第23話 あたしの足見すぎ
十一月に入ると一気に冷え込み、今朝はタイツを引っ張り出した。
今日は文化祭前日。一日授業がなく、校内は朝からかつてないほど慌ただしい。
クラスの出し物の準備で忙殺されていたあたしは、夕方の五時頃にようやく解放された。佐伯に連絡を送るも返事がなく、クラスに確認に行くと家庭科室にいると言う。
「えっ。ど、どうしたの?」
家庭科室に入ると、佐伯はひどく思いつめた顔をしていた。
重々しくため息をつく様も、どこか雰囲気がありきゅんとくる。
「……よかった。天城、お前だけが頼りなんだ」
「へっ。い、いきなりなに!?」
「これ、何だが……」
「……」
「どうすればいいと思う?」
「どうって、何をどうしてこうなったの?」
部屋に入った時点で強烈なニンニクの匂いがしていたため不思議に思っていたが、テーブルいっぱいにペペロンチーノが盛られた器が並んでいるとは思わなかった。
「前に話しただろ。平太に頼まれて、サッカー部の出店の手伝いをすることになったって」
「あー、うん。言ってたね」
「それで今、盛り付けを考えてるんだ。中々いい感じに決まらないんだよな」
「あたしに盛り付け手伝って欲しいってこと?」
「先月一緒に出かけた時、洒落た店に連れてってくれただろ。少なくとも、僕よりはこの手の魅せ方に詳しいと思って」
どうせ頼られるなら、もっとこう……甘えさせて欲しいとか、抱き締めて欲しいとか、そういう方向性がよかったのだけど。
まあ、仕方がない。
勉強以外で求められているだけよしとしよう。
「最初に言っとくけど、あたしもそんなに詳しくないよ。インスタとかに載せるのに、たまに映えそうなご飯食べに行くくらいで」
「それでも僕よりは確実に詳しいから心強いよ。この中でどれが一番ウケそうか教えてくれ。無かったら無いでいいから」
「この中かぁ。うーん……これかな?」
「理由は?」
「唐辛子が散りばめられてて綺麗だし。パスタが立体的に盛られてるのもいいよね」
ふむふむ、と頷く佐伯。
心なしか勉強の時より真面目な表情だ。
「佐伯も凝り性だね。文化祭の出店で出す料理で、普通盛り付けまで気にする?」
「一人前五百円で出す予定だからな。文化祭の飲食の中じゃ高い部類だし、味だけじゃなくてこういうところでも他と差をつけないと売れないだろ」
「そうかなー? 美味しかったらそれでいいと――」
「世の中の連中は情報を食ってるんだ。『高校の文化祭』で『文化祭レベルじゃないもの』を売ることに意味があるんだよ。味で勝負するってのは、味でも負けてるやつがすることだ」
目がマジだ。怖いくらいに。
「給料、先払いで貰ってるしな。それに二日間の利益の半分が、僕の取り分になるんだ。少しでも多く売れた方がいいだろ」
「あたしといっぱい遊ぶために?」
「それもあるが、生活がかかってるからな。貯金残高は多い方がいい」
「……それも、あるんだ」
からかい半分で投げかけた疑問にイエスと返され、頬に熱いものを感じた。
「でも、残念だなぁ。あたし、佐伯と一緒に文化祭回りたかったんだけど」
「悪いな。こっちが先約だから」
「ベストカップルコンテストにも勝手にエントリーしといたのに……」
「お前何やってるんだよ!?」
ベストカップルコンテストとは、二日目に行われる生徒会主催の校内一のカップルを決めるイベントだ。
概要は見ていないので知らないが、面白そうなのでエントリーしておいた。
「それより佐伯、クラスの出し物の方はいいの? ずっとサッカー部に構ってて文句言われない?」
「うちのクラスにもサッカー部はいるから、そいつが僕の分も働いてくれるらしい。あいつら、この祭りに本気なんだよ」
「ふーん。じゃあ、本当にずっと料理作ってるんだ。……あたし、せっかく可愛い服着るのに」
「か、可愛い服?」
「うちのクラスの出し物でね。気になる? 気になっちゃう?」
佐伯は言葉に詰まり、右へ左へ視線を動かす。
