第七百三十一話 ドワーフ
シルバーの登場は戦局を変えた。
しかし、全体としては優勢になったものの、北と南の戦況は好転していなかった。
理由は旗印となっていたルーペルトとクリスタが西側へ向かってしまったから。
その行動によって北と南で乱れが生じた。
「左翼に援軍を!」
「持ちません! 一度退いてください! ジンメル侯爵!」
「ここで僕らが退いたら崩壊する! 持ちこたえるんだ!」
アロイスは必死に指揮をとりながら、持ちこたえていた。
クリスタと共にネルべ・リッターも出陣した。
西で問題が起きたのはわかる。
いくら南が持ちこたえても、主戦場は西側。主力が集まっているからだ。
だから西にいったのは問題ない。
問題なのは思った以上にクリスタが移動したことに騎士たちが動揺していること。
騎士たちはクリスタについてきたのであって、アロイスについてきたわけじゃない。
どうにか士気を立て直さないと。
そんな風に思っていると、アロイスの横を騎馬が通り過ぎた。
長い金髪をなびかせ、その人物はモンスターを一刀両断する。
そして。
「狼狽えるな!! 皇族がどこにいようと関係ない! 掲げる旗は皆同じ! 声をあげよ! 南部の騎士たちよ!! どこにいようとも! アードラーは常に皆と共にある!!」
東側からの援軍。
続々と東部国境守備軍の精鋭たちが、崩れそうなポイントへと入っていく。
それを指揮するのは。
「リーゼロッテ元帥……」
「妹が苦労をかけたな、ジンメル侯爵」
「い、いえ……殿下のご判断に間違いはないかと」
「たしかに西側が楽しそうなことになっていそうだ。ここを立て直したら私も行くとしよう。手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」
「あと心配なのは北側だが……」
「北側もまずいのですか?」
「まぁ、北部貴族は我が強いからな。とはいえ、安心しろ。精鋭を向かわせている。それで事足りるだろう」
さて、早く立て直すとしよう。
そう言ってリーゼロッテは自らの姿を誇示して、南の戦線の立て直しに取り掛かったのだった。
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「まったく!!」
北側もまた激戦となっていた。
もちろんルーペルトが離脱したこともあるが、それを追ってトラウゴットまで西に向かってしまった。
さらにモンスターの数が多い。
明らかに北側にモンスターが集中している。
前線で奮戦しながらシャルロッテは悪態をついた。
「しつこい!!」
「シャルロッテ様! そろそろお下がりを! 無理をすれば体調が!」
「大丈夫よ! なんでか知らないけれど……今日は調子がいいわ!!」
いつもなら咳き込んで動けなくなっているだろう。
それくらい魔法を使っている。
日常的に問題なくても、だるさを感じることは多々あった。けれど、それすらない。
こんなに体調がいいのはいつぶりだろうか。
好きなように魔法を使える。
好きなように体を動かすことができる。
今なら〝雷神〟の名に恥じない戦いができる。
≪天空を駆ける雷よ・荒ぶる姿を大地に示せ・輝く閃光・集いて一条となれ・大地を焦がし照らし尽くさんがために――サンダー・フォール≫
巨大な雷がモンスターの群れを消滅させる。
戦線にぽっかりと空白の部分が現れる。
だが、それを埋めるようにモンスターがどんどん前進してきた。
一人で持たせるには限界がある。
このままでは戦線を突破される。
帝都を包囲する形をとっているが、どこかの戦線が突破されればそれが崩壊しかねない。
それだけは避けねば。
「シャルロッテ様! 限界です! これ以上は持ちません!」
「くっ!」
士気の問題だけじゃない。
単純に戦力が足りない。
モンスターの数が多すぎる。
突破される。
そうシャルロッテが覚悟した時。
小さな馬に乗った一団が東側から現れた。
「我らのために小さい馬を用意してくれるとは準備が良い! 我らは足が短いからな! わっはっはっはっ!!!!」
