第七百五十八話 とある男の帰還
遅れて到着した藩王一行。
その一行の中の馬車。
藩王が乗る馬車とは別の馬車には、三人の男が乗り込んでいた。
俺ともう一人はフードを深くかぶっており、一人は髭をいじっていた。
「帝都は変わりませんな、活気があって大変よろしい」
「皇太子の結婚式だぞ? 活気がなければ国として終わりだ」
俺はそう言いつつ、窓から外をうかがう。
待ちに待ったかは定かじゃないが、明日の皇太子の結婚式を控えて、民もそわそわしているようだった。
そんな中、周りの目を気にする者が一人。
目に留まった。
ただの挙動不審。
見逃しても問題ない程度の行動。
けれど。
「セバス」
「はっ」
「挙動不審な男がいる。探れ」
「結婚式で何かしようとしている奴がいるとでも?」
口を開いたのはもう一人のフードの男。
呆れた様子で言っているあたり、考えすぎだと思っているんだろう。
「久々の帰還で気にしすぎだ。何かあったとしても……お前が対処すべきことじゃない」
「そう言うな。たまにはお節介もいいだろ?」
「十分に仕事をしたあとだ。そういうのはやめろ」
「性分だ。許せ」
「まったく……好きにしろ」
俺が動くことに否定的だったが、許しが出た。
すぐに俺は話を戻す。
「動きからして、誰かと合流しようとしている。襲う必要はない。泳がせて探れ」
「何もない場合はどうしますか?」
「それならそれでいい。ただ……俺の勘が言っている。悪巧みの匂いがするってな」
「説得力がありますな」
「まったくだ」
二人の言葉に俺が苦笑したと同時に、セバスが馬車から姿を消す。
帝都でセバスの追跡から逃げられる者はそうはいない。
そのうち情報を持って帰ってくるだろう。
「……」
「……」
しばし無言の時間が続く。
口を開いたのは俺だった。
「ヘンリック」
「なんだ?」
「……ずっとアルレリアを見守っていたのか?」
「……俺の責任だ。この体がいつまで持つかはわからない。それでも……あの子が健やかでいられるようにする責任が俺にはある」
「そうか……」
連合王国にて、義姉上の出した国王ウィリアムへの早馬は止められた。
そして、すべてのことを陰からアルレリアを見守っていたヘンリックが処理した。
もちろんウィリアムには情報が伝えられたが、本当にウィリアム個人だけに伝えられた。
その後、エルナのために世界中の魔導具を調査していたセバスも合流し、今に至る。
運が良かった。
おかげで騒ぎにならずに済んでいる。
すべてヘンリックのおかげだ。
「あの子が大人になった時、お前がまだ生きていたらどうする?」
「考えたこともなかったが……」
ヘンリックはしばし考えこんだ後、ニヤリと笑って俺の方を見てくる。
「今度はお前の子供を見守るのも悪くない」
「やめてくれ……」
■■■
帝都の街。
そこで俺は一人、ブラブラと歩いていた。
すでに藩王一行とは分かれた。
一緒に行動しては目立ってしまう。
あくまで帝都へフリーパスで入るための同行だ。
「変わらない……いや、そうでもないか」
中央にある広場。
そこに銅像が立っていた。
背を預け合う二人の青年の銅像。
「ママぁ、この人たちだれ? 顔が一緒だよ?」
「一人はレオナルト皇太子殿下よ、もう一人は皇太子殿下の兄君、アルノルト殿下。二人で戦って、世界を守ったのよ」
「双子なの?」
「そうよ。そっくりで入れ替わっても気づかれなかったらしいわ」
小さな女の子とその母親。
手を繋ぎながら散歩していたんだろう。
女の子はそっくりな銅像を見て、母親に質問する。
まだ、少女には早いのだろう。
あまりよくわかっていないようで、首をかしげている。
そんな中、一台の馬車がスピードを落とさずに広場に入ってきた。
「退いてくれ! 止まらない! 退いてくれ!!」
馬が暴走したらしい。
