第七百六十四話 あなたの傍で
赤竜の攻撃は強力なものが多い。
大したものだ。
これほどの召喚獣を操れる杖が、だが。
「くそっ! 攻撃だ! 攻撃!!」
空を自在に動き回る俺とエルナに対して、杖を使っている魔導師ジーモンは攻撃を命じる。
腕を振り回すだけで、衝撃波と突風が周囲に広がるわけだが、それに当たるほど俺たちは遅くない。
巨体を誇る赤竜にとって、俺たちはハエみたいなものだ。
大きさが違うため、攻撃を当てるには工夫がいる。
けれど、このレベルの戦闘を経験したことのないジーモンには対応策が思いつかない。
だから当たらない。
だが、こちらの攻撃は当たる。
俺たちがハエと違うのは、体の大きさをモノともしない攻撃力を有しているという点だろう。
「はぁぁぁっっ!!」
気合の声と共にエルナが赤竜に突撃していく。
それに対して、赤竜は迎撃でブレスを吐く。
灼熱のブレスがエルナを包むが。
「無駄よ!!」
無傷でエルナはそのブレスを通り抜けた。
その周囲には俺の結界。
防御の動作はない。
俺がカバーすると知っているから。
ブレスを通り抜けられた赤竜は咄嗟に鱗を棘のように隆起させた。
おそらく赤竜自身の判断。
予想外の行動。
それでもエルナは前へ進み続ける。
棘がエルナと衝突する瞬間。
エルナの前に転移門が出現し、赤竜の頭上へエルナは転移する。
「アル!!」
「任せろ」
魔力弾がエルナの周りに出現し、エルナよりも先に赤竜へ攻撃する。
とはいえ、魔力弾ではそこまでダメージは与えられない。
けれど、集中的に背中側に浴びせたことで棘のような鱗が一部、壊れた。
そこにエルナは真っすぐ突っ込んでいく。
「隙ありよ!!」
棘が再生するよりも早く、エルナは赤竜の背中側へ密着し、深く剣を突き刺した。
そのまま大きく横に斬り裂く。
「ガァァァァァァッ!!!!」
赤竜は声を上げながら、体を揺らしてエルナを振り払う。
それなりの深手を負わせたエルナは無理せず、そのまま離脱してくる。
「さすがに一撃じゃ無理ね」
「地形を変えるつもりでやれば一撃だが、帝都の近くでそういうわけにもいかないだろ?」
「そうなのよ。そこが問題」
「しかし、だ。時間をかければ、あいつが暴れて被害も増える」
「それじゃあどうするのかしら?」
「俺任せか……」
「もちろん。得意でしょ? そういうの」
「ちなみに……お前がトドメの一撃担当か?」
「さすがアル。わかってるじゃない。もちろんトドメは私が貰うわ!」
「やれやれ……それじゃあ、しっかり働いてもらうぞ?」
「任せて。想像以上の働きをしてみせるわ!」
エルナはドヤ顔でそう宣言すると、剣を構える。
合図は必要ない。
互いに呼吸はわかっている。
動き出しを合わせる必要はない。
「くそっ! ブレスでまとめて!!」
こちらが畳みかけようとしているのがわかったのか、ジーモンはブレスを使わせようとする。
だが、それを許すわけにはいかない。
いちいち、ブレスを吐かれていたら帝都の周りが焦土となってしまう。
≪シルヴァリー・ライトニング≫
詠唱を短縮した銀雷。
それが赤竜へ襲い掛かり、赤竜の体勢を大きく崩す。
ブレスは放たれることはなく、その間に俺は転移に準備へ入った。
魔法陣が赤竜の足元に浮かび上がる。
「舞台は空へってことね?」
「開幕と同時に閉幕だけどな」
「いいじゃない。最初が見せ場なのは好きよ?」
そう言ってエルナは笑う。
同時に空へ赤竜が転移させられる。
翼のある赤竜を空へ転移させたのは、身動きを取らせないためじゃない。
こちらが威力のある攻撃をするためだ。
「とりあえずこっちも用意するが、そんなに威力は出ないぞ?」
「平気よ。三年間、私は怠けていたわけじゃないのよ?」
俺は右腕を上げると、そこに銀属性の魔力を集める。
そしてそれらが銀の聖剣を形作る。
≪シルヴァリー・エンド・セイバー≫
シルヴァリー・レイにしろ、シルヴァリー・ライトニングにしろ。
帝都の近くのためだいぶ手加減した。
そのため、集まった銀属性の魔力もたいしたことはない。
だから威力に関してはエルナ頼みだ。
それに対して、エルナは剣を両手で頭上に掲げた。
「次元を斬れるように修行していたのよね……斬れなかったけど」
「発想がお前らしくて安心するよ」
剣に魔力が集まっていく。
そしてそれらは光へと昇華していく。
その中で、剣の刀身が消滅する。
代わりに光が金色の刀身を形成していく。
「疑似聖剣……聖光」
極大な光の刀身。
