第七百五十二話 三年後
今日からエピローグです
三年後。
帝国・帝剣城。
「失礼します。そろそろ会議のお時間です」
アルノルトの部屋。
三年前から何も変わらないその部屋で、白いマントの騎士がフィーネに声をかけた。
振り返ったフィーネはクスリと笑い、声をかけた。
「ごめんなさい、リンフィア隊長」
「その呼び方にはまだ……慣れませんね」
「慣れましょう。帝国が誇る近衛騎士団の隊長なんですから」
「そう言われましても……」
いまだに慣れない。リンフィアは困惑しながら白いマントを掴む。
リンフィアが纏う白いマントは近衛騎士隊長のものだった。
近衛騎士団の再建は帝国の急務であった。けれど、半端な人材を近衛騎士に採用するわけにもいかない。
なかなか近衛騎士隊長の席が埋まらない中、抜擢されたのがリンフィアだった。
「誰も付けたがらない第十番も、リンフィアさんなら問題ありませんしね」
「複雑です……」
「信頼されているんですよ」
クスクス笑いながらフィーネはリンフィアと共に歩き始める。
「それでは〝議長〟。本日の議題ですが」
「私も議長と呼ばれるのは慣れませんね」
「フィーネ様こそ慣れてください。皇帝助言機関〝評議会〟の議長なのですから」
戦火に焼かれた帝国を復興するため、各地の名士で構成された助言機関〝評議会〟は創設された。
帝都をなかなか動けない皇帝に地方の声や、皇帝の視点では見えない出来事を報告することが責務であり、創設を主導したのは皇太子だった。
「それと亜人商会のユリヤ代表がまたフィーネ様の商品を発売したいそうですが……」
「構いませんよ」
「はぁ……安請け合いはおやめください。議長になってからのフィーネ様の人気は高まるばかりなのですから。変な要求をされたらどうするんですか?」
「大丈夫ですよ、ユリヤさんなら。そういうところは弁えている方です」
「そういうことでしたら今度、会談をセッティングしておきましょう」
呆れた様子で呟きつつ、リンフィアは頭の中の予定表に予定を書き加える。
多忙なフィーネの秘書兼護衛。
近衛騎士隊長になってからも、リンフィアの立ち位置は奇しくも昔と同じような立ち位置だった。
「それで、本日の議題はなんでしたっけ?」
「失礼しました。本日の議題は皇太子殿下とレティシア様のご結婚の儀についてです。ですので、会議には皇太子殿下も参加するそうです」
「殿下は質素にとご要望でしたね?」
「無理な話です。今回はリーゼロッテ殿下とラインフェルト公爵とのご結婚も同時に行われるのですから。質素になどできません」
「帝国の権威の問題ですからね、難しいですね」
「とはいえ、予算が限られているのも事実です」
「では、亜人商会に援助を求めましょう。あとは、王国に一部負担していただくことを提案しましょう。聖女レティシア様の結婚です。嫌とは言わないはずです、アンセム陛下も」
「嫌といいそうですが……王国にそんな余裕はないと」
「王国に復興支援をしたのは帝国ですから。ああ見えて義理堅い方です。真摯にお願いすれば頷いてくださいますよ」
三年前の悪魔との大戦で大陸のパワーバランスは大きく崩れた。
大陸三強と言われた王国と帝国と皇国。
王国は壊滅的な被害を受けて、一からの再建を余儀なくされた。
幸いなことに竜人族の治療で健康を取り戻した第三王子アンセムが王位につき、辣腕を振るっているため急速に復興しているが、いまだに往時の勢いは取り戻せていない。
皇国は国土に目立った被害はなかったが、皇太孫エフィムと反逆者グリゴリーが争い、内乱に発展。エフィムが勝利し流れで皇王の地位を継いだものの、グリゴリーを支持していた貴族も多く、国内はまだ安定しきってはいない。
帝国は近衛騎士団が半壊し、帝都にも大きな被害を受けた。さらに帝国軍も相当なダメージを負っており、立て直しにはまだまだ時間がかかるだろうと予想されていた。
けれど、半ば隠居状態の皇帝に代わり、皇太子が陣頭指揮を執って復興に取り組んでいる。
各国ともに被害が甚大であり、軍の立て直しはまだまだだが、その分、民間の復興に力を入れていた。