一気に広場は騒ぎになり、少女と母親は人の波ではぐれてしまう。
母親がいなくなり、少女は銅像の前で立ち尽くす。
そんな少女に向かって、馬車が真っすぐ走っていく。
俺はそんな少女の傍へ寄ると、馬を一瞥する。
動物としての本能だろうか。
馬は前足をあげて、急ブレーキをかけると、何歩か歩いたあとに落ち着きを取り戻した。
事なきを得た少女に対して、俺は頭を撫でる。
「大丈夫?」
「うん……」
フードの中の俺の顔を見て、少女は目を見開く。
そして何度も俺と銅像を見比べた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
人の群れを抜けて、少女の母親が駆けつけてきて、少女を抱きしめながら俺に何度も頭を下げる。
「いえ、何もしてませんよ。馬が進路を変えただけです」
そう言うと俺は踵を返した。
そんな俺の後ろでは少女が少し興奮気味で母親に語り掛けた。
「ママぁ! 殿下がいた!」
「殿下?」
「皇太子殿下!」
「いるわけないでしょ……皇太子殿下はお忙しいのよ? 明日の結婚式で」
「でもぉ……皇太子殿下だった!」
「似ていただけよ。殿下はここにいないわ。城にいるのよ?」
「殿下だったもん!」
そんなやり取りを聞いて、俺は微笑みながらその場を後にする。
杖を突きながら。
■■■
帝剣城。
いくつもある抜け道を使って、俺はとある部屋に忍び込んでいた。
そこは近衛騎士団の団長の部屋。
「心臓が飛び出るという表現を自分が使うことになるとは思いませんでした……」
「それは悪かったな。騒ぎにはしたくないんだ。母上と……エルナとフィーネを呼んでくれないか? 良い感じにバレないように」
「……帰ってこられたなら堂々と帰還されればよいかと。あなたのお帰りを……皆、お待ちしておりました」
近衛騎士団の団長であるアリーダの言葉に俺は苦笑する。
それはわかっている。
けれど。
「レオの結婚式が終わるまでは騒ぎにはしたくない。三人に挨拶して、すぐに立ち去るよ」
「なぜ三人だけなのですか?」
「父上に会ったら父上は明日、結婚式どころじゃなくなるだろ? 俺の帰還を喜んでくれるだろうが……それがレオの結婚の喜びを上回るのは俺の本意じゃない。三人なのは……三人には挨拶するべきだと思ったからだ」
「なるほど……」
「ちゃんと皆に挨拶はする。ただ、結婚式のあとだ。俺が帰還したと知れたら、すべてめちゃくちゃになる。結婚式の主役は……俺じゃない」
この後、どうするかはともかくとして、挨拶はするべきだ。
迷惑をかけたのだから。
ただ。
「皆、結婚式で忙しいのです。エルナは北部に派遣され、フィーネ様も多忙で寝る暇もありません。私が呼び出すのは無理かと」
「悪いが、団長は俺に借りがあるだろう? それを今、使ってくれ」
「貸し借りの話をするのであれば、あなたに借りがない人はこの大陸にはいませんよ。では……ミツバ様だけはお呼びいたします。他の二人はご自分で捕まえてください」
そう言ってアリーダは静かに席を立ちあがり、部屋をあとにする。
エルナとフィーネは駄目か。
まぁ、しょうがない。時間はあるのだから。
焦ることではないだろう。
しばらく待っていると、部屋の扉が開かれた。
入ってきたのはアリーダと、母上だった。
「……」
「……」
フードを被っていても、俺が誰なのか。
すぐに母上はわかったらしい。
そして。
「帰りが遅くなり、申し訳ありません」
「……あなたが門限を守らないのは今に始まったことじゃないわ」
「すみません」
「謝らなくていいわ……本当に弟想いね。よくこの日に間に合ったわ」
そう言って母上は俺を抱きしめる。
すすり泣く声を聞きながら、静かに目を閉じる。
母親の温かさを感じる。
帰ってきたのだと、ようやく実感できたのだった。




