくなってきちゃった。
「よかっ…良かった…」
えぇっと?
えっ!?
予想以上に素早く俺の言う事信じちゃったよ!素直過ぎない!?別に何1つ嘘はついてないんだけど、仲間とか友達でもない相手の言う事をだよ?こんなにもアッサリと普通信じる!?
確かにこっちは結構に人数で押しかけてるから、一種の脅しととられたのかも?エドとポチのガラの悪さは酷かったし…。
それにしたってアッサリ過ぎない?
カチャカチャ。
人の良さと言うのか、純粋さと言うのか、素直さ?に驚いている俺を他所に、ドラクルは首輪まで外してくれたんだ。