ドワーフの戦士団。
その先頭を走るのは、たっぷりとひげを蓄えた豪快な男。
その手には巨大な斧が握られていた。
「奮い立て! ドワーフの強者たちよ!! 思い出せ! 流浪の民となったあの日を!! 救ってくれたのは帝国だ! 今こそ皇帝とミツバ妃にご恩を返すとき!! 帝国に我らと同じ苦難を舐めさせるな!! ドワーフの鉄の味!! 魔界の者どもに食らわせてやれ!!」
ドワーフ王マカールの号令と共にドワーフの戦士団はモンスターの中を突き進んでいく。
その突撃によって北側の戦線に余裕が生まれた。
シャルロッテはその間に後方に下がって、全軍の指揮を取ろうとしたが。
「シャルロッテ様! リーゼロッテ元帥が派遣した軍師殿が全軍の指揮権を欲しいと仰っております!」
「リーゼロッテ元帥が? 任せると伝えて!」
シャルロッテの言葉を受けた伝令が後方の司令部に戻った頃。
リンフィアは一人の軍師の傍にいた。
「援軍に感謝します」
「あまり期待しないで。軍を率いるのは久々だから」
「それでもあなたが来てくれたのは頼もしいです。記憶が確かなら、アルノルト殿下と渡り合えた指揮官は連合王国のウィリアム王子、王国のアンセム王子、それとあなたくらいです。ソニア様」
「大げさだなぁ。たまたま状況が有利だっただけだよ」
苦笑しながらハーフエルフの軍師、ソニアは伝令からの報告を受けた。
「報告! シャルロッテ様より、任せる、とのことです!」
「さすがツヴァイク侯爵。判断が早いね」
「北部貴族の情報ですが」
「大丈夫。全部、頭に入れてきたから。それじゃあ始めようか。ドワーフの戦士団がかき回している間に、戦線を整える。左翼、ボルネフェルト子爵の部隊に下がるように伝えて、突出している。右翼のゼンネル伯爵の部隊は五十歩前進。退きすぎて、味方に被害が出てる。予備兵力に待機している貴族たちには突撃準備を伝えて。右翼が前に出ると同時に突撃させる」
テキパキと指示を出しながら、ソニアは机の上に置かれた地図を見る。
そこに置かれた駒の配置をどんどん変えていく。
相手はモンスターの大群。
定石通りの守り方をしていると突破される。
柔軟に動かなければ。
そんな時。
空で何かが光った。
それは悪魔からの攻撃。
司令部を狙ったそれに対して、ソニアは何もしなかった。
その攻撃が防がれるとわかっていたから。
「やれやれ、わしとの戦いの最中にここを狙うとは。礼儀知らずなやつじゃ」
「ちゃんと抑えておいて、お爺さん。指揮に集中したいんだよ」
「年寄り使いが荒いのぉ」
「帰ったら宴会だから。お酒も用意してあるよ?」
「それは楽しみじゃのぉ。ちょっと疲れておったんじゃが……まだまだ頑張れそうじゃ」
ソニアからの言葉を受けて、エゴールは楽しそうに笑う。
そして。
「もうしばらく持たせれば西の反撃が始まる。それまで持たせるとするかのぉ」
「頑張ってね」
「そうじゃな。同胞と肩を並べて戦う日がやってくるとはのぉ……長生きするもんじゃ」
SS級冒険者として、大陸に君臨し続けたエゴールはドワーフの国と皇国との戦争には介入しなかった。
SS級冒険者だから。理由はそれだけであり、それで十分だった。
もはや同胞と肩を並べて戦う日はやってこない。そう思っていた。
けれど、その機会はやってきた。
刀を構えながら、エゴールは深く息を吐く。
「悪魔一体撃破につき、お酒を樽で追加してくれんかのぉ?」
「いいけど、足りるの?」
「十樽もあれば酔えるじゃろうて」
エゴールは告げると同時に空へ向かう。
そしてソニアを狙った悪魔を一撃で両断した。
先ほどまでとは違う。
本気の一撃に反応しきれなかったのだ。
「まず一樽……わしの名はエゴール!! ドワーフの剣聖じゃ!! 腕に覚えがある者だけかかってくるがいい!!」
実に楽しそうにしながらエゴールは戦場を駆け巡るのだった。
そしてしばらくして。
西には黄金の鷲の一族が集結していた。
最後の攻勢を仕掛けるために。