そんな中での皇太子、ならびにリーゼロッテの結婚。
質素にするなどありえない提案といえた。
「民は明るい話題を欲していますから。ここは無理をしてでも大々的にするべきでしょうね」
「宰相も同じ考えのようですが……」
「ラインフェルト公爵にとってはご自分の結婚ですからね。自分から大々的にとは言えませんよね。私のほうで主導する形を取りましょう」
「そうしていただければ、宰相も気が楽かと」
リンフィアの言葉にフィーネは苦笑する。
おそらくリンフィアは新宰相であるラインフェルト公爵から、それとなく伝えてほしいと頼まれていたのだろう。
急速に帝国の財務問題を解決し、その商才をいかんなく発揮しているラインフェルト公爵にとって、自分の結婚は頭の痛い問題だったはず。
フィーネが主導する形を取れば、その問題から離れられる。
「今度、宰相に東部の特産物でも頼んでみましょう。リンフィアさん」
「そうですね」
フィーネがしっかり気づいていることに苦笑しつつ、リンフィアは評議会の会議室の扉に手をかける。
そして静かにその扉を開けると。
「評議会議長、フィーネ・フォン・クライネルト様、入られます」
出席者はフィーネを入れて十二名。
帝国の有力者から構成されたそこには、フィーネの父でもクライネルト公爵も名を連ねていた。
今はまだ有力者しか名を連ねていないが、いずれはもっと席を増やし、家柄に関係なく地方から代表者を出席させる。
そしてゆくゆくは皇帝に集中する権力を分割する組織へとしたい。
そうすれば帝位争いをせずに済む。
平凡な皇帝でも帝国を統治できる。
結局のところ、どんな組織を作ろうとも派閥争いは起きるだろう。それは止められない。
評議会の議員に中立性を求めたとしても、全員が清廉潔白でいることはできない。
けれど、帝位候補者たちが率先して帝国を割るようなことを主導しないで済むようになる。
それが皇太子のいずれ目指す評議会の在り方だった。
「皇太子殿下も参加すると聞いていましたが?」
「殿下は遅刻だそうです」
議員の一人が答える。
その顔には仕方ないという表情が浮かんでいた。
その表情を見て、フィーネは察する。
「またあそこに行っておられるのですね」
■■■
帝都から少し離れた小高い丘。
そこには悪魔との大戦中に命を落とした皇子、皇女たちの墓が作られていた。
どれほど死後に功績があろうと、どれほど帝国のためだったといえど。
帝国に反旗を翻した者や、悪魔に付き従った者を正式に弔うことはできない。
ゆえに現皇帝が作らせた秘密の墓。
そこに皇太子、レオナルトはやってきていた。
手には五本の花。
エリク、ゴードン、ザンドラ、カルロス、コンラート。
五人の墓に一本ずつ置くためだ。
会議の前には必ずレオナルトはここに来ていた。
帝国のために何かを決断するとき、五人の墓の前でじっくり考えるのがルーティーンとなっていたからだ。
ただ、今日はいつもと違っていた。
「花……?」
墓には名が刻まれていない。
特殊な魔法がかけられており、合言葉を発すると名が浮かんでくる。
そのため、一見すると適当にたてられた墓に見える。
そこに綺麗な花が供えられていた。
誰かが故人のために花を置いたのかもしれない。
花自体もどこにでも咲いている紫の花。
花の名前は。
「アメジストセージか……」
奇しくもレオナルトが持ってきた花と同じものだった。
花言葉は〝家族愛〟。
その花を一本ずつ置きながら、レオは静かに呟く。
「僕はしっかり皇太子をやれてますか? 兄上、姉上……」
今の環境に不満はない。
けれど、どうしても不安になるときがある。
そんな時。
誰かに支えてほしくなる。
「今の帝国をどう見る? 兄さん……」
大戦の英雄、帝国第七皇子アルノルトは生死不明。
墓が作られることはなかった。
いずれ帰ってくると信じられていたから。
けれど、もう三年。
多くの者からは死んだと考えられていた。
「レオ? 早く戻らないと皆さんを困らせますよ?」
「うん……今行くよ」
鷲獅子に乗ったレティシアに声をかけられ、レオナルトは苦笑しながら頷き、踵を返して墓に背を向けるのだった。