この仕草は、気になっている証拠だ。見られないことを悔しく思いながらも悔しいと認められない姿は、堪らなく可愛くて愛おしい。もっともっと煽って困らせたいが、怒らせたくないため今日は控えておこう。
「仕方ないなー。ちょっと着替えてくるね」
◆
ペペロンチーノをタッパーに詰めて、皿を洗いながら天城が戻るのを待つ。
最後の一枚を洗い流して、ふぅとひと息。その時、「お待たせーっ」と勢いよく扉が開く。
「どう? すごくない、これ?」
そこにいたのは、チャイナ服姿の天城だった。
真っ赤な生地に、太もものあたりまで伸びたスリット。切れ間から覗く黒いタイツに、僕の視線は否応なく吸い寄せられた。素足よりも妙に艶めかしく、じっと凝視しているとタイツを隠すように天城は身をよじる。
「もーっ。佐伯、あたしの足見すぎ」
「あ、え、これはっ」
何か言い訳を考えようにも上手い言葉が出て来ず、天城は嬉しそうにニヤニヤと笑う。
「うちのクラス、中華喫茶するんだ。あたし、この格好で接客するんだよ。可愛いでしょ」
「……それ、大丈夫なのか? 変なのに触られたりしたら……」
うちの高校は基本誰でも入場可能なため、毎年大なり小なり事件が起こる。
ここまで攻めた格好で接客すれば、不本意なちょっかいをかけられるかもしれない。
「あたしのこと、心配してるの? あたしが別の男に触られたら嫌?」
「僕が嫌とか、そういう話じゃなくて。……お前が嫌な思いするのは、僕も嫌だから」
友達として当然のことを話したつもりなのだが、天城は何を思ったのか頬を染めながら妖しい笑みを浮かべ、僕に小走りで近づき抱き着いてきた。
いきなりのことに反応できなかったが、開けっ放しの扉の向こうで見知らぬ女子二人がいけないものを見てしまったという目をしており、状況を飲み込み我に返る。
「が、学校で変なことするなよ! 何考えてるんだ!」
「あたしが嫌な思いするのが嫌ってことは、あたしがいい思いするのはいいってことでしょ? あたし今、佐伯のために抱き着いてるんだよ?」
「どんな理屈だそれは!」
「んふふーっ、ニンニクくさーい」
引き剥がそうにも中々強情な天城。
そのせいで、僕も若干乱暴になってしまった。お団子ヘアに手が当たり、その衝撃で髪が解けだらんと垂れ落ちる。
「あっ。ご、ごめん」
反射的に謝ると、「いいよいいよ」と天城は抱き着くのをやめた。
「あたし、お団子って普段やらないしさ。今は適当にまとめてただけなんだよね。ほら、こっちもすぐ解けちゃう」
と、もう片方も解いて自嘲する。
「よければ、僕が直そうか?」
「直すって、お団子を?」
「崩したのは僕だし。ついでに、簡単に可愛く仕上がるやり方教えるよ。ブラシとか持ってる?」
「う、うん。あるよ」
実家では、毎朝のように妹のヘアセットを手伝わされていた。
ああしろこうしろと口煩く、朝の限られた時間の中で三人の妹を捌くのには苦労したが、おかげで無駄に手が覚えている。
「よし、できた」
「おおー! すごいすごい! ちょー可愛いじゃん!」
まずツインテールにしてそれぞれを三つ編みにし、ヘアピンで留めながらくるくると巻くだけ。
美墨によくやってくれとせがまれた髪型だ。天城も気に入ってくれたらしく、手鏡を見つめて目を輝かせている。
「佐伯ってほんと手先器用だよね。センスがあるっていうかさ」
「お前頭いいんだし、覚えたらすぐだろ」
「やり方を知ってるのとできるってのは違うよ。っていうか、うちのクラスの子でもここまで綺麗にはできないし」
言いながら、スマホの内カメラでパシャパシャと自撮りする。
「あ、そうだ!」
と、名案を思いついたとばかりに声を張り上げた。
僕の手を掴み、廊下へと引っ張る。
「うちのクラスの子たちにも自慢するから一緒に来て! まだ教室に残ってると思うから!」
「は? えっ? いや、ちょっと――」
何で僕を連れて行く必要があるんだ、と言う間もなく。
文化祭前日の賑やかな夜の学校を、天城に連れられ駆けてゆく。