それを準備しながらエルナは笑う。
それにつられて俺も笑みがこぼれた。
「準備はいい? アル」
「もちろん。向こうは迎撃する気だぞ?」
ジーモンは逃げることを選ばず、赤竜のブレスで迎撃することを選んだ。
馬鹿なやつだ。
わざわざ力に力で対抗するとは。
「舐められたものね」
「やりすぎるなよ?」
「わかってるわよ!」
「所詮は聖剣のない勇者だ! シルバーも噂ほどじゃない!! お前なら勝てる!! 絞り出せ!!」
ジーモンはそう言って杖に最大限魔力を込めた。
それに呼応して赤竜がこれまでで一番のブレスを放った。
けれど。
「思い知りなさい。ここは帝国」
「勇者と銀の魔導師がいる国だ」
「あなたは」
「お前は」
「「手を出す場所を間違えた」」
同時に俺とエルナは腕を振るう。
銀と金の光が混ざり合い、赤竜のブレスを打ち破った。
そして一本の大きな奔流が赤竜とジーモンを飲み込んでいく。
光に溶けるようにして、ジーモンも杖も、そして赤竜も消え去った。
光は空を大きく昇り、そして散っていく。
帝都を含めた付近に輝く粒子が降り注ぐ。
それを見ながら、俺はため息を吐いた。
これから行うことが憂鬱だからだ。
「アル……?」
エルナが俺の名を呼ぶ。
さて、どういうべきか。
そんな風に思っていると。
「兄さん!」
「アル様!」
声が聞こえてきた。
俺とエルナがいるんだ。
自分たちが戦力となると思ってきたわけじゃないだろう。
だから、二人の目的は戦うことじゃない。
仮面を取り、そちらを見る。
俺の顔を見て、少しレオの表情が歪んだ。
「遅くなったな、レオ」
「待ったよ……! ずっと待ってた!」
「悪いな……ああ、結婚おめでとう。レティシアとなら……お似合いだ」
「っっ!! 来てくれて……ありがとう!!」
「良い国を作ったな。父上もそろそろ隠居できるだろう……お前にばかり苦労をかけて悪いな。手伝ってやれなくて……すまない」
「手伝わなくていい……! 僕が……作るから! 兄さんが平穏に暮らせる国を作るから!!」
大陸を救った勇者はその力を問題視された。
悪魔に向けられた力が自分に向くことを人類は恐れたのだ。
だから、帝国の皇帝は自らの臣下とした。それは帝国のためであり、勇者を守るためだ。
そして勇者は大陸を守る剣となった。その血と力を伝え、今に至る。
強大な力は疎まれる。
たとえ、世界を救った英雄であっても。
どれだけ民の評価が高くとも。
それは変わらない。
俺は注目を望まない。
英雄と誰かが言うのはいい。けれど、持ち上げられるのはごめんだ。
けれど。
生きていることを知られてしまった。
これを隠すことはできない。
だから、それを最大限活かすしかない。
皇子として、平穏無事な生活は俺には得られないものだ。
どれほどレオが頑張ろうと。
昔には戻れない。
人は期待する生き物だ。
俺が生きているとわかれば、俺が休むことなど許さない。
大陸の危機、強力なモンスター。
第一報を聞いたとき、誰もが思うだろう。
シルバーに任せればいい、と。
だから、しょうがないのだ。
「駄目です! アル様! 自分の幸せを……諦めないで!!」
帝都の上空へ転移しようかと思った時。
フィーネが叫んだ。
きっと俺がやろうとしていることを察しているんだろう。
そしてフィーネは告げる。
「三年間待ちました! あなたにお帰りなさいと言うために!! 私たちは……あなたにすべてを押し付けるために三年間過ごしたわけじゃありません!! 私は……あなたが不幸になることを認めない!!」
姿を現した以上、手はない。
死んだままであれば、いくらでも手段はあったが、ここまで派手に健在をアピールしたならば。
シルバーは健在であると大陸中に示す。
そのうえで姿を消す。
取れる選択はそれだけだ。
悪意ある者たちは震えるだろう。
いつシルバーが現れるかわからない。
大きな絶望が襲い掛かっても、人々は希望を捨てないだろう。
シルバーが現れるかもしれないから。
希望であり、絶望である。
俺の存在をチラつかせれば、大きな抑止力となる。
そうなれば休めない。
たまに姿を現わさなければ、抑止力は薄れてしまうから。
それをフィーネは不幸という。
世界の抑止力であり続けるこの先を。
「行くなら……連れて行ってください! 私はもう待つのは嫌です!! 私が……あなたの傍で幸せにしてみせます!!」
それは予想外の言葉で。
つい俺は目を丸くしてしまうのだった。




